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第78話 幻の華

 すぐにイリス村へと戻り、カレンたちはアンデッドドラゴン討伐の証拠として拾ってきた角を見せた。


「本当に奴を倒してくれたとは……」

「あら、賢者の実力をご存じないのかしら?」

「いえ、とんでもないです。魔物の主を討伐していただき、本当にありがとうございます。これなら村人たちも月露の雫についてお話ししても納得するでしょう」


 村長は村人たちの安全を確保したいのもあったが、カレンたちが月露の雫について知る資格があるのだと示したかったのだ。


(セトの言う通り、この村長はやり手ね。だから村の中は平和で、生き残ってこられたんだ……)


 村長はカレンたちにお茶を用意して、語りはじめた。


「月露の雫はこの山に咲いている虹色の、〝月露の華〟から採れるものです」

「月露の華……虹色の花のことですか?」

「そうです。その花は夏の早朝のみ咲きます。咲く場所も決まっておらず、今までに見つけた場所を散策して雫を集め、いざという時に使用しています」

「その場所へ案内して」


 村長の説明の合間で、突如セトが口を開く。


「花が咲く場所を見たらわかることもある」

「わ、わかりました。すぐに……!」


 村長は慌てて山を登る準備を整え、カレンたちを花が咲いていた場所まで案内した。


 山の斜面だったり、なだらかな丘になっている場所だったり、または木の根元だったり。さまざまな場所で月露の華は咲いていたようだ。


 それに法則性なんてあるのかと、カレンは思った。


「月露の華の虹色以外の特徴は?」

「虹色以外……そうですね背丈はちょうど、このアルペンリリーくらいで、花の形もよく似ています」


 そう言って、村長が雪を払うと小降りの白百合が姿を見せた。


 アルペンリリーは山岳地帯で年中咲いている、ありふれた植物だ。小ぶりな白百合で甘くいい匂いがするため、香水の原料としても使用されている。


 そのありふれた植物が気になるのか、セトはその場でしばし考え込んだ。


「アルペンリリー…………」


 腕を組んで顎に手を添えて、ジッと山の至るところに群生するアルペンリリーを見つめている。


「形がアルペンリリーに似ている……」

「あ、そうですね……どちらかというと、色違いみたいなものです。それくらいそっくりなんです」


 その村長の言葉にハッとしたセトは、アルペンリリーが生えている根元を観察しはじめ、何本か茎を折って根から掘り起こし詳しく調べる。


「わかった」


 セトはアルペンリリーを見つめたまま呟いた。誰もが息を呑む中、静かに言葉を続ける。


「おそらく月露の華は、ある一定条件で咲く……というか、変化するアルペンリリーだ」

「条件で変化する花なんてあるの……?」

「とても希少だけど、あるにはある。たとえば、砂漠に咲くエステートソルという植物は通常は真っ白な花だけど、湿度二五パーセント以下、かつ昼と夜の気温差が三十度以上の時に、地中の水分を吸い上げて真紅の花を咲かせる」


 そんな植物があると知らないカレンは、セトの植物に対する知識に深い尊敬の念を抱いた。


「アルペンリリーの茎の形状がエステートソルによく似ていて、地中の成分を取り込んで自らの姿を変えた可能性が高い」


(セト様が一緒に来てくれてよかった……)


 いずれこの答えに辿り着いたとは思うが、最短で答えを出してくれたことに感謝しかない。


「おそらく条件は標高二千メートル以上。気温は十度以上必要で前夜に雨が降っている。最低でもこれが条件。他にもあるかもしれないけど」

「セト様……すごい! ありがとう!」

「カレンの役に立てて、よかった」


 無表情ながら、ほんのりと頬を染めてセトはそっぽを向く。褒められて恥ずかしがる姿が微笑ましく見えた。


「さすが土の賢者ね。では、その条件とやらを試してみましょうか」




 それから一週間。

 サーシャもリュリュも積極的に協力してくれて、さまざまな条件を試してみた。


 まずは気温だ。季節は冬直前であるため、サーシャが結界を張って、その中に空気を温める魔道具を設置する。

 この魔道具は魔天城でも室温を保つために使われているので、いくらでも用意できた。


 続いて雨だが、これはサーシャが水の賢者なので解決かと思いきや。

 何度魔法で水をいても、アルペンリリーが色を変えることはなかった。


「魔法の水と自然現象の雨は違うからかも。魔法は純水だから、条件に合致しない可能性がある」

「それなら特級魔法で雨雲を呼ぶけど」

「それだと暴風雨だから花が散る」


 サーシャの提案はセトに一刀両断されてしまう。


「でもさあ、雨なんて自然現象を待ってる時間はないだろ?」

「魔法以外で雨を降らせたことないわ」

「あの山奥で得られた水分は雨だけだから、同じ条件にしないと月露の華にたどりつかない。だからどうやったら雨が降るのか調べる」


 セトは魔天城の土人形を操り、賢者専用の図書室で本を読み漁っているようだ。何十もの土人形から得られる情報を、セトは必死に頭に叩き込んでいる。


「……うへ〜、オレ、耳から情報入るのはいいけど、文字は駄目なんだよなあ」

「それなら私が本で調べます。リュリュ様は天気に詳しい方を探してみるのはいかがですか?」

「天気か〜、誰かいたか——あっ!」


 パッとなにか閃いた様子で、リュリュは風魔法を使い「すぐ戻る」と言い残して出ていってしまった。


 カレンは雷魔法を使いながら移動して、山の麓にある街の本屋で天気に関する本を物色している。


 こういった身近な現象は魔法ですぐに解決できてしまうため、雨を降らせるとか、寒さを凌ぐとか、そういった物理的な知識は深掘りされない。


 だからカレンたちが魔法を使わずに雨を降らせる方法を調べるのは、大変な作業だった。


(焦っちゃ駄目。マージョリー様からファウストが目覚めたと連絡が来たんだから、悪い方にはいっていないはずよ)


 天気に関する本を数冊買って、カレンは再びイリス村へ戻ってくる。

 そのうちの一冊をサーシャに渡して手伝ってもらいながら、どうしたら雨を降らせられるのか調べた。




 そうして、イリス村に来てから十日が経った。

 冬本番に向けてより寒さが厳しくなってきたが、この日もカレンは朝から天気の本を読んでいる。


 温かいお茶を飲みながら、カレンが読み進めた本に興味深い記事が載っていた。


 東方にある遠い国ではあまりにも前が降らず、かといって魔法使いがおらず、試行錯誤の末に原理を解明したと記されている。


「あ……あった……!」


 カレンは思わず声を上げた。


 ——バアンッ!


 それと同時に扉が開き、リュリュが嬉々とした表情で姿を見せる。


「見つけたぞっ! 雨を降らせる方法!」

「おい、いったいなんだよ、俺まで連れ出して……」


 リュリュの後ろにはレイドルもいて、カレンはもうすぐ月露の雫が手に入ると、胸を震わせた。




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