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 高そうな食器に載った、これまた高そうな料理をフォークで味わおうとした、アーロンは掛けられた言葉に顔を引きつらせていた。


「それで、娘を嫁に貰って欲しいんだが、いかがかな?」


 北の公爵と呼ばれるノルド公爵ハワード・フォン・ベイリーは、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、斜め横に座るアーロンに問いかけた。

 アーロンは、爵位が上の、しかも公爵に縁談を持ちかけられ、たじたじになっている。

 そして、この北の大地に来るまでに線路を引いた先々で縁談が持ち上がったのを思い出した。


(僕、まだ10歳なんだけど……)


 アーロンは魔導列車計画を進めている間に10歳になった。

 魔導列車の線路を敷く事業を進めている間に、北の公爵含めた四大公爵全員に縁談を持ちかけられたが、アーロンは「シェード陛下にも縁談をいただいておりまして」と言って断っている。

 今回もその手で断ろうとアーロンは口を開いた。


「ああ、そういえば。陛下にはもう連絡を取っていてね、陛下は第二王女殿下とアーロン君の婚約を進めたいそうだ。それで、我ら四大公爵の愛娘たちも、王女殿下の婚約が成ったら、進めても構わないそうだ」


 アーロンは冷や汗が流れるのを感じた。


(陛下、「嫁に出すのは寂しくてね」って言っていた、あの言葉は何だったんですか……)


 アーロンが心の中でシェードに文句を言うが、状況は変わらない。


「勿論、アーロン君の意思を尊重するよ。けど、私たちの娘にも機会が欲しいんだ。これからも、交流してくれるかい?」

「それは、問題ないです」

「そうか!良かったな、シルヴィア」

「……はい」


 ホワイトブロンドに水色の瞳の儚げな美少女──ノルド公爵令嬢シルヴィア・フォン・ベイリーは、頬を桜色に染め、アーロンを見つめる。

 アーロンと目が合うと、恥ずかしいのか、視線を逸らしてしまう。

 奥ゆかしい、その様子は幼いながらも魅力的だ。


(僕は男爵令息なのになぁ)


 アーロンは遠い目をした。


(国王陛下と公爵閣下たちに睨まれたら、この国でやっていくのは難しいだろうなぁ。まあ、性格の不一致とか相性とか大丈夫だったら考えよう)


 アーロンは未来の自分に丸投げしつつ、高そうな料理を味わった。




 様々な貴族に縁談やら交流やら持ちかけられつつ魔導列車の線路を敷くことはアーロンにとって大変な事だった。

 大体の貴族がアーロンよりも上の爵位だったので、国王をだしに使わなければ逃げるのが難しいのだ。

 こうして迎えたエレツ王国歴327年水月(時期的に6月)7日謳歌日(土曜日のこと)。

 王都で、全ての主要な街に繋がる魔導列車の運行開始を祝う祝典が行われる。

 アーロンは白と紺を基調とした貴族らしい礼装を身に纏い、駅の広場にある舞台に用意された椅子にお行儀よく座っていた。

 横には正装の国王シェードが堂々と座っている。

 司会が壇上に上がったところで、開始を知らせる鐘が鳴った。


「それでは、新しい移動と輸送を実現する魔導列車の全地域での運行開始の祝典を始めます。まず、ご来賓のロドリゲス大司教様からお言葉をいただきます」


 司会を務めるは、この国の宰相にして四大公爵の一人。東のエスト公爵リチャード・フォン・リバーズだ。

 リチャードに呼ばれた十神教会の大司教ロドリゲスが壇上に上がった。


「この度は、魔導列車の運行開始、誠におめでとうございます。そして、祝典にお招きいただきまして誠にありがとうございます。この魔導列車により、皆様の生活がより良いものとなることを、神々は喜ばれるでしょう。……魔導列車の製作者であるアーロン様は、十神教会へ多大なる貢献をしていただき、また、十神教会の運営する孤児院の子どもたちの将来についても深く考え、就職にもご助言やご支援いただいております。このように、人々の手本となるような素晴らしいお人柄のアーロン様による魔導列車の事業は、発展し、多くの恵みや実りを齎すことでしょう。アーロン様とエレツ王国の益々のご繁栄と、ご臨席の皆様のご健勝を祈念いたしまして、お祝いの言葉とさせていただきます。ありがとうございました」


 長い台詞を聞き流す出席者達は相当に多い。

 居眠りしている者までいる。

 教会での説教で慣れているロドリゲスは、顔色一つ変えずに壇上を降りた。

 因みに、アーロンが十神教会にお金を掛けているのは事実だ。

 ポピュラーな宗教と仲良くするのは大事なことだからだ。


「次に、この事業の今後の運営管理責任者である国王陛下。シェード・ヘーリオス・エレツ様より、お言葉をいただきます」


 椅子から立ち上がり壇上へ移動した国王は、にこやかに笑った。


「盛り上がってるかい?」


 会場はしん、としている。


「まあ、堅苦しい場だから仕方ないか。……さて、魔導列車の運行開始を祝う祝典を開けたこと、嬉しく思う。これもひとえにアーロン君の尽力があったからこそだ。彼がいなければ、この事業は無かったし、魔導列車も無かっただろう。この場を借りて、ヴァルト男爵家の嫡男であるアーロン君に深く感謝を表する」


 シェードはアーロンの方に向かって、お辞儀をした。

 会場は少々ざわついた。

 国王が一貴族、それも、男爵の息子に頭を下げたのだから。


「この偉業を成し遂げてくれたアーロン君には、後日、陽光勲章やヴァルト男爵位とは別の爵位と報奨金を与える」


 会場はざわつきつつも、歓声や拍手で沸いた。


「以上で、私の挨拶とする。ありがとう」


 シェードはアーロンの隣に座って、アーロンにウインクした。

 アーロンは苦笑を浮かべる。


「では、次にこの事業の発案者であり、全ての基盤を整えたヴァルト男爵令息アーロン・フォン・シュタイン様から、ご挨拶です」


 アーロンは椅子から降りて、壇上に向かった。用意された台の上に乗って、壇上に立つ。


「本日はお忙しい中、魔導列車運行開始の祝典にご臨席いただきまして、誠にありがたく、厚く御礼申しあげます。ご来賓の皆様には、平素より多岐にわたるご支援をたまわり、重ねてお礼申し上げます。……魔導列車は、多くの人々、多くの貨物を遠くまで運ぶことが可能です。この魔導列車によって、この国の全ての人々が豊かになることを願っています。また、夢と希望を抱く一助となることを祈っています。最後に、この事業の成功を祈ると共に、皆様のご健勝とご発展を祈念いたします。ありがとうございました」


 10歳にしては物凄い堅苦しい挨拶をしたアーロンだった。


「では、これより、魔導列車の最初の定期便が発車します」


 宰相の言葉と共に構内に発車のメロディーが流れた。

 このメロディーを作曲したのは、アーロンが購入した元奴隷の音楽家ジル・バートンだ。

 全ての駅で違うメロディーを考えている。

 メロディーが終わると共に魔導列車の扉が閉じた。

 歓声と共に、花吹雪が舞う。

 そして、魔導列車はゆっくりと発車し、徐々にスピードを上げて、遠くまでどんどん進んでいった。

 アーロンは感慨深く、魔導列車を見送った。





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