国王シェードと宰相リチャードは魔導列車運行開始の祝典に向けて、最後の追い込み作業をしていた。
一段落したところで二人は侍従に紅茶を淹れさせ、一息つく。
「それにしても、アーロン君は凄いですね」
リチャードが呟いた。
「ああ、4歳の頃から影に見守らせていたが、いつも規格外で、最初は影の報告を信じられなかったくらいだったしな」
シェードが影と呼ぶのは、王族の諜報機関である
この国では王族は天を司るとされている為、天の影ということで、天影と名付けられた。
因みに、エレツが大地という意味のように、貴族や国民は大地を司るとされている。
「もし、アーロン君がスルス帝国に産まれていたら大変でしょうね」
スルス帝国は大陸の東にある大国だ。
「そうだな、あの国の皇帝は強欲な男だから、アーロン君の話を聞いたら、すぐに奴隷のように搾取しようと動くだろう。まあ、その前にアーロン君が国外へ逃亡しそうだな」
「もしくは、アーロン君と契約している精霊王たちが皇帝を亡き者にしそうですね」
「あり得るな」
暫し、沈黙が流れる。
「我々は愚かなことをする訳にはいかないが、スルス帝国がこちらに手を伸ばそうとしているから、そうも言ってはいられないかもしれん」
「まだ、スルス帝国は周辺諸国の攻略に手間取っていたのでは?」
「諸国と手を組んだようだ。我らと同盟を組んでいるストロム王国から今朝、手紙が届いた」
シェードはリチャードに手紙を渡した。
ストロム王国はエレツ王国の隣にある国で、エレツとは良い関係を結んでいる。
「スルス帝国はまずストロム王国に手を出そうとするでしょうね……」
ストロム王国は豊かな農業大国だが、戦力はお世辞にも良いとは言えない。
周辺諸国と同盟を結んだスルス帝国としては、侵略しやすい国と言えよう。
「ああ、ストロム王国が落ちてしまったら、エレツ王国も陥落する可能性が高くなる。それは避けたい」
「ストロム王国は協力要請をしてくるでしょうから、それを受けるということですね」
「そうだ。その時は、アーロン君に活躍して貰おうと思っている」
「彼はまだ子供ですよ?」
「奴らが攻めてくるのは最短で3年後だ。アーロン君も成人しているだろうから、問題ない」
エレツ王国の成人は13歳だ。
「それに、アーロン君もこの情報は掴んでいるだろう。全貌は分からないが、ヴァルトにも諜報機関があるらしい。最近になって天影が気付いたくらいだから、よく隠された存在だ」
「そう、ですか。しかし、情報をアーロン君が掴んでいる場合、この国を出ていったりしませんでしょうか?」
「それはしないと思うな。ヴァルトにはアーロン君の両親もいるし、領民だっている。捨てることはできないだろう」
「アーロン君ならヴァルト丸ごと持って出ていきそうです」
リチャードの言葉にシェードは青褪めた。
「そ、それは、ないよな?」
「さあ、私には分かりません」
リチャード〜〜!という情けない国王の声が執務室に響いた。