はじめに、二柱の神がいた。
神は十柱の精霊王を創った。
精霊たちが世界を守っていた。
ある日、魔王が現れた。
魔王は世界の大半を手中に収めた。
二柱の神は別の世界から勇敢な者、勇者を呼び、
魔王封印の術を与えた。
勇者は、4人の仲間──聖女、賢者、剣聖、弓聖と共に、
魔王に戦いを挑んだ。
戦いの末、勇者は魔王を大きな岩に封印した。
こうして、世界に平和が訪れた。
アーロンは読み終えてから考えた。
(ありきたりな話だけど、この世界に来てから、こういう話は聞いたことがない。
最後のページで絵本が作られた年が書かれているのを見たアーロンは考えを改めた。
(否、この絵本は旧王歴108年に作られたっぽいから恐らく1200年以上は前のこと……十神教会の方が可笑しいのかもしれないな)
アーロンは思考の海に浸りつつ、表紙に描かれた黒髪の勇者の横顔に触れた。
(この世界、茶髪は多いけど、黒髪は父上と僕以外は見たことないんだよね。……僕たちが勇者の末裔だったりして。まあ、そんなことないと思うけど。勇者の末裔だったら、極北の領地なんて厳しい場所にいないだろうし)
裏表紙を見ると二柱の神らしき男女と、十の精霊王らしい動物が十体描かれている。
(……なんか、見たことあるような)
内心汗を掻きつつ、アーロンは、【勇者の冒険】をヴァルトバングルの収納に入れて、王家の書庫に目を向けた。
(まだ、知らない本がいっぱいありそうだし、楽しみだな)
アーロンはソファから降りて、本棚に向かった。
本棚には経済書や、歴史書、哲学書などのお堅い書物もあれば、様々な小説があったり、子供向けの絵本があったりなど、様々だ。
アーロンは集中して読み続けた。
「……、アーロン殿」
集中していたアーロンは、自身を呼ぶ声に反応して顔を上げた。
そこには、入口からやってきた騎士がいた。
「あ、騎士さん」
「アーロン殿。もう、夜の18時です。夜ご飯を食べて、寝る支度をしませんと……」
「そう、ですよね、僕、まだ9歳ですし」
その台詞は普通の9歳だったら言わないと思う、と騎士はツッコミたかったが、仕事中なのでポーカーフェイスを貫いた。
「さあ、戻りましょう」
「はい」
アーロンは騎士に連れられ、客間に戻った。
それから一ヶ月、アーロンは王都を探索したり、観光したり、王城の書庫の本を読み漁ったりした。
時月(季節的には10月のこと)30日、もう冬の寒さを感じ始めた、そんな頃にシェードから「時間があるときに来るように」とチャットが入った為、アーロンは国王の執務室に向かった。
アーロンに付き従うのは、リートとヒューバート、そして、王家の宝物庫や書庫をアーロンに案内した騎士──近衛騎士団副団長セドリック・フォン・ガードナーの三人だ。
セドリックはこの一ヶ月アーロンに王都や王城を案内し、護衛する役割をシェードから与えられており、任務を全うする為に付き従っているが、今では幼いアーロンの保護者になった気分だったりする。
セドリックから見た他の2人の護衛だが、リートはアーロンを異様に崇拝しているヤバいエルフで、16歳のヒューバートは将来有望な弟分という認識だ。
「陛下、失礼します」
セドリックが国王の執務室をノックして、「どうぞ」という声が聞こえると扉を開いた。
アーロン、リート、ヒューバートの順で中に入ると、四人はそれぞれの礼をした。
セドリックは右拳を左胸に当てて、お辞儀をする普通の騎士の礼。
アーロンは右手を左胸に添えてお辞儀をする一般的な貴族の礼。
リートは両手を交差させ、胸に当てて目礼するエルフの礼。
ヒューバードは侍従の恰好をしているので、お腹辺りで右手の上に左手を添えて、お辞儀をする侍従などが行う使用人の礼。
見事にバラバラだ。
それが妙に面白かったシェードはくつくつと笑いつつ、アーロンに座るよう勧めた。
アーロンの座るソファの斜め後ろにガードナー、リート、ヒューバートが涼しい顔をして立った。
「近衛騎士団副団長のガードナーは、私の後ろには立ってくれないのかな?」
「任務中ですので、アーロン様の後ろにおります」
「つれないなぁ。まあ、それはさておき、アーロン君」
「はい、陛下」
「貴族への根回しが異様に早く済んでね、なんでも、神童である君の事業なら是非とも一枚噛みたいそうだ。皆、君が造った街の魔導具を大層気に入っているらしく……国中の貴族が君が造った街に行ったことがあるのを突っ込んだら良いのか、我が国の貴族が暇なのを突っ込んだら良いのか分からなかったよ」
「はあ」
「あとは地理的な問題だ。この国には幾つかの山脈がある。山に線路を走らせるのは大変なことだと思う。山や土木の専門家を呼ぶから、山に線路を敷くのは、それまで待って欲しい」
「その、山や土木の専門家さんは大丈夫です。僕に考えがあります」
アーロンの考えというのは、ガイドのことだった。ガイドはこの世界の知恵袋だ。どこに線路を敷けば良いかも、ガイドに聞けば問題ないということを前回学んでいた。
「そうかい?分かった。あの魔導具を作った君なら何か考えがあるのだろう。任せよう」
「ありがとうございます」
「それと、これを」
アーロンはシェードに羊皮紙の本のようなものを渡された。
「これは?」
中には国中の貴族たちの直筆のサインや紋章が入った証文が入っている。通行の許可と線路および道を敷く許可がされた証文だ。
「皆、嬉々として書いてくれたよ。これで堂々と線路が敷けるから安心して欲しい」
「あ、はい」
貴族ってこんなにいるんだ、とアーロンは思いつつ、分厚い本をヴァルトバングルに仕舞った。
ちょっと重かったので、早く仕舞いたかったアーロンだった。
「因みに、魔導列車の運行は国中に駅を造って貰ったら運行開始することにしたよ」
「教育とかはどうなってますか?」
「それは、大丈夫。アーロン君が作ってくれた
「紙は精霊に作ってもらいましたので、作り方は分からないです」
と言いつつ、アーロンは将来、植物紙を和紙でも良いので作りたいと思っていた。
「そうか……」
「では、陛下、私は魔導列車と線路を敷きに現場へ向かいます」
「分かった。事故など気を付けるようにね」
「はい、ありがとうございます」
アーロンは三人を引き連れて、国王の執務室を退室した。