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 入学後の最初の週を無事終えたアーロンや生徒たちは、入学後初めての休日を過ごしていた。

 アーロンの場合、オルジュ領主としての仕事をしたり、貴族との会談で大忙しだ。しかも、そこにマグノリア殿下とのデートも捩じ込まないといけない。

 デートが嫌な訳では無いアーロンだが、デートの時間を捻出し、計画を立てるのは、少し大変だった。


「マグノリア様、お手をどうぞ」


 アーロンは先に馬車から降りて、マグノリアに手を差し出した。

 マグノリアはその手を取り、優雅に降り立った。

 2人とも、街を歩くためにちょっと裕福な平民らしい格好をしているのだが、育ちの良さが隠しきれていない。

 すこし離れた場所から護衛をしている騎士団の団員たちは警戒を緩めず、目を光らせている。

 今、彼らがいるのは、王都の中央通りだ。

 賑わっており、客呼びの声が絶えない。


「わたくし、王都を巡るのは初めてなので、楽しみですわ」

「そうなんだ、じゃあ、楽しめるように頑張るよ」


 アーロンはマグノリアに手を差し出した。


「あの、……手を繋ごうか。迷子になると大変だし」

「はい、喜んで」


 マグノリアは頬を染めつつ、アーロンと手を繋いだ。

 二人は露店を巡りつつ、会話を楽しんだ。

 途中カフェに入った二人は、席に着いて、スコーンとジュースを頼んだ。


「「……」」


 いざ、互いの顔を真正面で見るとなると、二人とも照れてしまい、暫く沈黙が降りた。


「あの、マグノリア殿下」

「もう、マグノリアと呼んでくださいと先程から申しておりますのに、わたくし、拗ねてしまいますわよ」

「す、すみません、マグノリア」

「敬語も禁止ですからね」

「分かりま、……分かったよ、マグノリア。マグノリアも敬語は使わなくていいよ」

「その、敬語以外の喋り方が苦手ですが、頑張ります、じゃなくて、頑張るわ」

「うん、無理しないでね」


 二人が和やかな雰囲気になった頃、林檎のジュースとスコーンが運ばれてきた。

 一口飲んだマグノリアは目を丸くした。


「お城でもジュースが出ることがあるけど、遜色ない美味しさかもしれないわ」

「このカフェは庭で果物を栽培していてね、毎日数量限定でジュースを出してるんだよ」


 アーロンも林檎のジュースを味わいつつ、解説した。


(森影に調べさせて、デートコースを決めた甲斐があったなあ)


 アーロンは内心ガッツポーズをしていた。


「まあ、そうなのね」

「スコーンのジャムも自家製だってさ。蜂蜜は王都近くにあるロンディネ村で採れたものを使っているみたい」

「まあ!いつかそのロンディネ村にも行ってみたいわ」

「僕が大きくなったら、連れて行けると思うよ」


 アーロンは微笑む。


(その為にもスルス帝国は潰しておかないといけないね)


