ゲームを切り上げ、アーロンと共にVIPルームにやってきたジェームズ一行は、目の前の光景に言葉を失った。
ジェームズたちの前には、リアルタイムで配信される敵軍の様子と重要人物たちの様子が映るたくさんのホログラムウインドウが浮いていた。
「殿下、報告ができていなくて、申し訳ありません」
「……それはいい、この映像は?」
低い声を出しつつ、ジェームズは静かに問う。
「はい、もうお分かりだとは思いますが、敵軍の様子と、スルス帝国の皇帝や貴族、周辺諸国の国王たちや重要人物の現在の様子を映しております」
「うん、もっと早くに私へ報告が欲しかったな」
ジェームズは笑顔だが、目が笑っていなかった。
「申し訳ありませんでした……」
報告しなかった自分が悪いので、アーロンは謝るしかなかった。
申し訳なさそうな様子のアーロンの頭をジェームズはぽんぽんと撫でた。
「はいはい、もう良いよ。そこまで怒ってないから安心して」
ジェームズはにかっと笑った。そして、ホログラムウインドウに視線を戻した。
「それよりも、これは凄まじい技術だね……。この映像を撮っているのは密偵だろう?その密偵たちも優れた能力を持っているだろう。よく集められたね」
「運が良かったのだと」
「運、ね。まあいい。……ところで、音は聞けるのかな?」
アーロンは室内に設置されている収納箱(中は異空間)からヘッドフォンに似た魔導具を四つ取り出した。
「音声はこの魔導具を通して聞くことができます。聞きたいホログラムウインドウをタッチすると、小さなホログラムウインドウが出ます。『はい』と押していただくと、繋がります」
ジェームズはアーロンに装着方法を聞きつつ、ヘッドフォン型魔導具をつけた。
そして、野営の準備を始めた敵軍の音声をONにすべくホログラムウインドウをタッチした。
小さなホログラムウインドウが現れる。
[この映像の音声を聞きますか?はい/いいえ]
ジェームズは『はい』に触れた。
すると、木々のざわめきと敵軍の兵士たちの足音、雑談や焚き火の音、テントを設営する音が聞こえてくる。
カメラの映像はゆっくりと移動していく、地面スレスレまで移動すると、既に設営してあるテントの中に入っていった。
テント内に入ると、何人かが机を囲んで話しているのが見える。カメラの映像は彼らの死角から静かに天井に向かう。
そして、真上から机を映す状態で、静止した。
「ツァンパッハ将軍。地図をご用意いたしました」
「すまぬな。さあ、軍議を始めよう。我らが宣戦布告をしたのはストロム王国だ。ストロム王国に行く為には周辺諸国を通らねばならん。今回は最短距離で行くことができるミッテ王国を通る。二週間後、ミッテ王国の王都で同盟軍と合流する予定だ。合流後は軍の規模が大きくなる為、行軍はスムーズにはいかない可能性があるが、なるべく四週間でストロム王国とミッテ王国の国境に着きたいと思う。ストロム王国とミッテ王国の国境には広大な平原が広がっているから、戦場としては最適だ。恐らく、ストロム王国の兵士はここを死守する為に配置されると踏んでいる。我らはその兵士たちを蹂躙し、ストロム王国の東部を侵略する。奴らは東部を守る為に兵士を東部に集中させるだろう。その裏をかく」
ツァンパッハは机の上に置かれた船の駒を取り、地図に置いた。
スルス帝国の北の海上から西に船を動かし、ストロム王国の北海に侵入し、駒をストロム王国の北に置いた。
「およそ九千人の精鋭兵士を乗せた二十隻の船でストロム王国の北部から王都を目指して侵略。東部に兵士を集中させ、最低限の守りしかないストロム王国の王都はすぐに陥落するだろう」
「しかし、精鋭でも九千の兵士が上手く事を運べるでしょうか?」
ツァンパッハの対面にいる男が質問した。
「問題ないだろう。九千の兵士が出港したら、別部隊の船も二十隻出港する予定だ」
「つまり、最終的には一万八千の精鋭兵士が王都を襲撃するということですな」
「その通りだ」
「数としては物足りないですが、精鋭なら問題ないですね。安心しました」
「だが、不確定要素が一つある」
「なんでしょう?」
「ストロム王国の同盟国、エレツ王国だ。この国は密偵を送り込んでも、あまり詳しくは内情が掴めん。密偵がすぐに見つかって始末されているようなのだ。この国が同盟国に対して援軍を送ってくるのか来ないのかが、まだ掴めておらん……」
「それは、確かに不確定要素ですな」
