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 ロベルトはやっと現実を受け止めた。


「……そうか、アーロン、頑張るんだぞ」

「うん、戦争だから全力でやるよ」

「アーロンに全力を出されたら、敵は木っ端微塵になってしまうよ」

「父上?僕、そんなに酷いことはしないですよ?」


 アーロンの言葉にロベルトは首を傾げた。


「魔物に対しては容赦ないだろう?」

「僕、人族とか亜人にはちゃんと手加減できるよ」

「そうか、でも、命の危険を感じたら、手加減はいらない。っちゃいなさい」

「うん、分かった」


 切りが良さそうなところで王太子ジェームズがアーロンに声を掛けた。


「アーロン君、ちょっと良いかな?」

「はい、なんでしょう?殿下」

「この施設と同じ施設は他にもあるのかい?」

「えっと、ヴァルトにありますね」


 領都アルディージャの近くにある競技場の地下にもこのホテルと同じようなホテルがある。

 領都アルディージャで泊まれなかった人々を泊める為にアーロンが作った施設だ。


「そうか、もし、可能であれば、必要な時に借りることはできるかな?」

「ええ、大丈夫ですよ。借料はいただきますが」

「ありがとう、アーロン君」

「とりあえず、目の前の戦争から何とかしないといけないですね」


 アーロンはそう言ってホログラムウインドウを見上げた。

 そこには、森影が辺境の腐った貴族の屋敷に入り込む様子が映されていた。




 森影の一人、アーロンの護衛を務めたこともあるマイク・ホールは、スルス帝国の東端にある属国の辺境の領主館にいた。

 この土地の領主は、人身売買を行っていたり、増税を繰り返して領民を苦しめ、自身は豪遊する悪領主だ。家族も救いようがない性格の悪さで、妻も税金で大層遊んでおり、見目麗しい男を侍らせている。

 二十になる娘も贅沢三昧で気に入らない侍女には熱湯を顔に浴びせて一生治らない火傷を負わせたり、他にも酷いことをしているようだ。

 領主は戦争で今は不在だが、マークや森影によって領主館に仕える全ての使用人や私兵は森影の協力者となり、魔法契約まで済ませている。

 森影への協力と引き換えに金銭を渡す契約だ。

 領主一家に対する忠誠心がない使用人や私兵たちはすぐに了承した。中には領主一家に深い恨みを持つ者もいたので、スムーズだった。

 こうして、東端の領地の領主館は、領主の妻と娘以外は掌握しょうあくされた。

 スルス帝国各地の腐った領主および属国の重要人物たちの屋敷などは同様に掌握され、スルス帝国はゆっくりと森影たちによって侵食されていった。




 アーロンは自室のソファーで寛ぎつつ、ヴァルトバングルのビデオ通話でマグノリアと話していた。


「まあ!では、アーロン様が一国それも帝国の皇帝になられるんですね」

「まだ、戦争は終わってないから確定ではないけど」

「でも、お父様は酷いですわ、アーロン様に内紛だとか混乱しそうな国を治めるように言われるだなんて」


 アーロンは微笑む。


「ちょっと面倒そうな国だけど、僕もエレツ王国から離れようと思っていたから、丁度良かったんだよね」

「ええ!?」


 マグノリアは驚いて淑女らしからぬ声をあげ、目を丸くした。


「いやぁ、僕を妬んでる人も多いけど、支持する勢力が結構多くてね、ちょっと国が割れる可能性が高いから、とんずらしようかなぁって」

「酷いですわ、わたくしに一言も相談もなく、とんずらだなんて」

「あ、えっと、とんずらする前に、言うつもりだったよ?」

「本当ですの〜?」


 マグノリアはジト目だったが、ふっと表情を緩めて笑い始めた。

 アーロンもそれにつられて笑った。

 二人の笑い声が部屋に響いた。


「因みに、アーロン様を支持する方々って、アーロン様を国王にしたいということを思ってらっしゃったのでしょうか?」

「うん、僕が国王になったら全領土が豊かになるって思ってる人と、あとは……」


 ちょっと言い辛そうなアーロンを見てマグノリアは察した。


「勇者を信仰されてる方々ですわね」

「!知ってたんだ」

「ええ、これでも王族ですもの。……勇者信仰は、いくら焚書をしたとしても、なくならないでしょうね。信仰というものは彼らにとっての支えですから」

「少しは収まってはいた筈なんだけどね、根深いみたい」

「ましてや、貴方は本物の勇者──しかも、魔王をたおした勇者様ですもの。勇者を信仰している方々にとっては神に等しい存在でしょうね」

「うん……だから、渡りに船というか、本当に良い機会だったんだ」

「まあ、アーロン様がとんずらされずに、皇帝となって貰った方が、わたくしとしても安心ですわ」

「はは、良かったよ」


 二人は遅くまで話をし、仲を深めるのだった。


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