暫くしてノックの音がすると、正気に戻ったのか2人はちょっと恥ずかしがりつつ、離れた。
「入りなさい」
「「失礼します」」
侍女らしき女性が2人と、初老の女騎士が1人、若い女騎士1人が入ってきた。
「アーロン様、ご紹介します。彼女たちはわたくし付きの騎士と侍女ですわ」
初老の女騎士が前に出た。
「私は近衛騎士団流星隊隊長のブレンダ・フォン・ウォードと申します」
「同じく近衛騎士団流星隊副隊長のフィオナ・フォン・クルーガーと申します」
流星隊とは、王女たちなど王族の若い女性の護衛を主に行う女騎士で構成された隊だ。
逆に、王子たちなど王族の若い男性の護衛を主に行う騎士で構成された隊のことを星々隊という。
それ以外にも月下隊や日下隊がある。
「マグノリア殿下の専属侍女リリア・フォン・ローレンスと申します」
「同じくマグノリア殿下の専属侍女グレース・フォン・オルセンと申します」
騎士の2人は胸に手を当てて頭を下げ、侍女の2人は綺麗なお辞儀をした。
「初めまして、僕はオルジュ伯爵アーロン・フォン・シュタインと申します。宜しくお願いします」
アーロンはそう言って貴族らしく礼をした。
王族に仕える人々は王族と同じとまではいかないが、尊く扱われる。
アーロンも同じ理由で丁寧に挨拶をした。
「成程、オルジュ卿は他の貴族と違って礼儀正しいな」
若い女騎士──フィオナが思わずといった感じで言った。
女だからと侮られた経験が多いからだろう。
「こら、殿下の御前だぞ」
初老の女騎士──ブレンダがフィオナを
「はっ、申し訳ありません、マグノリア殿下」
「いいのよ。あと、わたくし以外にも謝る相手がいるわよ?」
「はっ、申し訳ありません、オルジュ卿」
「構いません。気にしないで下さい、クルーガー卿」
アーロンは苦笑しつつ、マグノリアに手を差し出した。
「マグノリア殿下、私にエスコートする栄誉を頂けますか?」
「勿論ですわ、アーロン様」
アーロンの差し出した手にマグノリアは手を重ねた。
笑い合う2人を見た女騎士たちはマグノリアがアーロンに信頼を寄せていると感じた。
内心、アーロンがどのような人物か気になっていた女騎士たちは、この短時間でもアーロンは良い人物と感じているが、まだ観察を続けようと考えていた。
アーロンは後頭部に突き刺さる視線を感じつつ、ポーカーフェイスでマグノリアをエスコートして、王城の庭園からヴァルトに転移した。
転移した一行をアーロンは先導し、新領主館の宝物庫に案内した。
マグノリアの騎士と侍女たちは宝物庫の鍵の仕組みに興味を持ったが、口には出さなかった。
宝物庫の中には、オリハルコンやアダマンタイト、ミスリル、金の延べ棒が無造作に置かれており、絵画や美術品も何点か飾られていた。
延べ棒はアーロンが宝物庫らしくしようと石の王でたくさん作ったものなので、実質0円だ。
「マグノリア殿下、こちらです」
アーロンはマグノリアをエスコートして、たくさんの宝石が置かれている机まで案内した。
「この宝石は?」
「父上──ヴァルト男爵が各地から取り寄せた宝石です。この中からマグノリア殿下に選んで頂いた宝石を婚約の証にしたいので、ご足労いただきました」
「まあ!では、真剣に選ばないといけませんわね」
マグノリアは様々な宝石を吟味して、選んでいった。
「この輝きに満ちた青い宝石とローズピンクの宝石にします」
マグノリアが手に載せた大ぶりの二つの宝石をアーロンは受け取った。
[青い宝石はベニトアイトです。この大陸の南を支配する神聖ミトス教国が唯一の産出国で、市場に出回ることは滅多にないと言われる珍しい宝石です。ダイアモンドを凌ぐ強い光の分散──ファイアを持っています]
[ローズピンクの宝石は宝石の女王ルビーです。中でも最高のルビーの産地と言われるストロム王国産のルビーで、濃く美しく発色します]
ガイドがホログラムウインドウで解説する。
「青い宝石はベニトアイト、ローズピンクの宝石はルビーですね」
「まあ!ベニトアイトは産出国が神聖ミトス教国のみで、滅多に見ることが無い幻の宝石と言われていますわ。そのベニトアイトと宝石の女王であるルビーを選べて、わたくし、満足しましたわ」
「これから婚約の証を造るので、まだ満足するのは、早いような……」
アーロンはそう言うと、掌に載せた宝石に集中した。
ガイドと共に考えていた婚約の証を石の王の石生成と石加工で作る。
石生成でオリハルコンを生成したアーロンは石加工で指輪の形にし、ルビーを石加工で木蓮をイメージし、花びらのように加工して指輪のトップを飾る。指輪には雫型にしたベニトアイトを嵌め込み、指輪の裏側に『Heart to heart(心を込めて)』と刻み、裏石として精霊石を嵌め込む。ちょっと細工をして、作り上げた婚約指輪を持って、アーロンはマグノリアを見つめた。
「マグノリア殿下、ううん、マグノリア。僕と結婚を前提に婚約してくれますか?」
「はい、喜んで」
「ありがとう。右手を出して貰える?」
「?はい」
アーロンはマグノリアの右手の薬指に婚約指輪を嵌めた。
「これは、……右手の薬指に何か意味があるのでしょうか?」
エレツ王国では婚約の証や結婚の証という文化はあるが、その具体的な形状は決まっていない。
東西南北の地域では慣習で形状が分かれているが、国家全体としては決まっていないようだ。
「うん。遠い遠い異国では、右手の薬指に婚約指輪、左手の薬指に結婚指輪を嵌めるんだ。その国では、結婚後にも婚約指輪を使うんだよ。結婚指輪と一緒に嵌めたり、普段使いしたり……長く使えるように、指輪のアームはオリハルコンにしたんだ」
「まあ!素敵!ありがとうございます、アーロン様」
「ううん、これくらい当然だよ」
夏休みの間にソフィアの恋愛講習を受けたアーロンはちょっと変わった。
「いいえ、こんなにも素敵な贈り物を受け取ったのです。当然と思ったら罰が当たりますわ。わたくしからも婚約の証を贈りたいのですが……」
マグノリアは他の婚約者たちに少し遠慮しているのだろう。戸惑いがある。
「そうですわ!」
「?」
「先程の宝石は余っておりますか?アーロン様」
「うん」
アーロンは少し小さくなったベニトアイトとルビーをマグノリアに渡した。
「
「えっと、はい、無理しないでね」
マグノリアの背後に燃え上がる情熱的な炎を幻視したアーロンは苦笑した。