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 貴族に手紙を出すのが面倒になったアーロンは、冒険者アーロンとして各地を巡ることとした。

 幸い、冒険者ギルドではただのアーロンとしてギルドカードを発行していたので、平民のふりをして、こっそりダンジョンを攻略しまくっていた。

 西の公爵領でもこっそりダンジョン攻略していたアーロンは、領都ヴォルフに宿を取りにやってきた。

 街の一角にある【子猫亭】で宿を取ったアーロンは街中を散策していた。

 露店を見ながら歩いていたアーロンは、前方から駆け足でやってきたフードを深く被った少女とぶつかった。


「あ、すみませんん?」

「!?アーロン君?」


 少女はサーシャだった。

 いつもと違って活気が無い様子のサーシャの手を掴んだアーロン。


「どうしたの?護衛も付けないで……。何かあった?」

「……お父様と喧嘩したんだ」

「そっか」


 暫く沈黙が流れたが、サーシャが唐突に顔を上げたことで破られた。


「それより、アーロン君はどうしてこの街に?」

「ダンジョンを攻略しに来たんだ。もう、夕方だから宿を取って明日、挑戦するんだよね」

「ボクもアーロン君と同じ宿に泊まる」

「え?」

「アーロン君、場所を教えて?」

「えと、うん」


 サーシャの提案を断ったら、サーシャはまたどこかに行ってしまうかもしれないと思ったアーロンは、彼女の指示に従った。


「ここだよ」


 行商人たちが多く泊まる子猫亭は特筆するところもない普通の宿だ。

 宿の主人に追加で一人部屋を頼んだが、満室で取れず、アーロンの部屋にサーシャが泊まることとなった。

 サーシャは頬を染めアーロンに手を引かれて宿泊部屋に入った。


「えっと、僕はこの部屋に泊まるけど、転移を使って王都のオルジュ伯爵邸に戻るつもりなんだ。一緒に行く?」

「うん」


 アーロンはサーシャと共にオルジュ邸に戻った。

 サーシャと共に客間にやってきたアーロンは、ソファに座った。

 サーシャも向かいのソファに座る。

 暫くするとメイドが紅茶を持ってきて、2人の前に置いた。


「なんか、落ち着く……」

「そう?この紅茶はストロム王国産らしいね。上品な香りとクセがない味が特徴らしいよ」

「へぇ、そうなんだ」

「で、サーシャはお父上とどうして喧嘩になったのかな?」

「直球だなあ、アーロン君は。……んーとね、言えないんだ。ごめんね」

「そっか、分かった」

「諦めるの早いね?」


 アーロンは微笑む。


「だって、言いたくないことを無理して聞き出すって、尋問みたいなものでしょ。仮にも婚約者を尋問するのはどうかと思ってね」

「ボク、変だけど、婚約者だって思ってくれてるんだ?」

「婚約者だよ。それに、サーシャは変じゃない。可愛いし、綺麗だし、素直だし、優しいし、素敵な女の子だ」


 サーシャはアーロンの言葉で段々頬が赤くなり、最終的に真っ赤になった。


「もう、ボクのこと褒めすぎだよ!」


 サーシャは頬に両手を当てて、隠すように横を向く。


「?僕は思ったことしか言ってないよ」

「(無自覚たらし?)うーー……少し黙ってて!」


 サーシャはソファに置いてあるクッションを手に取り、顔をうずめた。

 頬の熱が取れるまで隠す為だ。


(アーロン君がボクのこと可愛いって言ってくれた)


 サーシャはニヤける顔をクッションで隠しつつ、落ち着こうと、呼吸を整え始めた。

 そんなサーシャが普通に戻るのを待つアーロンは、暫く静かに紅茶を飲んでいた。





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