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 紅葉が始まった頃。

 学園では、学園祭に向けて生徒たちが準備に追われていた。

 アーロンたちのいるSクラスは、身分が高い者が多いので、平民の気持ちを味わえるように、『メイド・執事喫茶』をやることになった。

 アーロンは前世とあまり変わらない内容に微妙な表情を浮かべた。

 メイドと言えばミニスカメイドを思い浮かべがちだが、この世界のメイドはクラシカルメイドと同じようなメイドが多い。

 クラシカルメイドの仕事着はロングスカートで質素なデザインだ。

 Sクラスに派手好きな者はいなかったので、スムーズに話は進み、女性陣と男性陣の試着の日を迎えた。

 アーロンの婚約者である彼女たちは質素な黒いメイド服を纏っても、その気品は損なわれなかった。

 というか、何を着ていても美しい。

 アーロンはそんなことを思いつつ、自身も執事服を纏う為に試着室に向かった。




 学園祭にありがちな恋愛イベントを経験し、もうお腹がいっぱいなアーロンは正装姿で謁見の間にいた。

 賢者の任命式の主役として。

 進行役が長ったらしい口上を述べた後、国王が立ち上がり、王笏おうしゃくを掲げた。


「アーロン・フォン・シュタインを第一位の賢者に任命する。そして、【十全じゅうぜん】の称号を与える」


 アーロンは応える為、口を開いた。


「有難き幸せ」


 賢者の証である開かれた本と獅子が掘られた金のバッジと、金糸でオリーブの葉が刺繍された黒のローブを渡されたアーロンは、進行役の言葉に従い、退出した。

 部屋から出たアーロンはほっと息を吐き、ヴァルトバングルにバッジとローブを入れた。


(なんだか、肩書とか二つ名っぽいのが色々増えてる気が……)


 現時点でアーロンは男爵令息で伯爵で賢者だ。

 二つ名っぽいものとしては神童だとか、レジェンドアーロンがある。本人のあずかり知らぬ所でもっと呼び名がありそうな気がしたアーロンは溜息を吐きつつ、退城すべく歩を進めた。

 廊下を歩いて、城を出ようとしていたアーロンは声を掛けられた。


「アーロン様」

「あ、マグノリア殿下」


 アーロンの元にやってきたマグノリアは微笑む。


「今から帰られるのですか?」

「はい、そうですよ」


 アーロンとマグノリアは人通りの多い廊下にいるので敬語で対応する。


「その……、お渡ししたいものがあるのですが、一緒に来ていただくことはできますか?」

「問題ありません」

「では、行きましょう」


 アーロンはマグノリアに連れられて王城の奥へ向かう。

 以前、訪問したことのあるマグノリアの部屋に連れて来られた。

 当時を思い出したアーロンはドギマギしつつ、部屋に入った。

 マグノリアはベッドのサイドテーブルに置いてあった金で縁取られた豪奢な黒い箱を持ってアーロンの元にやってきた。


からアーロン様に贈る婚約の証ですわ。代表して、わたくしが贈りますが、みんなの気持ちが詰まってますのよ」

「ありがとう」


 アーロンは箱の蓋を開いた。現れたのは色とりどりの宝石が嵌め込まれた細めの黒い金属の腕輪だった。

 黒い金属は光沢が虹色っぽいので、アダマンタイトだろうとアーロンは予想した。


「アダマンタイトにわたくしたちの瞳の色の宝石を嵌め込みました。裏にはわたくしたちが選んだアーロン様の瞳の色の宝石を嵌め込みましたの」


 腕輪の表には、木蓮を象徴した形で嵌め込んだルビー、六花を象徴した形で嵌め込んだブルームーンストーン、オリーブの葉を象徴した形で嵌め込んだエメラルド、金貨を象徴する形で嵌め込んだシトリン、開かれた本を象徴した形で嵌め込んだグレースピネル。

 木蓮はマグノリア、六花はシルヴィア、オリーブの葉はイザベラ、金貨はメイヴィス、開かれた本はサーシャをイメージしている。

 腕輪の裏にはベニトアイト、アウイナイト、サファイア、アクアマリン、ブルートパーズが嵌め込まれている。


「凄く綺麗だね、ありがとう、マグノリア殿下。ずっと、大切にするよ」


 アーロンは左腕に腕輪を嵌めて、笑顔を浮かべ、マグノリアと心の中で婚約者たちに礼を言った。


「どういたしまして、アーロン様」


 マグノリアは嬉しそうに輝くような笑顔を浮かべた。





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