 内心、腹黒いことを考えつつ。

 二人はカフェで林檎のジュースとスコーンを堪能し、店を出た。


「美味しかったわ」

「うん、美味しかった。……さあ、行こうか」

「はい」


 頬を染めたマグノリアはアーロンと手を繋いだ。

 中央通りを王城の方に向かって歩くと、商業区に入る。

 先ほどまでいたのは、平民区だが、商業区は平民区よりも賑やかだ。

 商人たちや客、物が行き交い。人々に活気が溢れている。

 アーロンはマグノリアを連れて、ある店に入った。

 焦げ茶のシックな店舗で、中に入ると、数多くの宝飾品が目に入った。


「まあ、宝飾店ですか?」

「うん。ここは【妖精の宝石箱】という宝飾店だね。百年くらい前に創業してから今まで順調に経営を続けている老舗だよ」

「妖精の宝石箱……素敵。それに、飾られている宝飾品も素晴らしいものばかり。多くの貴族が通っているでしょうね」

「うん、貴族にも人気みたい」

「やっぱり、そうなのね」

「さあ、見て回ろうか。マグノリア」


 アーロンはマグノリアの背に手を添えて、見て回るよう促した。


「はい」


 マグノリアはうきうきした様子で目を輝かせ、周囲にある宝飾品をじっくり見始めた。

 アーロンは森影がマグノリアの近くにいるのを気配で感じつつ、店の奥に飾ってあるネックレスを眺めることにした。

 ガラスケースに飾ってあるネックレスのチェーンはゴールド。トップは雫型の透明な宝石で、大きさは10カラットくらいはあるだろう。

 シンプルなデザインだが、アーロンはこのネックレスが気になった。


「お客様、よろしければネックレスの説明をしましょうか?」


 アーロンの近くにやってきたのは、店員らしきロマンスグレーの紳士だった。


「はい、是非お願いします」

「かしこまりました。こちらのネックレスは純金のチェーンとトップにミーティアライトという特殊な宝石を使っています。このミーティアライトは精霊術師が使う霊力を込めると色が鮮やかなローズピンクに変化します。因みに、込めた霊力を精霊術に使うことも可能です」

「へえ、それは良いですね」

「!お客様は、精霊術師でしょうか?」

「ああ、魔法も使いますけど、精霊術も使えますよ」

「それは素晴らしい。是非、このネックレスを活用して欲しいものです」

「そうですね、因みに、おいくらですか?」

「はい、5億レツ……金貨50枚になります」


 アーロンは思った。


(普通に買えるな)


 結構な大金持ちであるアーロンは金銭感覚が可笑しくなっていた。

 ヴァルトバングルの収納から金貨50枚を取り出したアーロンは、店員に渡した。


「はい、金貨50枚で購入します」

「はっ、かしこまりました。今、お包みしますので少々お待ちください」

「否、そのままでいいよ、此処で彼女に渡したいんだ」


 アーロンは店員からネックレスを受け取ると、マグノリアの元にやってきた。


「マグノリア」

「はい、なにか?」

「このネックレス、受け取ってくれる?」

「まあ!珍しい。ミーティアライトね」

「知っているの?」

「私のミドルネームと同じ宝石だもの、知ってるわ」


 首に掛けて下さる?と言ったマグノリアに、アーロンは応えるように後ろに回ってネックレスを掛ける。


「ちょっと良いかな?」


 アーロンはミーティアライトを手に取って、霊力を込めた。

 霊力は魔力と種類が違う。霊力は魂に宿るもので、魔力は肉体に宿る。

 二つの力を扱うのは容易ではない。

 アーロンもここ数年で霊力の扱いを身に着けたので、修練は大事だ。


「わあ!」


 マグノリアが歓声を上げた。

 ミーティアライトはローズピンクに染まり、美しく輝いている。


「アーロン、とても素敵なプレゼント、本当にありがとう。とっても嬉しい」


 マグノリアは本当に嬉しいのだろう、目を潤ませて、笑顔を浮かべた。


「君が頑張っているから、何か贈りたかったんだ。喜んでもらえたなら、僕も嬉しいよ」


 入試で一位を取るのは容易ではない。マグノリアのたゆまぬ努力の賜物だ。

 アーロンは、そんなマグノリアを尊敬していたし、好ましく思っていた。


「アーロン……ありがとう」


 堪え切れなかった涙が一粒落ちた。

 アーロンはマグノリアにハンカチを差し出した。


「ごめんなさい、ちょっとしたら、落ち着くので……」


 マグノリアはハンカチでそっと目元の涙をぬぐった。

 暫くしてマグノリアが落ち着くと、二人は妖精の宝石箱を後にした。

 外に出ると、夕日が落ちていた。


「綺麗な夕日……もうこんな時間なのですね」

「うん、お迎えの馬車も来たみたいだね」


 妖精の宝石箱の前には王家の紋章が描かれた馬車が停まっていた。


「アーロン様、また、わたくしをどこかに連れて行ってくださいませ」

「うん、勿論だよ」

「今日は本当に楽しかったですわ。また、学園でお会いしましょう」


 マグノリアはそう言って背を向け、少し歩いたところで唐突に振り返り、アーロンの方に走ってきた。

 そして、大胆にもアーロンに抱き着いて、接吻した。


「!?」

「今日のお礼ですわ。では、ご機嫌よう、アーロン様」


 軽やかな足取りで馬車に乗り込んだマグノリアを呆然としたままアーロンは見送った。

 前世も含め童貞なアーロンは暫く動けなかった。





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