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第77話 月露の雫の対価

 一度魔天城に戻ったカレンたちは、その翌日、月露の雫を手に入れるため再びドーランの街を訪れた。


 まずはケイティを訪ねて、結婚式の後に起きたことを話す。ケイティは状況を知るとすぐに母に連絡をして、カレンは面会できることになった。


 街にある宿屋の一室までケイティの母ティルダに来てもらい、サーシャが結界を張る。安全確保ができたので、カレンは事情を説明した。


「私は最愛の夫を救いたいのです。対価もお支払いいたしますので、もう一度、月露の雫を譲っていただけませんか?」

「申し訳ありません。月露の雫はあれが最後だったのです……」

「……そう、ですか」


 月露の雫は簡単に手に入るものではない。そのため数に限りがあり、よほどのことがなければ村の外に持ち出すこともないそうだ。


「それならば入手方法を教えていただけるかしら? わたくしたちが自ら手に入れますわ」

「入手方法と申しましても、わたしたちの村では虹色の花から採れる雫を集めているだけなのです」

「あら、そこまでわかっているのなら話が早いわ。要は虹色の花を見つければいいのでしょう?」

「いいえ、虹色の花はいつも咲いているわけでなく神出鬼没で、月露の雫が簡単に手に入らない理由がそこにあるのです。あまりにも手に入らなくて、秘薬が世に広まることもなかったのですから」


 村人たちが存在を知っていても手に入れられないのなら、どうやって見つけようとカレンは考える。


「それなら虹色の花がどんな花で、どのように生息しているのか調べるところからね。セト。貴方、植物にも詳しいわね?」

「うん、ある程度は。虹色の花は聞いたことがないけど、形体がわかれば推察ができる」

「ふふ、わたくしたち賢者は魔法だけでなく、あらゆる知識を有しておりますの。ですから虹色の花も必ず探し出しますわ」


 カレンの悩みに答えを出すように、サーシャが次にするべきことを迷いなく決めていった。

 艶然と微笑むサーシャはとても心強い味方だと、カレンは思う。


(絶対に月露の雫を手に入れるわ……!)


 固く決意したカレンを筆頭に、ティルダの出身地の村へと向かった。




 ドーランの街の東にある山を五合目まで登ると、木のくいに囲まれた小さな村がある。


 色褪せた看板には【イリス村】と書かれていて、風に揺れてカタカタと音を立てていた。


 季節は冬直前ということもあり、周辺にはすでに雪が積もっている。リュリュの風魔法で移動は楽だったが、ここで生活するのは容易なことではないとカレンは思った。


「月露の雫に一番詳しいのは村長です。よそ者には厳しいですが、村の人たちは情に厚いですから、わたしの娘を助けてもらったと話せば、きっといろいろ教えてくれるはずです」


