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自室の扉に背をもたげたジルベルトは、握りしめた拳を口元に寄せ、眉をしかめて目を閉じた。
「……ッ!」
発熱した時のように呼吸は荒く、頬が燃えるように火照っているのがわかる。
「マリア、あぁ、俺は……」
──追い返してしまった。
ろくに彼女の顔も見ずに、だ。
いや……見られなかったと言った方が正しいだろう。
背中を撫でる痺れは増す一方で、マリアが来訪すると思うだけで目に見えない細い糸で締め付けられるように
「大帝国の皇太子がこんなふうにグダグダになるなど、情けないどころの話じゃないだろう?」
長い睫毛を伏せたまま
口元にあてがった拳を開き、そのまま手のひらで顔を覆えば、情けなさで小さな笑いすら込み上げてくる。
右手のひらで顔を覆ったまま、ふっ、ふっ……と、喉を鳴らした。
「こんな酷い顔を、マリアにはとても見せられん」
扉を開けたとき、恥じらいから故意に視線を逸らせた。
だがマリアの来訪前から
醜態を晒したと思えばますます頬は熱く火照り、自分の意思ではコントロールの効かないこの感情をどう消化すれば良いのかと、ジルベルトは心底戸惑う。
── ラムダが言った『恋心』とやらは、一人の男を……俺を、こんなに脆くさせるんだな。
マリアが部屋に来ると考えただけで。
愛らしい顔を見ただけで、
ましてや、昨日までマリアを抱きしめて眠っていた事など今となれば信じがたく、全てが甘美な夢の中の出来事だったような気さえしてくる。
──俺はなんで、今まで
ジルベルトの胸を切なさとともに突き上げる恋心。
ラムダに諭されるまでは気付かなかったが、確かにマリアに抱いてきた感情そのものだ。
燃えるように恋した相手を抱きしめても平然としていられたのは、それが無自覚という名のオブラートに包まれていたからだろう。
幼年の時分から、年齢が十も離れた長兄と二番目の兄と共に帝国の繁栄を担う者として切磋琢磨しながら育ったジルベルトは、若くしてどこか達観しているところがあった。
いつかは腹違いの二人の兄を超えてやるのだという強い反骨の精神は、ジルベルトを有能で英明果敢な皇子に育て上げた。
これまでの人生で、これほどに自分を情けないと思った事はない──ウェインで囚われの身となった、あの事件を除けば。
己の不甲斐なさに絶望して自暴自棄に陥った囚人に食事を与え、死の淵を彷徨いまでしたジルベルトを救い出してくれたのはマリアだ。
──俺はマリアに、情けない姿ばかりを見せているな。なのにマリアは、俺に失望する事なく
眠れない俺を救ってくれた。俺はマリアにもう二度も救われている。
重く閉じた目蓋を持ち上げて顔を上げる。
バルコニーへと出れば、熱烈な恋心に翻弄される男を揶揄いながら夜風が火照った頬を撫でた。
マリアの野花のような笑顔が眼前に浮かぶ。
満点の星空は美しく、宝石を散りばめたようにきらきらと輝いていた。
「……マリア」
ジルベルトはようやく自覚する。
──どうやら俺は、君が可愛くて仕方がないようだ── !
初めて恋を知った少年さながらの『冷酷皇太子』がここにいる。だがそれはまだ未熟で不器用で、自らおかした大きな
胸の内に熱く燃える炎を宿したジルベルトは知るよしもなかった。
扉を閉ざされ、自室へと向かうマリアの足取りはひどく重く、その心は氷のように冷え切って、今にもこぼれ落ちそうになる涙を必死で