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第79話 神の涙

「リュリュ様も見つけたのですね……!」

「東国の商人が天気に詳しかったのを思い出して、すぐに手紙を送って調べたらビンゴだった。んで、ついでにレイドル連れてきた」

「おい、なんの話だよ?」


 ニヤリと笑うカレンとリュリュに、レイドルは困惑した表情を浮かべる。


「実は、この山に咲くアルペンリリーは雨の恵みを受けて、月露の華になるらしいの。でもまったく雨が降らなくて……そこで、雨を降らせる方法を調べていたのよ」


 見兼ねたサーシャが説明して、レイドルはようやく納得した様子で頷いた。


「なるほど、雨を降らせるために俺の力が必要なんだな?」

「ええ、正確には炎魔法を使って、雨を降らせる条件を満たしてほしいのです」


 カレンに続いてリュリュがサーシャにも声をかける。


「そうそう、サーシャの水魔法も必要だから、頼むな!」

「えっ、わたくしも? でも水魔法では雨を降らすことができなかったわ」


 出番がないと思っていたのか、サーシャは驚いているが、カレンとリュリュが見つけた方法にはふたりの協力が必要なのだ。


「大丈夫です。ふたりが力を合わせれば、雨を降らすことができるのです」

「そうなの?」

「じゃあ、早速やってみるか?」


 こうしてセトも合流して五人は再びアルペンリリーが咲く山へ登った。




 山の中でも比較的なだらかで、アルペンリリーがたくさん咲いている場所を選んでカレンたちは足を止める。少しでも早く、また多くの月露の雫を手に入れるため、効率を考えてのことだ。


 カレンは改めて雨を降らせる方法を説明する。


「雨を降らせるには大気中の豊富な水分と、水分を空へ運ぶための温かい空気が必要です」

「ということは、わたくしは散水するように水魔法を撒いたらいいのかしら?」

「その通りです。サーシャ様は、なるべく細かな霧状の水分をアルペンリリーの上にお願いできますか?」

「ええ、任せて」


 サーシャは力強く頷いた。カレンは笑みを返して、今度はレイドルとリュリュに向けて言葉を続ける。


「サーシャ様が水魔法を使ったら、今度はレイドル様とリュリュ様の出番です」

「俺はなにをすればいいんだ?」

「アルペンリリーの上に放たれた水魔法を囲うように、円形の炎魔法を空中に展開してほしいのです」

「原理を理解していた方がより効果的に炎魔法を使えると思うから、詳しく教えてもらいたい」


 レイドルの言うことはもっともだ。炎魔法の使い方次第でこの作戦が成功するかどうか変わってくる。


「炎魔法によって温められた空気は空へ昇っていきます。それが上昇気流となり、空中の水分を空へ運んで、その水分が一定量を超えると雨となって地上に落ちてくるのです」

「ということは、円筒状の方がよさそうだな……。わかった、やってみよう」


 納得した様子でレイドルは炎魔法を使うため、両手に魔力を集めはじめた。


「オレは上昇気流を勢いづけるように風魔法でサポートする」

「はい、ぜひお願いします」


 理論的には、これで雨が降るはずだ。

 雨が降った翌朝、虹色の花を咲かせたアルペンリリーがこの一帯に姿を見せたらこの作戦は成功となる。


(駄目なら一からやり直し……ファウストの病状を考えると、あまり時間の猶予がないわ)


 隠しきれないカレンの不安を感じ取ったのか、セトがギュッとカレンの手を握る。手のひらに感じる温もりで強張ったカレンの心がふっと軽くなった。


「カレン、大丈夫。きっとうまくいくよ」

「セト様……そうですね。きっとうまくいくと信じます」


 カレンとセトは炎と水と風の賢者たちが織りなす魔法を見守る。


 アルペンリリーを囲うように放たれた炎魔法はサーシャが撒く水魔法を吸い上げるように空へと運んでいく。


 追い打ちをかけるようなリュリュの風魔法で、さらに上空へと水の粒を押し上げた。


 空は青いままで、雨が降る様子はない。


「どれくらいやったらいいんだ?」

「雨が降るまでよ」

「まあ、オレたちなら余裕っしょ」


 レイドルたちとてファウストを助けたい気持ちは同じのようで、先の見えない不安を振り払うように魔法を操る。


「水魔法の散布を増やすわ。レイドルは炎魔法を広げて」

「どこまで広げる?」

「そうね、今の五倍……いえ、十倍よ」

「ははっ、気前がいいな。さすがサーシャだ」


 あまりにもなんの変化も見られず、サーシャが水魔法を増やすと言い出した。それだけ負担が増えるだろうが、レイドルも笑顔で頷く。


「リュリュはレイドルの炎魔法に合わせて、風魔法を強めて。できるわね?」

「当然。風魔法は自由自在だよ」


 余裕の表情を浮かべているリュリュも、レイドルの炎魔法に合わせて風魔法を操って上昇気流を強めた。


 しばらくすると、青空にうっすらと雲ができはじめる。


「雲が……!」

「うん、雨雲だ」


 雲はどんどん厚みを増して、太陽の光を遮った。どんよりとした灰色の雲がアルペンリリーの上空を覆い尽くし、今にも雨が降り出しそうである。


 ──ポツリ。


 一粒の雨がカレンの頭上に落ちてきた。


 それを皮切りにポツポツと雨が降り出し、やがてしとしととアルペンリリーに雨が降り注ぐ。


「雨……! 雨が降ったわ……!」


 レイドルたちも雨が降ったことで、魔法を使うのをやめて笑顔で空を見上げている。


「すごいな……これをファウストに教えたら、雨を降らせる魔道具を開発しそうだ」


 セトの言葉にカレンは思わず吹き出した。


「ふふふっ、そうですね。ファウストが目覚めたら教えます」

「うん、絶対にファウストは復活するから」


 この作戦で月露の雫を手に入れられるのだと、セトは確信しているようだ。


 それはつまり、ファウストとこの先もずっと一緒に過ごせるということで、力強いセトの言葉がカレンは嬉しかった。


 アルペンリリーの花びらは雨を受け止めて、瑞々みずみずしい生命力に満ちている。草花とは対照的に、灰色の空は神が苦しんでいる民のことを思い、悲しみで泣いているように見えた。


「この雨……神の涙という言葉がピッタリだわ」

「そうかな。ボクはむしろ神の慈悲だと思うけど」


 苦しんでいる民を救うために、神が雨を降らせて月露の雫を与えた──そう考えることもできる。


「確かに、神の慈悲と呼ぶ方がいいですね」

「うん」

「月露の雫を手にできるよう神に願います」


 カレンの願いに応えるように、雨は一晩中降り続いていた。




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