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第82話 この命が尽きたとしても

「……っ!?」


 驚いているファウストをギュッと抱きしめ、口移しで月露の雫を与えながら、魔力を吹き込んでいく。


 結婚式で魔力を奪われた時と同じ感覚がカレンを襲った。


(よかった、今度はちゃんと魔力を送れているみたい……)


 カレンはさらに、送り込んだ魔力がファウストの壊れた回路を塞ぐように強くイメージをする。


 すると、崩れた右腕や両足から魔力が流れていくのが止まった。さらに月露の雫を飲ませたことで、ファウストの身体の中に魔力がどんどん溜まっていく。


(よかった……これならファウストを治せそう……)


 魔力の流れを追ってみると、ファウストの傷ついた魔力回路はすでに修復され、腕や両足の先端から新たな回路が形成されようとしていた。


 この回路が完全に回復すれば、きっとファウストの両目も手足も元に戻るだろう。


(このまま、ファウストの魔力回路が完全に治るまで、魔力を送り続けるのよ)


 すでにファウストの手足の包帯は外れていた。魔力回路が修復され、魔力が増えていくとともに、ファウストの失われた腕や足が元の姿を取り戻していく。


 カレンはそれだけで満足だった。


 愛しい人を救うことができたら、それだけでカレンの苦労は報われたと思える。


(ファウスト、絶対に治してみせるから)


 人生をやり直したとしても、愛する人のためにすべてを捧げようとするのは変わらなかったらしい。


 ふっと笑いそうになるのを堪えて、カレンはファウストに吹き込む魔力量を増やした。


(──たとえ、私の命が尽きたとしても)


 だが、カレンの意図を読み取ったのか、ファウストが両目を開いて抵抗しはじめる。


(このまま魔力を送ったら、私の命が尽きると気付いたのね。でも、やめるつもりはないわ)


 月露の雫を飲むと、その後は昏睡状態に陥るとケイティの母親が説明していた。それが事実なら、そろそろファウストの意識が落ちるはず。


「……っ! んんんっ!」


 ファウストは必死にカレンを止めようとするが、手足が自由にならない状態では止めることができない。


「……! …………」


 そうして、ファウストは静かに意識を失い昏睡状態になった。


(このままベッドに寝かせて……後は完全に魔力回路が修復されるまで、私の魔力を……)


 カレンの意識も朦朧もうろうとしはじめたが、気力を振り絞ってこらえる。


 ここで倒れてしまったら、ファウストの失った身体は元に戻らないかもしれない。


 なんとしても最愛の人を救うのだと、カレンは自分に言い聞かせた。




 それからどれほどの時間が経ったのだろう。


 カレンはぼんやりとファウストを見つめていた。


「あっ……ボーッとしちゃったわ」


 ベッドで深い眠りに落ちているファウストの手足は以前のようにスラリと伸びている。


 枕元には義眼も落ちているので、きっとあの金色の瞳も治っているはずだ。


「よかった……これで、ファウストは、元通り……」


 ギリギリで保っていたカレンの意識はそこで途切れた。




     * * *




 カレンが魔天城に戻る十日前。


「ファウスト、本当にいいのか?」

「うん、今は義足や義手に魔力を使うのも惜しいんだ」


 ファウストはキアラを私室へ呼んで、義手と義足を外してもらうように頼んだ。


 カレンがいつ戻ってくるのかわからない状況で、ファウストが一日も長く命を繋ぐためには、魔力の消費を抑えるしかない。


 そうなると、二十四時間つけっぱなしの義手と義足の負担が大きく感じた。


「左手だけ残してくれれば、後はなんとかするから」

「……わかった。崩れた部位から魔力が漏れ出すから、光の賢者様に結界を張ってもらうよう頼んでおこう。気休めかもしれんが、ないよりいいだろう」

「ありがとう。そうしてもらえると助かる」


 キアラは悲しげな瞳でファウストを見つめる。言いたいことがたくさんあるのに、グッとこらえているようだった。


 ファウストは安心させるように、言葉を続ける。


「大丈夫だよ。カレンは絶対に月露の雫を持って帰ってくるから」

「そうだな……わたしは、これからもファウストと魔道具の開発をしたい」


 魔道具の第一人者からそう言われて、嬉しいと素直に思った。


 でも、ファウストがここまで魔道具開発に夢中になったのは、カレンと切磋琢磨せっさたくましてきたからだ。


「そうだね。全部落ち着いたらまたやろう。その時はカレンも誘っていい? 彼女はすごく優秀なんだ」

「ああ、もちろんだ! ファウストとカレンさんとわたしの三人で魔道具の開発をしよう!」


 キアラは満面の笑みを浮かべて、大きく頷く。


 ファウストもカレンとキアラと三人で魔道具の開発ができるのは、夢のようでもある。


「楽しみができたな」

「お前が死ぬのはまだまだ先だ」

「うん、そうだね」


 そうして、ファウストは静かにカレンの帰りを待った。


 ただ待っているだけなのに、崩れた身体から魔力が漏れ続ける。こんな姿を見たらカレンは泣いてしまうだろうか、と考えながら残りの命について考えた。


(もし、月露の雫をカレンが持ってきて、効果がなかったとしたら……その時は潔くこの世を去ろう。カレンは賢者になったし、僕がいなくてもきっと幸せになれる)


 そう決意した矢先、カレンは宣言通り月露の雫を手に入れて戻ってきた。


 ファウストの状態を見たカレンは言葉を失った様子で、泣きそうな表情を浮かべている。


 もう話すのもやっとだったが、カレンを安心させたくて絞り出すように言葉を紡いた。


「あ……ごめ、ん。魔力の消費を、抑えるため……に、義足とか外し、てる……から」

「うん、大丈夫よ。遅くなってごめんね」


 そうして、月露の雫を飲んだのだが、ほとんど効果がなかった。舌の痺れがなくなったので、効果があるのは間違いないが、ファウストの身体は症状が進みすぎていたようだ。


 もう未練はない、そう思った。

 でも、カレンはファウストと共に生きることをあきらめなかった。


 月露の雫を口に含み、ファウストに口移しで飲ませつつ、こともあろうか魔力まで送り込んできたのだ。


「……っ!?」


(こんなことをしたら、カレンの魔力が尽きてしまう……!!)


 ファウストは懸命に抵抗したが、身体が弱っているうえ、動かせるのは左手だけで簡単にカレンに抑え込まれてしまう。


「……っ! んんんっ!」


 カレンにやめてほしいのに、ただただ享受する自分が情けない。

 でも、送られてくるカレンの魔力が身体中を駆け巡ると心地よくて、ファウストの魔力とよく馴染んだ。


「……! …………」


 やがて、ファウストの意識が深い闇に堕ちていく。


 最後に見たのは、女神のように微笑むカレンの姿だった。




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