 そう言って、ティルダは村長の家へとカレンたちを案内する。村長の家に入るとティルダはカレンたちがケイティの恩人であることを話し協力を頼んだ。


「そうかそうか、ケイティの恩人が賢者様とは……」

「ええ、だから月露の雫についてなにか知っていることがあれば、賢者様たちに教えてほしいの」

「ふむ……ではひとつお訊ねしたい」

「なんでしょうか?」


 眉をひそめる村長にカレンはまっすぐに向き合う。


「雷の賢者様が月露の雫を手に入れるために、対価を払えますかな?」

「対価……どのような?」

「我らはこの地で暮らしていますが、多くの村人たちが魔物の被害に遭ってきました。その魔物の主を退治していただきたい」

「そんな……魔物の主って、村長さん、あれは無理よ……!」


 ティルダが真っ青な顔で抗議したが、村長はカレンをまっすぐに見つめたまま動かない。


 カレンがファウストを守りたいように、村長も村人たちを守りたいのだ。その気持ちは痛いほどよくわかる。


 しかもこちらが望んだのは村の秘薬、月露の雫についての情報だ。カレンがサーシャたちに視線を向けると、力強く頷く。


「わかりました。この後すぐに退治してまいります。魔物の主はどこにいますか?」

「賢者様……!」

「奴は……この山の山頂におります。無事お戻りになりましたら、月露の雫についてすべてお話ししましょう」


 こうして、カレンたちはリュリュの風魔法で上空を飛び、ほんの十分ほどで山頂にいる魔物を発見した。


 骨だけの身体は頭部に二本の角があり、優に二十メートルを超える巨体だ。カレンたちの存在に気が付いて、口を大きく開き灼熱の黒炎を吐き出す。


 咄嗟にサーシャが水魔法でシールドを張ってことなきを得たが、その魔物の正体にカレンたちは生唾を飲み込んだ。


「マジか……」

「あの村長やり手だね」

「わたくしたちに対して随分簡単なお願いをすると思ったけれど……」

「——アンデッドドラゴン……厄介な相手です」


 アンデッドドラゴンは一度死んだドラゴンが、周囲の魔力を取り込み続け本能だけで動くようになったしかばねだ。


 その身体は骨だけとなりどんなに攻撃しても、魔力を取り込み続けてすぐに回復してしまう。


 カレンたちはアンデッドドラゴンが魔力を取り込んで回復する前に、強力な聖魔法を使うか圧倒的な攻撃力で倒すしかない。


 しかも、これだけ強力な魔物がいる山には魔物が集まりやすいのだ。


(イリス村があの場所にあるだけでも奇跡に近いわ……もしかしたら、月露の雫があったから生き残れたのかもしれない)


 カレンがそんな風に考えていると、サーシャがすでに作戦を立てたようで自信満々で口を開く。


「確かに厄介な相手だけど、わたくしたちなら問題ないわね」

「そうですね。聖属性を含んだ雷魔法なら、通常よりダメージを与えられると思います」

「だな。それならオレはサポートに回るか」

「防御はボクに任せて」

「わたくしの出番がないじゃない。まあ、いいわ。雷魔法と水魔法は相性がいいから、攻撃の補助をするわね」


 それぞれの役割を決めて、カレンたちはアンデッドドラゴンを討伐するため、攻撃を仕掛けた。


「まずはオレだな。アクシム・アウラ」


 リュリュの風魔法でカレンたちの俊敏さが増す。これでアンデッドドラゴンの攻撃を回避しやすくなり、魔法の詠唱スピードも上がるのだ。


 この間もアンデッドドラゴンが口から黒炎を吐き出して、攻撃を仕掛けてくるがサーシャの水魔法で防いでいる。


「インテグリ・スクタム」


 今度はセトの土魔法で、カレンたちの周りを手のひら大の岩が周回しはじめた。不意打ちなどの攻撃を受けても、瞬時に岩が大きな盾となり守ってくれるので魔法の詠唱に集中できる。


 アンデッドドラゴンが黒炎を吐き出しても、すべて岩の盾が防いでくれた。


「ふふっ、ヴィオレス・フルクタス」


 微笑みを浮かべたサーシャは、軽く腕を振っただけで大波が押し寄せてきたような水魔法を放ち、アンデッドドラゴンの動きを止める。


 間髪入れずにカレンが雷魔法を詠唱した。


「ウィオ・クルス!」


 バチバチバチッと轟音を立てて、紫雷がアンデッドドラゴンに降り注ぐ。


「ガギャアアアアアア——ッ!!」


 紫雷の直撃を受けたアンデッドドラゴンの絶叫が響き渡り、骨がボロボロと崩れ落ちた。


 だが、これだけでは足りない。カレンは確実にアンデッドドラゴンを仕留めるため、追撃する。


「ウィオラーム・テンペスタ!!」


 一点に集中するよう縦横無尽に走る紫雷を操って、アンデッドドラゴンが回復する前にダメージを与えた。


「セスミック・レアンダ!」

「イングレート・ヴェンティス!!」

「ラピダム・メテオリテ」


 続いて、サーシャ、リュリュ、セトが同時に上級魔法を放つ。


 すべてを飲み込むような水魔法と、骨を切り刻むような風魔法、さらに頭上から大きな岩が降ってきて、アンデッドドラゴンの骨が砕け散った。


 また息があることを確認したカレンは、躊躇なく特級魔法を詠唱する。


「ウィオラ・ベス・トニトルス」


 カレンが両手を上空へ向けると空に雷雲が立ち込めて、じわじわと元に戻ろうとするアンデッドドラゴンに影を落とした。


「敵を殲滅せよ」


 轟音と共に幾百もの紫雷がアンデッドドラゴンの頭上に落ちる。


 まばゆい光に目を閉じた。光が収まり目を開けると、山頂にはアンデッドドラゴンの崩れた骨だけが残されている。


「……倒した、わ」

「ははっ、最後の魔法はえげつなかったもんな!」

「あら、カレンなら当然よ」

「さすがカレン」


 空中に浮いたまま半ば呆然としているカレンに、サーシャたちが笑顔で近寄る。


 カレンたちは息をもつかせぬ怒涛の攻撃で、アンデッドドラゴンを沈めたのだった。




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