授業を終えたアーロンはクラブ活動の勧誘をのらりくらりと躱しながら、王都にあるオルジュ伯爵家の屋敷に戻った。
ここには旧ヴェーテ伯爵家の屋敷があったのだが、国王の指示でぶっ壊して新しく立て直したので、新築だ。
この屋敷を管理しているのは、元奴隷が多く、一部に森影が混じっている。
アーロンは夜ご飯を食べたら、寝る支度を済ませ、ベッドに潜り込んだ。
すぐに眠気に襲われ、夢の彼方へ旅立ったアーロン。
その数時間後、アーロンは目覚めた。
「あら、目が覚めてしまったのね、主様」
聞きなれた声。発したのは、宙に浮いている白い鯨だった。
「サファイアか」
白い鯨サファイアは水の精霊王で、アーロンと数年前に契約を交わしている。
水の精霊術が使え、精霊泉を生み出すことができる。
ヴァルト領の精霊樹の近くに精霊泉があったりする。
「主様を連れ去ろうとやってきた者がいたので、捕まえてあるわ」
サファイアの横に大きな水球が浮いており、中には気絶した男が入っていた。
「そっか、ありがとう、サファイア」
アーロンがお礼を言うとサファイアは嬉しそうに身体を揺らした。
そのすぐ後に、外が騒がしくドタバタという音が聞こえてくると、扉がバンと開いた。
「アーロン様!」
森影の一人、ベリンダが入ってきた。
「やあ、ベリンダ」
「やあじゃないですよ、アーロン様。もう、本当に精霊様がいて良かったです……下の階の侵入者に手間取ってしまい、すぐに参上することができませんでした。申し訳ありません」
ベリンダは深々と頭を下げた。
「いいよ。僕が契約してる精霊はいっぱいいるから、いざとなったら、彼らが助けてくれるから」
「はあ、アーロン様が規格外で良かったです」
ベリンダは頭を上げて、ほっと息を吐いた。
「……ベリンダって図太いよね」
「よく言われます。私の長所です」
ベリンダが得意げに胸を張った。
「そういえば、今回は誰が裏で糸を引いているのかな?」
闇属性魔法の【闇の幻惑】を使いつつアーロンは問う。
「今回はスルス帝国です。国内の貴族でアーロン様を狙っていたところは、不慮の事故や、不正が暴かれて一族諸共首が飛んだり、奴隷落ちしたので、これ以上襲ってくることはないでしょうけど。スルス帝国の場合は、我々が直接手を下す必要がありますね。どうします?
ベリンダが首を刈るような動作を手で表現した。
「今は止めておこう。それよりも工作に集中して欲しい。で、今はどんな感じかな?」
「スルス帝国の国民に皇族や貴族の不正について色々具体的な噂を流してます。国民は不満やら反感やら色々感じているでしょうね。今は正義感の強そうな伯爵家の嫡男に反乱の芽を植え付けてるところみたいです。因みに、その伯爵家の当主は1年後くらいに不慮の事故で亡くなる予定ですから、1年後には反乱は起こるでしょうね」
「ふうん、でも帝国の戦力には敵わないだろうね」
「ええ、ですが、帝国の戦力を減らすことはできるでしょう」
ベリンダは得意げな笑みを浮かべた。
「お主も悪よのぅ」
「何を言っているんですか、アーロン様には敵いませんよぅ」
「ま、冗談も程々にして、とりあえず、捕らえた者たちは全員奴隷にしてヴァルトの更生施設に送っておいて」
「はーい、因みになんですけど」
「なに?」
「その、ヴァルトのヴォルペ村の地下にある更生施設って、何なんですか?あそこに送ると、一年後にはアーロン様に絶対忠誠を誓うやばい奴隷になるんですけど。
アーロンは遠い目をしてから、ベリンダに言う。
「世の中には、知らない方が良いこともあるんだよ」
仏の如く、何かを悟ったような表情のアーロンを見たベリンダは、これ以上聞くのは止めた方が良いと直感した。
「……分かりました。とりあえず、処理を進めます」
ベリンダは水球の中にいる男を引きずり出して、縄で縛ると、男を引き摺って部屋を出た。
「……寝よ」
アーロンはぼんやりとしつつ、布団に潜った。すぐに眠気が襲ってきて、アーロンは眠りに就いた。