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 王太子ジェームズは、目の前の光景に酷く驚いていた。

 表面上はポーカーフェイスだ。

 一応は事前にアーロンから宿舎を作るという旨を聞いていたとはいえ、こんなにも大きな建物だとは聞いていない、とアーロンをジト目で見たが、アーロンは気づいていないようで、ずんずん建物に向かって歩いていった。

 ジェームズは溜息を吐きつつ、後を追った。

 中でジェームズはアーロンにバッジを渡され、さっと地下ホテルに案内され、アーロンはさっと戻っていった。呆然としていたジェームズ一行は引き留めることができなかった。

 地上にもあんなに大きな建物があったのに、地下にも広々とした、しかも、豪華な空間が広がっているのだから、圧倒されてしまったジェームズたち。

 地下一階は一般兵向けだろうと思われる酒場と食事処がある。酒場と食事処は王都と同じく木製の床と調度品が置かれているが、クオリティはこちらの方が断然高いだろう。

 酒場と食事処を繋ぐ通路は、木ではなく赤地に金の模様が美しい絨毯だ。絨毯は地下二階・三階と全ての階層が同じもので統一されている。


 ジェームズは地下二階に降りた。

 服屋や仕立て屋があることに少し驚きつつ、ジェームズは服屋に入った。


「ここでは出来上がった礼装を売っているのだな」


 縫い目が目立たず、美しい仕上がりの礼装が幾つも置かれていることに驚きつつ、ジェームズは地味だが品の良い黒と灰色を基調とした礼装を手に取った。


「これなど、お前に似合うのではないか?」


 ジェームズは振り返って茶髪に碧眼を持つ騎士に声を掛けた。彼はセドリックの後継で近衛騎士団長になったカミル・フォン・ビーガー。一代爵位である騎士爵を持つ。

 今回この戦争に参加する、王国騎士団と近衛騎士団の合同騎士団のまとめ役を任されている。合同騎士団だと他の貴族に伝わらないので、対外的には王国騎士団としているが。

 彼は、重責によりストレスで胃が痛いのを我慢して此処にいる。


「左様でございますか?」


 にこやかに笑っているカミルの目が笑っていない。

 目が「こんなことをしてる場合ではない」と語っている。


「似合うよ、似合う。これと同じような礼装をお前専用に仕立てて貰っても良いかもしれない」


 ジェームズはそう言いつつ、礼装を戻して、カミルを連れて隣の仕立て屋に向かった。

 仕立て屋は服屋が一つなのに対し、五つある。


「服を仕立てて欲しいのだが」


 入口の近くに立っている人型のゴーレムにジェームズは話しかけた。


「かしこまりました。ご要望をお伺いします」


 機械的な音声だが、しっかりと言葉が放たれたことにジェームズは驚きつつも要望を伝えることにした。


「先程の服屋で黒と灰色の礼装があったのだが、それをこいつに合うように仕立てて欲しい」


 人型ゴーレムはガラスの板を取り出し、操作をすると、小さなホログラムウインドウが空中にいくつも現れた。ホログラムウインドウには礼装が表示されている。


「服屋にございます黒と灰色の礼装は25着ございます。この画像の中にございますでしょうか?」


 ジェームズはホログラムウインドウの一つを指さした。


「これだな」

「かしこまりました。お連れの方、こちらで採寸をいたしますので、ついて来てください」

「え、でも」

「いいから」

「かしこまりました」


 カミルは渋々、人型ゴーレムについて行った。

 数分で採寸は終わり、カミルは戻ってきた。


「仕立ては三時間で完了するそうです……」


 無理だと思いますが、とカミルは呟きつつ、ジェームズの傍らに立った。


「否、この仕立て屋ならできるんじゃないか?」

「はい?仕立ては普通二か月以上は掛かりますよ?デザインを同じものにするとはいえ、無理です」

「私も仕立てて貰おう」

「殿下……」

「問題ないよ。スルス帝国軍と諸国軍は最低でも一ヶ月かけて行軍してくるだろう。それまで暇なんだ。息抜きも必要さ」

「はあ、かしこまりました」


 ジェームズは人型ゴーレムに「私に一番似合いそうな礼装を用意してくれ」と丸投げ依頼をし、採寸まで終わらせて仕立て屋を出た。


「ん?」


 ジェームズは地下二階に降りてきたアーロンを見つけた。アーロンはジェームズの元に向かってくる。

 先ほど驚きの連続で文句すら言えなかったので、嫌味の一つでも言おうと思いつつ、ジェームズはアーロンを迎えた。


「やあ、アーロン君」

