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第11話 そうか、おもしろいのか

「たしかに『好きなだけ食べて良い』とは言ったが……さすがそれだけ消化されると驚きを通り越して、逆に小気味良いな」


 食堂の主人が運ぶ食事を涼しい顔でペロリと平らげ、空になった皿を高く積み上げてゆく小柄な少女を眺めながら、武霊王ぶれいおうは苦笑と共にもらす。


「アタシ……育ち盛りですからぁ」


 大好物のちまきを口いっぱいに頬張りながら、廉頗れんぱは得意げに言う。


「その割には成長がかんばしくないような気もするが……」

「ちょっと、主父しゅほ! それって性的嫌がらせセクハラですよぉ‼︎」


 とっさに胸を両手で覆い隠し、不満顔を向けて抗議する。たしかに、彼女の胸は膨らみがとぼしく、大人の魅力を備えているとは言い難いものであった。


「そんな的確ピンポイントな部分ではなく、あくまでも全体的なことを指して言ったつもりだったのだがな、俺は……」


 苦笑する武霊王ぶれいおう

 それを聞いた廉頗れんぱはごまかすように頭を掻きながら笑い、


「こ、これからですよ。きっとこれから成長します」


 そう言って再びちまきに手をつけるのだった。


「……お前はおもしろいな」


 不意に武霊王ぶれいおうがそうもらす。

 廉頗れんぱは口を動かしながらもキョトンと首をかしげる。


「俺はな、男は外に出て働く者、女は常に男の背中を護り、家族を支える者として見てきた。その図式が一番均衡バランスが取れた最善の在り方だと思ったからだ。だからこそ、俺は孟嘗君もうしょうくんのように女でありながら政治の表舞台に立ち、男のように振る舞う者を嫌っていた」


 武霊王ぶれいおうはそこまで言うと、一拍間を置くようにひとつ深呼吸を入れる。


 彼がそういった思考の持ち主であることを趙勝姫ちょうしょうきから伝え聞いていた廉頗れんぱは、特にこれといった感情もいだくことなく、ただコクリとうなずく。


「だが、女でありながら過酷な旅程を平気でこなし、男以上に大飯を食らう者がここにいる。俺はこの数日お前と行動を共にして、認識が大きく変わったよ」


 武霊王ぶれいおうはそう言うと虚空に目を向け、フッと笑みをもらす。


「アタシだけじゃなくて、姫ちゃんだって楽毅がくき様だって楽乗がくじょうさんだって、みんなみんなおもしろいですよぉ」


 ちまきを嚥下すると、廉頗れんぱは満面の笑みで語った。


「もちろん、主父しゅほだって趙何ちょうか様だってそれぞれが違った個性を持っていてとてもおもしろいですぅ」

「俺が……おもしろい? そうか、おもしろいのか」


 まるで自問自答するように、武霊王ぶれいおうは少女から向けられたの言葉を繰り返す。


 ──それが時代の流れだというのなら、俺はそれを受け入れなければなるまい。


 かつて慣習にり固まった家臣たちに、これからは騎馬主体の戦が主流になると、故服騎射こふくきしゃという異民族の形式スタイルを取り入れさせた武霊王ぶれいおう


 時代の流れに合わせて己自身を変化させられない人間は、いずれ時代の波に淘汰とうたされる──


 そういった信条を持ち併せていた彼だからこそ、変化を察して柔軟に対応できるのだろう。


 そして廉頗れんぱはというと、そんな武霊王ぶれいおうの心情など知るよしも無く、さらなるおかわりを求めて店主を驚愕させるのだった。


 そして、ようやく腹が膨らみ満足がいったころ、廉頗れんぱはおもむろに口を開いた。


「あのぉ、さっきの話で少し気になったことがあったんですけどぉ」

「どの話だ?」

「『行き過ぎた法は人の心をも縛る』、と主父しゅほはおっしゃいました」

「ああ、その話か」


 武霊王ぶれいおうは軽くうなずくと、悠然と腕組みをする。


「それって、【ちょう】にも言えることだと思うんです……」

「ほう……」


 少女の言葉に、武霊王ぶれいおうの眉がピクリと反応する。


「【ちょう】は主父しゅほが武の象徴として常に前線に立ち、版図はんとを拡げてゆきました。そのおかげで領土の安全は護られ、民は他国の侵攻に怯えることなく安息の日々を送れております。ですが……」


 ここでひとつ間を置いて、廉頗れんぱはさらに語り出す。


「それゆえに、【ちょう】は主父しゅほおひとりに完全に依存してしまっているのではないでしょうか?」


 ふむ、と武霊王ぶれいおうはうなるようにしてつぶやき、


「なるほど。つまり、【ちょう】国では俺自身が法であり、俺が民たちの心を縛っているという訳か……」


 廉頗れんぱの真意を看破し、そう締めくくる。


 武霊王ぶれいおうの理解の早さに瞠目どうもくしながら、廉頗れんぱはさらに続けた。


「たしかに主父しゅほの存在は頼もしい限りです。でも、その体制がずっと続くとは限らない。もしも、主父しゅほの身に万が一のことがあったなら【ちょう】はたちまち──」


 ここまで言って廉頗れんぱは慌てて口をつぐみ、


「申し訳ございません。縁起でもないことを口走ってしまいました」


 神妙な面持おももちで頭を下げる。

 しかし武霊王ぶれいおうとがめるどころか呵々かかと笑い、


「おもしろい。やはりお前はおもしろいな、廉頗れんぱ!」


 少女の頭をくしゃ、と撫でる。

 突然のことに驚きと戸惑いを隠せない廉頗れんぱ


「たしかにそれは俺も懸念していた。もちろん、俺の目の黒い内は他国の好き勝手にはさせない。しかし、俺の跡を継ぐ趙何ちょうかは甘いところがあるし、家臣も高齢化が進んでいる。だからこそ廉頗れんぱ。お前のような若い人材がこれからのちょうを担ってほしいのだ」


 武霊王ぶれいおうはそう言って彼女の肩に手を置くと、


「どうか趙何ちょうかたちを支え、【ちょう】国を護ってくれ!」


 力強い檄を送る。


「はい!」


 廉頗れんぱは満面の笑みを浮かべ、高らかに答えた。

 武霊王ぶれいおうはその言葉に満足そうにうなずく。


「ふう……。なんだか安心したらまたお腹が空いてしまいましたぁ。すみませ〜ん、おかわりお願いします〜ぅ」


 そう言って廉頗れんぱは、店主に向けて手をブンブンと手を振る。

 さすがにもう食べられないだろう、と油断していた店主と武霊王ぶれいおうは、少女の無尽蔵な胃袋に驚嘆し、共に苦笑を禁じ得ないのだった。

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