アーロンが手紙を送って挑戦するダンジョンはノルド公爵領の北東にある【極寒の氷山】というダンジョンだ。
手紙を送った相手はノルド公爵だ。
出立の支度をしていたときに、返信を魔導列車に乗ってやってきた侍従が直接持ってきたのには驚いたアーロン。
手紙には「ノルド公爵家に寄ること」と記されていた為、アーロンは苦笑した。
侍従を持て成し、後を母ソフィアに任せたアーロンは、魔導列車に乗ってノルド公爵領の領都エラポスに向かった。
手紙の指示に従い、領主館であるノルド公爵邸の前にやってきたアーロンは何故か顔パスで通され、応接室に案内された。
「アーロン様!」
アーロンが入室するとシルヴィアが抱き着いてきた。
アーロンは咄嗟に身体強化して、危うげなくシルヴィアを受け止めた。
「アーロン様に会えなくて寂しかったですわ」
「えっと、うん(まだ、夏休みに入って1週間も経ってないけどなぁ)」
暫し抱擁し合う2人に痺れを切らした公爵ハワードが咳払いした。
「コホン、2人共、座りなさい」
アーロンはシルヴィアをエスコートしつつ、2人で座った。
「アーロン君、ダンジョンに挑戦するらしいけど、大丈夫かい?」
「はい、護衛もいますし……」
「我が公爵家私兵団の精鋭を貸すことも可能だけど……」
「お気遣いありがとうございます。ですが、我々だけで大丈夫だと思います」
「そうか……」
落ち込んだハワード。しかし、すぐに立ち直った。
「そうだ!ダンジョンを攻略する間、拠点が必要だろう。我が屋敷を拠点にするといい」
「え、それは恐れ多いというか……」
「遠慮しなくていい。君は私の息子のようなものだ。それに、君が泊まるとシルヴィアも喜ぶからね」
シルヴィアはアーロンの横で頬を染め、控え目に頷いた。
(まあ、すぐに攻略できてしまうと思うけど……)
アーロンは神妙な顔をしつつ、頷いた。
「では、ご厚意に甘えて、泊まらせていただけますと幸いです」
「そうか、では、アーロン君が快適に過ごせるように最高の持て成しを準備しよう!」
ハワードは近くにいる侍従や騎士に命令する。彼らは急ぎつつも優雅な動作で部屋を出ていった。
「アーロン君、楽しみにしてね」
「……はい」
(最高の持て成しってなんだろう、なんか不安だな)
アーロンは苦笑しつつ、ハワードやシルヴィアとの会話に集中した。
午後の数時間で【極寒の氷山】を支配下に収めたアーロンは、スキル【寒冷耐性】と【水泳】を得た。
数時間の殆どは移動時間だ。魔導列車で北東のダンジョン近くにある街に移動し、ダンジョン内を移動する時間が殆どだ。
夕方頃にノルド公爵邸に戻ってきたアーロンをシルヴィアが迎えた。
「お帰りなさい、アーロン様」
抱き着いてきたシルヴィアから香るカモミールの甘い香りを感じつつ、アーロンはシルヴィアを抱きしめた。
「うん、ただいま」
アーロンの脳裏にマグノリアの姿が過ったが、マグノリアも四大公爵令嬢たちも全員愛するとアーロンは決めていたので、内心で謝りつつ、目の前にいるシルヴィアに集中した。
執事らしき老人が咳払いをすると、恥ずかしげに2人は離れる。
アーロンはシルヴィアのエスコートを申し出、シルヴィアは承諾した。
2人は夕御飯を食べに食堂にやってきた。
豪奢な食堂の長机に並ぶ豪華な食事が2人を迎えた。
「2人とも、座りなさい」
ハワードは機嫌が良さそうで、にこにこ笑っている。
2人が座るとハワードは口を開いた。
「最高の持て成しを用意したよ、アーロン君。シルヴィアも楽しみなさい。……さあ、入って!」
やってきたのは踊り子らしい女性たちと吟遊詩人だった。
吟遊詩人は一礼するとリュートを奏で始めた。
リュートの音に合わせて踊り子たちが舞い踊る。
やがて、吟遊詩人が歌い始めた。
「どうだい?今、王国で一番人気の吟遊詩人と踊り子の一座を呼んだんだ」
「そうなんですか、凄いですね。歌も楽器も踊りも素晴らしいです」
アーロンには音楽や舞芸の才能は無いが、彼らの才能や技術が優れていることは分かった。
ただ、吟遊詩人が歌っている内容が問題だった。
「僕の勘違いなら良いのですが、……これって僕のことを歌ってます?」
「分かったかい?最近、活躍している君のことは吟遊詩人の彼も知っていてね、君の歌を作っていたらしいけど、歌うのは今回が初めてなんだ。本人のお墨付きが貰えるならと、喜んで来てくれたよ」
アーロンの笑顔が引きつった。
「お墨付き、ですか」
「ああ、彼は歌って良いと許可が欲しいようだね」
「……まあ、歌うのは本人の自由ですから。それにその歌を作ったのは、吟遊詩人さんですし」
歌い終わった吟遊詩人はガッツポーズをした。
「ありがとうございます!オルジュ伯爵様!」
「……できれば、その歌以外で頑張って欲しいです」
アーロンの最後の言葉は吟遊詩人に届かず、吟遊詩人と踊り子たちは優雅に出て行った。
(ま、いっか)
気持ちを切り替えてアーロンは食事を楽しむことにした。
後に、街中で吟遊詩人がアーロンを讃える歌を歌っているのを聞いて、この日のことを後悔するのだが、今は予想だにしていないアーロンであった。