「すみません、殿下、ちょっとついて来て欲しい場所があるので、こちらに来ていただいても宜しいでしょうか?」


 有無を言わせぬ雰囲気のアーロン。

 思わずジェームズは頷いた。


「あ、うん」

「では、こちらへ」


 アーロンはジェームズとカミルと何人かの騎士を連れて『関係者以外立入禁止』と書かれている扉を開いた。

 ずんずん奥に進んだアーロンは管制室にやってきた。

 管制室では、各エリアの画像が幾つものホログラムウインドウに表示されている。

 アーロンは地下に全員が入ったのを確認して、管制室に設置されているマイクを手に取った。


「今から、このマイクで皆さんにこの地下の説明をします。ジェームズ殿下には皆さんに寛いでもらうように指示していただけると幸いです」

「え、これで皆に声が届くのかい?」

「はい、そういう魔導具なんです」

「……分かった」


 アーロンは放送を始めた。暫くして、アーロンが言い終わると、ジェームズに目配せして、マイクを渡した。

 ジェームズは一言で指示し、放送は終了した。


「アーロン君、建物もそうだが、こういうのは事前に知らせてくれると嬉しいな」


 目が笑っていないジェームズ。


「すみません……たぶん信じて貰えないだろうと思ってしまいまして」


 アーロンは反省した様子なので、ジェームズは瞑目し、頷くと目を開いた。


「分かった。確かにこの短期間で建物というかこの空間を作るのは信じがたいことだ。君の意見ももっともだと思う。でも、今度は事前に知らせて欲しい」

「分かりました」


 頷くアーロンにジェームズは満足げに頷いた。


「では、殿下。ご案内します」


 ジェームズ等はアーロンに案内され、ホテル内に戻った。


「殿下もお楽しみください。私は困っている方がいないか探して参ります」

「あ、ああ」


 ジェームズはアーロンが去ってから呟いた。


「私たちも困っているというか、案内が必要だと思うのだが……」

「殿下、あの放送で案内はゴーレムにお願いするようにと言われておりましたし……」

「そうだな、ゴーレムに案内をお願いしよう。その前に……」


 ジェームズはぞろぞろ付いてくる集団に向かって声を張り上げた。


「お前たち!今日は自由にして構わん!グループで楽しむもよし、一人で楽しむもよし。自由だ!私には騎士団長たちがいるから心配せずとも良い。では解散!」


 兵士たちは歓声を上げそうになるのを抑えつつ、敬礼し、そそくさと去っていった。


「……私って、人望がないのだろうか」


 誰も残らないなんて、とジェームズは嘆いた。


「いいえ、殿下が命令した通りに彼らは動いただけですから、元気出してください」


 カミルはジェームズをなだめつつ、他の騎士団長と共にゴーレムの元に向かった。

 ゴーレムは各階について様々な説明を行った。

 その説明を理解した騎士団長たちは話し始めた。

 優男風のライトブラウンの長い髪を一つに纏めた緑の瞳の美青年──第二騎士団団長ダミアン・フォン・カペルが口火を切る。


「まずは遊技場で遊ぶのが良いと思いまーす」


 まるで夕日のような橙色の髪を持つ金色の瞳の寡黙そうな美丈夫──第三騎士団団長ゲルト・フォン・グラーツはダミアンに視線をやり、口を開いた。


「私は殿下に従う」

「私もだ」


 カミルも同意する。

 因みに、此処にいない第一騎士団は王都でお留守番だ。

 此処でそれぞれの騎士団の役割を説明しよう。

 近衛騎士団は王族の護衛。

 第一騎士団は王都の治安維持や防衛。

 第二騎士団は王領の治安維持や防衛。

 第三騎士団は各地の魔物を討伐する業務を主に行っている。

 このホテルにいるのは、近衛騎士団の団長であるカミルと星々隊の隊長と一部の隊員。第二・第三も団長と一部の騎士が来ている。

 一部だけでも集まると結構な人数になるものだ。


「えー、二人とも固いなぁ、殿下はどう思いますか?」


 ダミアンは軽い口調でジェームズに聞く。

 何度かダミアンと話しているジェームズは特に気にすることもなく、言葉を紡ぐ。


「そうだな、私も遊技場が良いと思うな」

「殿下、サイコー。さあさ、行きましょー」


 四人は遊技場に向かった。

 最初は遊び方に慣れず、戸惑っていた四人だが、暫くすると童心に帰ったように夢中になり始めた。


「あ、見つけました、ジェームズ殿下」


 数時間後にアーロンがやってきたことにより、四人は表には出さなかったが、泣く泣くゲームを切り上げることになった。


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