翌朝、サーシャと共にザフト領の領都ヴォルフの子猫亭に戻ってきたアーロン。
気持ちが落ち着いたサーシャを領主館に送り届けた。
「お嬢様!!」
乳母らしき老婆がサーシャを抱き締めた。
「苦しいよ、婆や」
「この婆やを心配させた罰でございます」
乳母は暫く泣き続けた。
落ち着いた頃に、乳母はサーシャから離れ、アーロンに向き直った。
「お嬢様を送り届けてくださり、ありがとうございます。それから……」
乳母はアーロンの前にやってきて、深くお辞儀をした。
「お嬢様のこと、これからも、本当に宜しくお願いします」
「はい!その、頑張りますので、頭を上げて下さい」
乳母は頭を上げて笑顔を浮かべた。
「アーロン様にお嬢様のことをお任せできたので、心残りはございません」
「婆や!もう、冗談は止めて。長生きしてよね」
「お嬢様が長生きしろと言うのなら、頑張ってはみますが……」
「頑張ってね。……アーロン君、ごめんね、昨日は話を聞いてくれて、ありがとう」
「ううん、僕で役に立てたのなら、嬉しいよ」
「アーロン君……このお礼は勉強とかで返すよ」
「うん、ありがとう、サーシャ。じゃあ、僕は行くよ」
「うん、行ってらっしゃい。アーロン君」
その後、アーロンはザフト領にあるダンジョン【温和な海辺】に挑戦し、あっという間に支配下に置いた。
西部から南下して、南部にやってきたアーロンは、南の公爵領までやってきていた。
スール公爵領の領都レーベは砂漠に囲まれたオアシスを中心として作られた砂上の都市だ。
多くの民がターバンを巻き、マスクだったり、フェイスベールだったり、口元に布を巻いていたりしている。
直射日光が強いので、通気性の良いゆったりとした明るい色の服を纏っている。
そして、砂が靴に入ってしまうので、大体の民がサンダルを愛用している。
アーロンは、明るい青のターバンと口元を覆う布、ゆったりとした服を纏い、白いサンダルを履いて、レーベを歩いていた。
レーベの特産物は、レーベガラスのガラス細工や、スパイス、陶器などが有名だ。
アーロンはいくつか気に入った特産物を購入しつつ、南門から街の外に向かった。
南門から少し南下したところに砂漠に囲まれた遺跡風ダンジョンがある。
ガイドによるとこのダンジョンは【熱砂の遺跡】というまんまな名前のダンジョンらしい。
アーロンはふむ、と頷きつつ、遺跡の周りで休んでいる冒険者たちに目を向けた。
皆、水分補給をしているが、暑さにバテているようだった。
アーロンにちょっかいを掛ける余裕もないようで、辛そうにしている。
アーロンは哀れに思いつつも、すたすたと歩いてダンジョンに向かった。
遺跡から地下に伸びる階段を下って、降りると、何故か燦々と太陽が照りつける砂漠が現れた。
アーロンはヴァルトバングルでマップを見つつ、風属性魔法の飛行で飛んで砂漠の奥にある遺跡に向かった。
砂漠のモンスターは飛んでいるアーロンに攻撃することはなかった。
アーロンは暑くないのかといえば、暑くない。
何故なら、ブローチ型の【環境支援魔導具】を身に着けているから。
環境支援魔導具は暑さ・寒さ・乾燥・湿気などに対応していて、いつでも快適な状態になるように支援する。
環境支援魔導具はヴァルトのハーフリングたちが作った。
アーロンはハーフリングたちに内心で感謝しつつ、地上に目を向けた。
地上では、巨大なサンドワームらしきモンスターが暴れていた。
普通ならもっと深層にいる筈のモンスターだろう、イレギュラーなので、アーロンは始末した方が良さそうだ、と思う。
マップで確認すると、近くに人の反応があった。その中にはアーロンの知る人物もいた。
(なんで、こんなところに?)
アーロンは急降下して、巨大なサンドワームを巨大なアダマンタイトの剣で貫いた。
巨大なサンドワームを屠り、アダマンタイトの剣を消したアーロンは、砂漠に降り立ち、その人物の元に歩いていく。
「何者か」
その人物の周りにはたくさんの護衛がおり、アーロンを警戒していた。
「その方は敵ではありません」
護衛たちは、戸惑いつつも、道を開けた。
「アーロン様!」
「メイヴィス」
冒険者風の格好をしたメイヴィスはアーロンに抱き着いてきた。
「大丈夫だった?」
「はい、アーロン様のお陰です」
「……どうして、危険なダンジョンに入ったの?」
「その……強くなりたくて」
「強く?」
「はい、いざという時に大切な人を守れるような、そんな自分になりたくて」
「メイヴィスは十分強くなってると思うけど……」
外在魔力を扱える時点で人より抜きん出ているのは確かだった。
「ですが、実戦経験が乏しいです。先程も、ブラッディサンドワームキングがとても恐ろしく、足が竦んでしまいました」
「(レベル差があったからかな……)そっか、じゃあ一緒にレベリングしよう」
「れべ、りんぐ?」
「あー、強くなろう、って意味」
メイヴィスは目を瞬かせ、意味を把握すると、輝くような笑顔を浮かべた。
「はい!」
「じゃあ、行こうか」
「お、お待ち下さい!」
冒険者風の女性が声を張り上げた。
「何でしょう?」
「お嬢様を見知らぬ小僧に預けることなど出来ません!」
「ナーラ、落ち着いて。この方はオルジュ伯爵よ」
「な、あの魔導列車を作った伯爵……つまり、お嬢様の婚約者?」
「ええ、アーロン様はとてもお強くて、魔法への造詣が深いの。もうすぐ賢者に列せられる方だし、何も問題はないわ」
「お嬢様……分かりました」
「ありがとう、ナーラ、心配してくれて。……行きましょう、アーロン様」
「あ、うん」
アーロンはまだ心配そうなナーラに会釈しつつ、メイヴィスをお姫様抱っこした。
「あ、アーロン様?」
メイヴィスは頬を染めた。
「空を飛ぶから、舌を噛まないようにね」
アーロンは飛行を使って空を飛んだ。
「!?」
メイヴィスは目を白黒させつつ、舌を噛まないように口を閉じていた。