「とにかくマリア様っ。ジルベルト様に、きちんと事情をお尋ねしましょう?! きっと何か理由があるはずです…… !」
「ラムダさん、お気遣い有難うございます。でも、毎日何もしないでこのままずっと皇城に置いていただく事はできません。ですから……早々に、
ラムダの嫌な予感は的中した。
だが「はいそうですか」と見送るわけにはいかない。
「マリア様、早まらないでください。このままジルベルト様の側を離れれば後できっと後悔することになります……! このわたくしに免じて、今しばらく時間をくださいませんか?」
「ラムダさんのお気持ちは嬉しいのですが、こうやって曖昧な気持ちを抱えたまま日々を過ごすのは辛いですし、気も引けてしまいます。
私は使用人として働くことを許されていませんから、下働きをさせていただく事もできません。ここにいる意味が、もう何もないのです」
ジルベルトの庇護を失ったとすれば、マリアとて心安らかではない。すぐ隣の本宮にはマリアを探しているはずの皇太子だっているのだ。
他に行くあてなど無いけれど、一刻も早く
ラムダは項垂れて、ふぅ、と息を吐ついた。
「明日は星祭りです。フェリクス公爵様に許可をいただいて、わたくしと一緒に帝都に出かけませんか? 気晴らしにもなりますし、皇城を去る決断をされるのはその後でも遅くないでしょう」
「星、祭り……まだまだ先だと思っていたのに、そう言えばもう明日なのですね」
「マリア様は以前から帝都に行ってみたいと仰っていたでしょう? 人生には限りがあるのです。今は悩まずに、目の前にある事を精一杯楽しみませんか!」
思えばマリアが皇城にやって来たちょうどひと月前から、星祭りのための飾り付けが始まったのだ。
辛かったこの五日間は永遠にも続くほどに長く感じられたのに……楽しく幸せな時間が経つのは本当にあっという間だった。
マリアの心は騒めいた。華やかな街の風情を耳にするたびに、帝都への憧れをひそやかに募らせていたのだから。
おまけにラムダは、その美しい街が年に一度の賑わいを見せる『星祭り』に出掛けようと言うのだ。
人生には限りがある。
その一言が、マリアには深く心に響いた。
自分に与えられた時間は、あとどのくらい残されているのだろう。
──私の命だって、いつ失っても不思議ではない。
今この瞬間でさえ、皇城にいるうちは常に殺されてしまう危険にさらされている。
血まみれの剣を掲げた皇太子の甲冑の後ろ姿が脳裏に蘇り、背筋がす、と冷たくなった。
これまで限りある人生のほとんどを亡国の離塔で過ごし、マリアは祭りと言うもののひとつさえも、経験した事がなかった。
煌びやかなものや、賑やかな場所に一度も出向かずに終わる人生なんて、マリアとて望んではいない。
「そう、ですね。私もそのお祭りを、帝都を、見てみたいです」
「マリア様……良かった、ぜひ参りましょう。美味しいものを食べて一日遊び回れば、きっと気分も晴れます…… !」
「美味しいもの、ですか?」
「ええ、『帝都名物』と言われるものがたくさんあって。きっとマリア様が体験した事のないものばかりですわ」
想像を膨らませはすれど、見たこともない新しい世界に想いを馳せ、マリアは虚ろだった眼差しをようやく輝かせたのだった。