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公共広場の噴水の袂にラムダと並んで腰を掛け、マリアは人生で初めてのホットドックをほおばった。
黒馬と護衛の男は──どこへ行ったのか、付近には見当たらない。
大きな口を開けてかじりつくことに最初は戸惑っていたマリアだが、食べてみれば頬が落ちそうなほど美味しいのだった。
それはマリアが子供の頃から憧れていた、『
子供の頃に読んだ本の中に、そんな素敵な描写があったのを思い出す。
「ラムダさん。私、前からずっとあなたに、お伝えしたかったのですけれど……」
マリアのアーモンド型の瞳は、喜びのような憂いのような——複雑な色を浮かべている。
「あらマリア様、どうしたのですか? 急にあらたまって」
「皇城に来てラムダさんと出会えたことが、とても嬉しいです。私とジルの事をいつも気遣ってくださって……。こんなふうに、優しくしてくださって、本当に有難うございます…… !」
食べかけのホットドックを危なかしい手つきで持つマリア。
ラムダが好きな、いつでも人の心を和やかにするその微笑みに見惚れてしまう。
「いいえ、マリア様……わたくしも嬉しいのです。
皇城への出仕が嫌で、毎日が退屈で仕方が無かったのです。やる気も起こらず、わたくし、失敗ばかりでしたの。
でもマリア様と可愛いジルのお世話をさせてもらえる事になって、今日までとても楽しかったですもの…… !」
まるで別れの挨拶のような言葉を交わせば、互いに感情が昂って。額を寄せて、目を閉じる。
「小さい頃からずっと憧れていたのです。こんなふうに心を許せる人とお喋りをしながら、楽しい時間を過ごす事。
それが今日は叶って、そのお相手がラムダさんで……本当に嬉しいです」
「そんな、マリア様ったら。大袈裟ですよ?」
「厚かましいお願いかも知れませんが、ラムダさん。もしよかったら……私のお友達になってくださいませんか?」
マリアからの、嬉しい申し出だった。
皇城にやってきたひと月前は弱々しく、消え入りそうだったアメジストの瞳の輝きが、凛とした意思を持ってラムダをしっかりと見つめている。
ラムダはホットドックを脇に置いてマリアの空いているほうの手を取り、華奢な手のひらを指先で包んだ。
「厚かましいだなんて言わないで? 嬉しい。勿論ですわ、マリア……! 今日からそう呼んでもいいかしら?」
「ええ、勿論です、ラムダさんっ」
「わたくしのことも、ラムダと呼んでくださいね?」
「有難うございます、ラムダ……!」
心を通わせた二人が互いに手を取り合い、笑顔を浮かべて見つめ合う。
どちらからともなくクスッと笑えば、互いの立場を超えた二人の確かな『友情』がそこにあった。
残りのホットドッグをふたり揃って頬張ろうとしたとき。
「ねぇ……あれを見て……?」
マリアの瞳はラムダの視線を通り越し、ずっと先の方を見つめている。
ラムダが肩越しに振り返れば、噴水の近くの木に一人の子どもがよじ登っているのが見えた。
木の周辺には、彼より年嵩の少年たちが数人、木の上を見上げて口々に何か叫んでいる。
「マリア、あの子たちがどうかしましたか?」
「何だか様子がおかしいのです」
木の上にいる子どもは泣きそうな顔をして懸命に手を伸ばし、どうやら細い木の幹になっている赤い実を取ろうとしているようだ。
周囲の少年たちといえば、早くしろと捲し立て、よく聞けば時々罵りのような汚い言葉を木の上にいる子供に投げている。
「ラムダ……っ」
「マリア!」
──行きましょう。
二人は顔を見合わせ、頷く。
ホットドックの包み紙をひとまず噴水の袂に置き、子供たちがいる木に向かって走った……数十歩ほど先、すぐそばだ。
「あなたたち、何をしているの!? 無理に細い木に登っては危ないわ……!」
マリアが諭せば、木の下に群がっていた少年たちが「やばい、逃げろ!」と叫んで散って行く。
赤い実に手を伸ばしていた子どもが、木の下の状況に気付いて
「あっ……!」
一瞬の出来事だった。
五・六歳くらいの子供の肢体が、もんどりうって木の上から落下する。反射的に駆け寄るが、子供を受け止めようにもマリアが立っている場所からは離れすぎていた。
マリアよりも木に近い場所で、子供を見上げるラムダがマリアの視界を掠める。
──落ちるっ
マリアが目を瞑るや否や、ドサッ……大きな
「ラムダ……!?」
目蓋を開ければ──胸の上に男の子を抱きかかえ、地面に横たわるラムダの姿が視界に映った。
ぴくりとも動かぬラムダに息を呑み、言葉を失って、両手で口元を覆うマリア。
ラムダの腕の中の子どもが起き上がり、ゆっくりと周りを見渡したあと、うわぁん……! 大声で泣き出してしまう。
周囲にはいつの間にか、小さな人だかりができていた。