スルス帝国の北部にある港から出港した二十隻の船が、ストロムへ向け、北海を西進していた。
その上空には
上空にいるのは闇の精霊だけではない。
人族も何人かいる。
彼らは、小さな精霊も視ることができる森影の一員だ。
風属性魔法の飛翔で空に浮いているのだ。
森影の一人、このチームのリーダーが右手を振り下ろす合図をした。
闇の精霊たちは一斉に二十隻の船に襲い掛かり、船員や貴族、兵士たちを暫く覚めない悪夢に
闇の精霊たちが上空に戻ってくると、今度は森影が二十隻の船に向かって降りていった。
総勢八十人。四人一組となってそれぞれ一隻の船を風属性魔法で動かす。
この二十隻の船は全てヴァルトが有り難く頂戴して売り捌き、九千人もの人員は拡張されたヴァルトの更生施設や、新設された収容施設に送られる予定だ。
次にやってくる二十隻の船も同様の対処がされる。
彼らはアーロンの掌の上で転がされているようなものだ。
グランシルワのVIPルームには王太子ジェームズと騎士たち、そして、アーロン、ロベルト、ジョージがいる。
彼らの前には大きなホログラムウインドウがあり、ホログラムウインドウには国王シェードと宰相リチャードがいた。
「なるほどね、敵軍と敵国の重要人物の様子は丸わかりなんだ……」
ホログラムウインドウに映るシェードはアーロン等から伝えられた情報に混乱気味だ。
「その、森影なら敵の兵糧をヴァルトバングルの収納に入れて敵を飢えさせることもできますし、重要人物を暗殺したり、誘拐したりすることもできますけど」
追加でアーロンが爆弾発言をかました。
「うん……アーロン君が敵じゃなくて本当に良かったよ」
シェード、心からの言葉である。
アーロンは思い出したように付け加えた。
「あと、調略は既に始めています。スルス帝国では皇帝を始め腐った王族や貴族が多いのですが、善良な貴族もいます。中でも宰相は皇帝の望みを叶えつつ、国を保つために尽力しています。帝国が崩壊していないのは、彼の手腕によるものと言えるでしょう。しかし、各地の腐った貴族による悪政は相当酷く、彼の手には負えなくなっています。彼には、我々と手を結ぶよう働きかけています。他の善良そうな貴族にも働きかけています。そろそろ、落ちる頃だと思います」
アーロンの言葉を受け、シェードは少し考え、頷いた。
「うん、アーロン君、スルス帝国を潰して、君が建国する気はない?」
「え、嫌ですよ、国王とか皇帝とか絶対忙しいですよね?今でも大変なのに……」
「この通り、一生のお願い!」
シェードは両手を合わせてお願いするポーズをし、アーロンにウインクした。
実年齢おじさんに見えないイケメンがやるから、まだ、可愛い。
「……逆に、陛下はスルス帝国が欲しくないんですか?」
「いやぁ、スルス帝国をものにしても内紛勃発しまくりそうだし、混乱する国内を纏めるのって相当大変だと思うんだよねぇ、エレツ王国だけでも大変なのに、これ以上、手を広げるなんて無理だよぉ」
シェードはあっけらかんとした様子で、正直に話した。
「ぶっちゃけましたね……僕だって嫌ですよ、纏めるの」
「アーロン君なら、大丈夫そうだと思うんだよね。それに丸投げするつもりはないからさ。ちゃんと優秀な人材は送るし、最初は食糧支援とかするつもりだから」
「……」
「ああ、アーロン君がうんって言ってくれないと一つの国が大混乱に陥って、周辺の国とか最悪エレツ王国にも影響が出ちゃうかも……」
アーロンは盛大な溜息を吐いた。
「分かりましたよ。やってやりますよ」
「本当に?」
「ええ、エレツ王国よりも凄い国を作ってみせましょう。後で欲しくなっても渡しませんからね」
「うん、うん、ありがとうアーロン君。今から楽しみだよ」
急展開に周りの側近等はついて行けず、呆然としている。
そんなことはお構い無しに、シェードは真面目な表情で言葉を紡ぐ。
「それで、この戦争で、どうするつもりなんだい?」
「まずは……」
アーロンは自分が思い描く作戦を話し始めた。
「スルス帝国の辺境からじわじわ調略を進めます。具体的には、森影に腐った貴族たちに仕える人々の人心を掌握します。場合によっては魔法契約もありでしょう。情報が漏れないように徹底して、じわじわとスルス帝国を侵食していきます」
「ふむふむ、それで?」
「一ヶ月後にスルス帝国軍や諸国軍がこの草原にやってきたら、あっと驚くような方法でスルス帝国軍の心を折ろうと思います。諸国軍は調略できているということですので、対象から外しました」
「ああ、諸国軍については問題ないよ、最後まで悩んでた国が落ちたからね。……でも、あっと驚くような方法が気になるな」
「それは、追々。心を折りましたら、エレツ王国軍の皆さんにスルス帝国軍を拘束してもらいます。それが終わりましたら、皆さんをスルス帝国の帝都に送ります。帝都の外から包囲していただきます。私は少数で皇城に転移し、皇帝の首を取ります」
アーロンは、命令を下して間接的には人を殺しているが、まだ、直接的に人を殺したことはない。
しかし、皇帝の悪行を知っているし、自分がスルス帝国を潰し、建国することになったので、自身が手を下さなければならないと思っていた。
「そうだね。……それはアーロン君がすべきことだ。それで、皇帝の首を取ったら、何をするのか決めているかな?」
「いえ、その、建国する為にはどうしたらいいのか、分かりません」
「うーん、そうだね。とりあえず、建国を宣言する文書を国内に浸透させて、各国にも送って、建国式で各国首脳を呼べば良いと思うよ。十神教会に献金をして、建国式に教皇が来たら万々歳だね」
「分かりました。戦争が終わったら手配します」
「まあ、私から事前に働きかけておくよ。実際の手配は手伝える人材を送るね」
「ありがとうございます」
アーロンはお辞儀をした。
「いいよ、アーロン君はいつも国のために頑張ってくれたからね。支援は惜しまないさ」
「陛下……」
シェードの支援に期待していなかったアーロンは、ちょっと感動していた。
「スルス帝国の辺境からこっそり攻める話だけど、天影も使っていいから。後でヴァルトバングルで天影からアーロン君に連絡させるよ」
「ありがとうございます」
目の前にいるシェードがシェードの影武者じゃないかと、ちょっと思いつつ、アーロンは礼を言った。
「あとは大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「うん、一ヶ月後から大変になると思うけど、無理は禁物だからね」
「分かりました。陛下も身体を大切にして下さい」
シェードは少し目を
「ありがとう。アーロン君、じゃあね」
シェードが通話の魔導具を切ったので、ホログラムウインドウは消えた。
アーロンが振り返るとロベルトが白目で立ったまま気絶しているのが見えた。
「父上!?」
アーロンが駆け寄り、ロベルトを激しく揺らすと、ロベルトは暫くして、目が覚めた。
「あ、アーロン……」
「父上、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、アーロンがスルスを潰して建国するとかいう話を聞いた気がしたが、夢だったか」
ロベルトが安心したように言ったので、アーロンは困ったような顔をしつつ、事実を伝えた。
「スルスを潰すのも建国するのも僕がやることに決まりました」
ロベルトはふっと、目を閉じた。
「父上?」
返事がない。ロベルトはまた気絶していた。
「父上っ!」
アーロンはまたロベルトを激しく揺さぶることとなった。