「だが、恐るるに足らん。偉大な帝国の軍勢に奴らは必ず平伏すことになるのだからな!はーはっはっ!」
机を囲む彼らは次に兵站について話し始めた。
ジェームズはそこで聞くのを止めた。
ヘッドフォン型魔導具を外したジェームズはダミアンに使い方を説明するアーロンに話し掛けた。
「ちょっと良いかな、アーロン君」
「なんでしょう?殿下」
「スルス帝国が北海を通ってストロム王国に攻め入る情報は入っているかな?」
「はい。もう対処している頃だと思います」
「そうか、良かった……ところで、あの映像なんだけど、密偵が撮るにしては可笑しな点がある。本当に密偵が撮ったのかな?」
「えっと、殿下が見た映像は密偵ゴーレムが撮った映像ですね」
「密偵ゴーレム?」
「これですね」
アーロンはヴァルトバングルから野球ボールくらいのサイズの金属の塊のようなものを取り出した。
「この密偵ゴーレムは中心に魔石が組み込まれていて、幾つかの魔法が使えるようになっています。主に浮遊するために風属性魔法を使ったり、幻覚を見せる為に闇属性魔法を使いますね。小さいので色んな場所に潜り込むことができます」
アーロンは密偵ゴーレムの一部分を指差した。
そこにはカメラとマイクが仕込んである。
「このカメラとマイク──映像を撮る為の機能なのですが、現実そのものを映し、映像が鮮やかな色彩になるよう、高性能にしてあります。そして、人の声を確実に聞き手に届ける為に、雑音を除去する機能も搭載してあります」
「うん、凄いものを作ってるね……」
ジェームズは驚きの連続で、少し疲労を感じていた。声に覇気がない。
「ありがとうございます……殿下、そろそろ宿泊部屋にご案内いたしますか?」
「ああ、頼むよ」
「はい、かしこまりました」
アーロンはお付きの三人に声を掛けた。三人共、すぐにヘッドフォン型魔導具を外してジェームズを守るように囲んだ。
アーロンは先頭を歩き、最下層からVIP専用の宿泊部屋にジェームズを案内した。
「地下室ということを忘れてしまいそうな豪華な部屋だな」
そこには広々とした、華美になりすぎない上品な雰囲気の部屋があった。
色彩はホテル内装と同じだ。壁は黒地に金の模様が入っている。模様は星のようなマークだ。床は同じ金色の星のマークが刻まれた赤の絨毯が敷かれている。
調度品は焦げ茶で統一されており、室内のライトは温かみのあるオレンジ。
ジェームズは室内に入って、ソファーに座り、寛ぐ。
「この部屋の隣の部屋は侍従や側近の控室になっています。ご自由にお使い下さい」
「分かった」
「では、私はこれにて失礼します」
「うん、ありがとう。アーロン君」
アーロンが出ていくと、ジェームズは深い溜息を吐いた。
「三人とも、座ってくれ」
「「はっ」」
「やったー」
カミル、ダミアン、ゲルトはそれぞれソファーに座る。
「正直な感想を」
「はいはーい。此処ってとっても重要な軍事施設にできると思いまーす」
「……悔しいが、同意見です」
カミルはそう言って自身の見解を述べる。
「競技場は訓練場として十分に広く、地下ホテルは宿舎としてはこれ以上ない素晴らしさです。VIPルームにて現在の敵軍の情報を見ることができるのも軍事施設としては最高でしょう。ただ……」
「場所が問題だな」
ゲルトが横から口を出した。
カミルは頷く。
「そうですね、場所が同盟国とはいえ、ストロム王国にあるのは些か問題かと」
「それは、追々ストロム王国と話を詰めることにする」
「かしこまりました」
カミルは
「このような軍事施設はエレツ王国にはないのですか?」
「んー、アーロン君なら、ヴァルトにもう作ってるかもしれないね。聞いてみるよ」
「よろしくお願いします」
ゲルトはジェームズにお願いしつつ、カミルとダミアンの首根っこを引っ掴んで立ち上がった。
「え、ちょっ」
「あははー」
「では、我々はこれで失礼します」
ゲルトは二人を抱えるようにして、さっさとVIPルームを出た。
「ゲルトには気付かれたか……」
ジェームズの疲れは結構溜まっていた。ゲルトはそれに気付いていたのだ。
ゲルトの気配りに感謝しつつ、ジェームズは室内に用意されていた軽食をとり、さっと寝る準備をしてベッドに潜り込んだ。
お風呂に入ると寝てしまいそうなので、ジェームズは明日、入ることにした。
「疲れたな……」
すぐに眠気が襲ってきたので、ジェームズは瞼を閉じ、すとんと眠りに落ちた。