目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

38




 1週間で書類の山を片付ける頃、アーロンはカルロスと役人たちと打ち解けていた。

 書類の山と戦う戦友として仲良くなったところは大いにあるだろう。


「アーロン様……」


 やけに真剣な表情でやってきたカルロスと役人たち。


「どうしたの?」

「実は……」


 カルロスは現在のオルジュ領の税制について語った。

 現在のオルジュ領の税は王族によって改善され、地代・人頭税・納付税・市場税・営業税・相続税・通行税と、一般的な領地よりも少ない。

 税が少なくなれば、商人が集まりやすくなり、その売上から入る営業税も上がるはずだった。


「商人が増えているにもかかわらず、営業税はあまり増えていないのです」

「ふぅん、商人が虚偽の申告してるってことかな。当然、裏帳簿があるだろうね」

「だと思います。しかし、商人たちは尻尾を掴ませないようで、のらりくらりと上手く誤魔化して来まして」

「成程ね、で、僕に何をして欲しいの?」

「あ、いや、アーロン様なら何か解決策を教えていただけるのではないかと、愚かにも考えまして」

「固い固い。……いいよ、解決してあげる」

「本当ですか!?」

「ただし」


 アーロンは人差し指を立てた。

 カルロスはごくりと固唾を呑む。


「君たちも手伝うこと。いいね?」


 アーロンは人差し指をカルロスたちに向けて言った。


「「よろこんで!」」


 どこかで聞いたような台詞にアーロンは苦笑しないように微笑んだ。




 オルジュ領で幅を利かせているドートン商会の商会長ヴァルゴ・ドートンは、脱税で儲けたお金を隠し扉の向こうにある金庫に入れて、ほくそ笑む。


(真面目が取り柄の代官と役人どもの目を掻い潜るのは面倒だが、上手くいくとこんなにも旨味があるから止められないのぅ)


 ヴァルゴが面倒だと思っているのは帳簿のことだ、表と裏の帳簿を付けるのは難しいのだろう。

 だが、それを行ってでもヴァルゴは脱税したかった。

 大金を手にしたかったのだ。


「ん?」


 執務室の外がバタバタしているのに気付いたヴァルゴは、隠し部屋から出て、執務室で何食わぬ顔をし、執務を始めた。

 すると、急いでいるようなノックの音がした。


「どうぞ」

「商会長!抜き打ち監査です!」

「焦るな、どうせ今回も何も見つからぬ」

「今回は、領主様とオルジュ私兵団、それに、役人たちが同行しております!」

「……人数が増えたところで、どうにもできまい」


 ヴァルゴは己を過信していた。


「失礼するよ」


 黒髪の幼い少年──アーロンと、リート・ヒューバート・私兵団の団長と副団長、役人たちが入ってきた。


「僕がオルジュ伯爵だ。商会長は動かないでね。……リート」


 リートはすたすたと壁にある本棚に向かった。

 嫌な予感がしたヴァルゴは叫んだ。


「止めろ!」


 リートは二段目にある赤い本を取り出した。

 ガコン、という音と共に本棚が横に動き、扉が現れた。


「隠し部屋だね、バーナード団長」


 筋骨隆々とした短い赤毛と茶色の瞳を持つ浅黒い肌をした初老の男──オルジュ私兵団の団長バーナード・フォン・ドイルが隠し部屋に突入した。

 因みにバーナードは元々男爵家の四男で、爵位を持つが領地を持たない一代貴族の騎士爵位を持つ。

 地球では王室や教皇が授与できる爵位だが、エレツ王国では王族やある一定以上の爵位を持つ者は、騎士に騎士爵を授与できる。

 一定の爵位というのが、伯爵だ。

 バーナードの場合、旧ヴェーテ領主の先々代の領主に爵位を貰っている。

 旧ヴェーテ領主の前の当主は良い領主だった。彼に報いる為に30年以上に渡りこの領地を守っていたバーナード。

 旧ヴェーテ領主の不正が暴かれ、エレツ王国騎士団が領主一族を捕らえて連行したときには、バーナードにも責任が問われると思っていた。

 そして、騎士団に詰問されたときには、部下には何も罪はないと主張し、潔く死刑になる所存だときっぱり言い放つ強さがあった。

 騎士団団長に気に入られたバーナードと部下はお咎め無しで解放された。

 そして、今に至る。


「大きな金庫と美術品があります」

「そう……商会長、開けろ」


 アーロンの子供らしからぬ気迫に、ヴァルゴはたじろぐ。

 やがて、のろのろと金庫の前にやってきて、開けた。


「大金貨が入った大量の革袋と、帳簿が入っていますね」

「商会長。調査の為、金庫と美術品を没収する」


 アーロンはヴァルトバングルに金庫と美術品を収納した。


「逃げるとか考えない方が良いよ。逃げたら、酷い目に遭うだろうから」


 現在、オルジュ領、主にミュースには多くの森影が潜んでいる。

 逃げるのは不可能だろう。

 その後もミュースで脱税をしている商会の隠し金庫や裏帳簿を見つけては没収を繰り返したアーロンはカルロスや役人と共に裏帳簿を隅から隅まで調べ、2日後には脱税した分を没収し、複数の商会に罰金として大金貨千枚を科した。

 期間は20年。毎年大金貨50枚を罰金として支払うのだ。

 普通の商会なら、十分支払うことができるだろう。

 他の領地であれば、商会長や責任者は処刑で、家族は奴隷落ち。罰金も相当高いのが普通だ。

 甘いだろうが、アーロンらしい。

 今回、没収した多くの金貨は民の要望を叶える為に使われることとなった。


 後に、この3日間のことは【糾明の三日間】と呼ばれ、アーロンは【優しき英明なる領主】と呼ばれるようになる。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?