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 アーロンは1週間ぶりにヴァルト領に戻ってきている。

 いつものように王都から新領主館の地下にある転移門に転移し、新領主館の最上階にあるコア──多機能管理中枢機のメンテナンスをし、こっそり領民の状態をモニタリングする。

 コアは、ヴァルトバングルを嵌めている全ての人々の健康状態を簡略的に表示することができる。

 見ようと思えば機嫌が良いとか、鬱になっているとか、精神状態も見ることができる。

 このことを知るのはアーロンとロベルト、ソフィアくらいだ。

 個人情報なので、あまり見るのも良くないかもしれないが、領民の健康を維持するのも次期領主の務めと割り切ってアーロンは見るようにしている。

 今日も全体的に健康な者が多いので、問題ないと判断したアーロンは昼食を頼もうと食堂に向かった。

 食堂には丁度、料理人がいたので、アーロンは料理人を捕まえて、自分の分の食事も依頼した。


「レジェンドアーロン様の食事を作れるなんて、光栄の極みです!」


 新人らしき料理人の言葉にアーロンは戸惑った。


(レジェンドアーロンって何だろう……嫌な予感が……)


 アーロンは考えつつ、談話室に向かった。

 談話室にはロベルトとソフィアがいた。


「まあ、アーロン。お帰りなさい」

「アーロンか、よく帰ってきた」

「うん、ただいま」


 アーロンは二人の向かいのソファに座った。

 談話室は円形状となっており、壁は扉以外は本棚が並んでいて本がぎっしり詰まっている。

 中央に円形の窪みがあり、窪みにすっぽりと円形のソファが置かれ、中央には円卓が置かれている。

 新領主館には温度調整の魔法も付与されているので、いつでも適温だ。


「そうだ、気になってたことがあるんだけど……」

「なんだ?」

「旧領主館はいつ取り壊すの?」


 ロベルトは困ったような表情を浮かべた。


「そうだな、お前が成人してヴァルト男爵を継ぐ頃だろうな」

「なんで?」

「あー……、その時になれば分かるだろう。それよりも、アーロン。第二王女殿下や四大公爵令嬢たちとの縁談の話が来ているぞ」


 アーロンは口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。


「こほっ、縁談?」

「異例だが、5人全員との婚約を陛下が認めるという話だ。断ることもできるだろうが、その場合は亡命も考えた方が良いかもしれんな」

「亡命……」

「国王と四大公爵に睨まれたらこの国でやっていくのは難しいかもしれんからな。だが、私はアーロンに無理強いするつもりはない。お前が彼女たちを娶りたくないのなら、断った方が良い」


 アーロンは5人の顔を思い浮かべ、考えた。


(5人とも魅力的な少女ばかりだ。将来は素敵な女性になるのは間違いない。僕は恋愛したことがないからよく分からないけど、彼女たちのことは愛せるんじゃないかな……複数の女性を愛するのは不誠実に思うけど、この世界では一夫多妻もよくある……まあ、ただの伯爵が爵位が上の公爵令嬢や王族を娶るのは可笑しいかもだけど。幸い、というかなんというか、彼女たちは僕のことを好ましく思ってくれている。なら、僕は)


 アーロンは決意したような表情を浮かべた。


「僕は、婚約の話を受けようと思う」

「アーロン、私たちのことは気にしなくていいのよ?」

「ううん、僕、彼女たちのこと好きなんだ。あと、婚約だから、お互いが嫌いになってしまったら、その時に考えて婚約解消だってできるよ。それに」

「それに?」

「彼女たちとなら、毎日が楽しそうだな、って思うんだ」


 アーロンは確かにそう思っていた。将来はどうなるか分からないが、その時はその時に考えれば良いとも。


「そうなの……じゃあ、婚約のお話をお受けする返事を書くわね。婚約発表は成人してかららしいから、内々でということになるわ」

「うん、分かった」


 ロベルトが口を開いた。


「で、婚約の証はどうする?彫金の得意なハーフリングに依頼するか?」


 婚約の証とは、その名の通りで、形状は様々だが、お互いが互いの瞳の色の宝石を身に纏うことだ。


「父上、僕のスキル忘れました?」

「いや……」


 歯切れの悪いロベルトを見たソフィアが代弁する。


「お父様はね、婚約の話が出てから色んな宝石を取り寄せて買い占めてるのよ。アーロンの婚約の証の材料にして欲しいみたいね」

「そう、なんだ」

「あ、勿論、ロベルトの私財で買ってるから大丈夫よ。ヴァルトの税金は一切使ってないわ」

「へ?父上って、そんなに私財を持ってたんですか?」

「あー、アルディージャ森の隅に先祖代々伝わる領主の畑があるんだ。その畑の収穫量が増えて、品質も上がったことで収入が増えたんだ。それに、暇があればヴァルトの森でモンスターを狩ったり、色々なダンジョンを攻略していたから、数年で私財も結構溜まったんだよ」

「だからって、そんな宝石の為に……」

「アーロンと婚約者たちの婚約の証だからな、色んな宝石から選んで欲しくてな」

「父上……」


 父ロベルトの親心にアーロンは感動した。


「アーロン、宝物庫に行きましょう。お父様が選んだ宝石を見に」

「うん」


 アーロンはロベルト、ソフィアと共に今まで使われていなかったであろう宝物庫に向かった。

 宝物庫はシックな焦げ茶の木の扉だが、複雑な構造の錠が付けられている。

 錠は2つあり、1つは鍵で開けるタイプのもの、もう1つは扉の横にあるガラスっぽい板に手を当てて認証されると開くタイプのものだ。

 まず、ロベルトはガラスっぽい板に手を当てた。カチャリと鍵が開く音がする。

 次に、黄金の鍵を差し込んで開けると、扉を開いた。


「アーロン、こっちだ」


 中央に置かれたシックな大きい机の上には、大小様々な宝石箱が置かれている。

 中には様々な大きさの品質の良さそうな宝石がたくさん入っていた。


[どれも品質の良い宝石です。品質の悪いものがありません。マスターの父上は真贋を見分ける目を持っているようです。宝石鑑定士が向いているのではないでしょうか]


 ガイドの言葉に苦笑しつつ、アーロンは宝石たちを眺めた。

 そして、ロベルトを見上げる。


「父上」

「なんだ?」

「ありがとう。今度、みんなを連れて来て宝石を選ぶよ」


 ロベルトは遠い目をしてから、アーロンに忠告した。


「アーロン、一気に全員を連れてくるのは、配慮に欠けていると、父は思うぞ」

「え?」

「母もそう思います。女の子は丁寧に大切に愛しなさい」

「えっと、大切に思ってるよ?」

「アーロン」


 ソフィアは笑顔だが、笑顔が怖い。


「婚約者の皆さんを大切に思っているのなら、いっぺんに愛するのではなく、一人一人、大事に愛しなさい。いいわね?」

「えっと」

「いいわね?」

「はい」


 具体的にどうするのか気になったアーロンはソフィアに聞こうとしたが、怖い笑顔に撃沈した。


「今度、恋愛の講習をするわ。そのときに具体的なことを教えてあげましょう」


 母は何でもお見通しのようだ。

 母はやっぱり偉大だな、とアーロンは思った。





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