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日は高く昇り、賑わい始めた帝都の街を隅々まで照らしていた。
街道沿いの踊り場では大道芸人を囲んで人だかりができ、大人、子供の境なく
陽気なアコーディオンを奏でる演奏家、その周りを囲むようにして楽しそうに踊る人々。
昼間からエールを片手にカフェテラスで酔っ払う老齢の紳士たち……。
目に映るもの全てが都会的で物珍しく、きらびやかな祭りの様子にマリアはただ周囲を一生懸命に見渡すのが精一杯だ。
「そこの綺麗なお姉さんたち! プロの画家が最高の似顔絵を描くよ! ちょっと寄ってかないかい?」
似顔絵と聞いて、それまで誘い込みには見向きもしなかったラムダが、立ち止まって絵の見本を真剣に覗き込む。
「……この程度でプロの腕前とよく言えたものね?」
ぼそりと呟いて、
「お兄さん。私に描かせたほうがきっと絵が売れるわよ!」
ラムダがウィンクをすれば、似顔絵師はたじたじとなって顔を赤らめた。
──ここにいる間は、ジルベルトの事を忘れていられそうな気がする。私を帝都に連れ出してくれたラムダさんのおかげだわ。
マリアはそっと微笑んだ。ラムダに腕を引かれるままに、人々の合間を縫って歩いて行く。
二人からは少し距離を取り、馬を引いて歩きながら『護衛の男』が後に続いた。
獅子宮殿で見かけた時から、マリアはその護衛の男が気になっていた。
頭からすっぽりと
マリアが振り返れば──。
気のせいかもしれないが、護衛の男が顔をそむけたように見えた。そしてフードの端を引っ張って
「……?」
男の奇妙な行動に首を傾げていると、
「マリア様!」
ラムダに呼ばれて我に返った。
「……ぇ? ぁ、はいっ」
「昼食ですが、ホットドックにしませんか?」
すぐ目の前にある露店の鉄板の上に、湯気を立てたソーセージがずらりと並んでいる。次々と立ち寄る客の相手をしながら、店主は調理に売り子にと忙がしそうだ。
「ほ、ほっ……と?」
「ホットドックです。細長いバンズに蒸し野菜とソーセージを挟んだだけの軽食ですわ」
「私は……よくわからないので、ラムダさんにお任せします。ただ、お恥ずかしいのですが、そんなにお金を持ち合わせていないものですから」
なけなしの金銭を腰元に忍ばせて来たものの。帝都の物価がどれほどなのか、マリアには見当もつかない。
帝都の物価、安くはなさそう。
そんなマリアの心配など、ラムダはどこ吹く風だ。
「マリア様は支払いの事など心配なさらず。今日はめいっぱい、楽しむ事だけを考えていてくださいませ!」
「いいえ、そういう訳には……っ」
マリアが言い終わらぬうちに、では買って来ますわね! と踵を返す。
露店に向かう前に、ラムダは護衛の男にも声をかけた。
「あなたも召し上がりますか?」
男は無言で……小さくかぶりを振る。
マリアが見ているのに気付いたのか、男は慌てたふうに、またそっぽを向いた。
──今、また……。
あの
彼との距離は少し離れているものの。
ラムダが買い物に行ってしまったので、残されたマリアと護衛の男の間には何だか気まずい空気が流れた。
── 頼りになりそうだけれど、ずいぶんおかしな『護衛』ね……?
見つめればまた逸らされるのがわかっているので、マリアはもう男を見ようとはしなかった。
そっと目の端で様子を伺うと、護衛の男は彼の黒馬の首を優しく撫でているらしかった。