目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

42




 マグノリアの大胆な贈り物を貰った謳歌日(土曜日に相当)の次の日である安息日(日曜日に相当)に、アーロンは転移門を使ってヴァルト領にいた。

 安息日は十神教会の礼拝に参加して、家でゆっくり休む人が多い日なのだが、アーロンは違う。

 毎週この日を他の貴族との会談日にしているアーロンは、休む暇がなかった。

 本日は王都よりも東の国境に近い場所に小さな領土を持つアントラクス男爵家のご当主、チェスター・フォン・クルーガーがアーロンに会いにやってきた。

 東の方から極北までやってくるのは、昔だったら大変なことだ。しかし、今は魔導列車で約1日で到着する。

 魔導列車はエレツ王国内の交通機関、輸送に大きな変革を齎している。

 魔導列車によってエレツ王国は好景気に湧いていた。


「アントラクス卿、本日はよろしくお願いします」


 チェスターの見た目は白髪交じりでおでこが広い中年太りしたおじさんだ。


「オルジュ卿、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 2人とも貴族らしい礼をしてから、席に座った。


「本日のご要件はやはり、アレでしょうか?」

「あれ、と申しますと……」

「魔導トイレです」

「!ええ、その通りです。実は、妻と娘たちに強請られまして……どうも他家のお茶会に招かれたときに、その魔導トイレを使って気に入ったようで……」


 どこか疲れた様子のチェスターを見て、アーロンは思った。


(これは、相当強請られたみたいだね)


 ちょっと可哀想だとアーロンは思いつつ、口を開いた。


「魔導トイレは一つ金貨10枚で設置できますが、いかがなさいますか?」


 エレツ王国貴族には、特価で売っている。一律、金貨10枚だ。

 これで人脈が繋がると思えば、アーロンにメリットは十分ある。


「是非、お願いいたします!」

「えっと、では、来週の安息日にお伺いします」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 目尻に薄っすら涙を浮かべたチェスターを見て、アーロンは菩薩の如き微笑みを浮かべた。


「少しだけお待ち下さい」

「はい、1週間なら、大丈夫です。待てます」


 チェスターは満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を繰り返しつつ、去っていった。


(どんだけ、家族に強請られたんだろう……気になるけど、世の中には知らない方が良いこともあるからね)


 くわばらくわばら、と言いつつアーロンは新領主館の地下にある転移門までやってきた。

 そこからアーロンは先週会った中央に近い東の領土を持つレイク子爵家の領都にある駅の地下に設置した転移門に転移した。

 魔導トイレを今日設置する約束をしていたのだ。

 アーロンはこっそり駅から出て、何食わぬ顔で領主館を訪問した。

 使用人から領主まで、領主館の全員に歓迎されつつ、アーロンは5ヶ所にトイレを設置した。

 金貨50枚を貰いつつ、アーロンは笑顔を浮かべて思った。


(トイレ伯爵とか呼ばれるようになったら嫌だな)


 毎週のようにトイレの依頼を受けているアーロン。

 そろそろ辟易していた。


(でも、それだけトイレに困ってる貴族がいるってことか……てことは平民も困ってるのか……誰かに魔導トイレの研究をしてもらって一から作って貰わないとね)


 アーロンは師匠賢者たちの顔を思い浮かべた。

 彼らなら、きっと何とかしてくれる、と。

 その頃、師匠賢者たちは一斉にくしゃみをしたとか。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?