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もう何度目だろう。
隣に歩くマリアを、ジルベルトが見遣るのは。
──こういう時はどうすればいい? いったい、どんな言葉をかければ良いのだ……。
ラムダを乗せた馬車を見送ってからも、マリアはずっと黙って俯いたままだった。そんなマリアと並んで歩きながら、ジルベルトは戸惑い続ける。
午後を迎えた帝都の『星祭り』は、より一層の賑わいを見せていた。人の出が増えて視界も悪くなり、少し目を離せば二人ははぐれてしまいそうだ。
人通りが増えた中央街道の、路肩の向かい側から歩いてきた男にマリアの肩がぶつかった。
か細い身体がぐい、と後ろに弾かれてバランスを崩しそうになるのを、ジルベルトがマリアの手首を掴んで引き寄せる。
「マリア……!」
その時初めてマリアが顔をあげ、目が合った。
虚を突かれたジルベルトが目を見張る──眉根を寄せたマリアの、澄んだアメジストの瞳が今にも泣き出しそうな憂いの色を滲ませていたから。
その色があまりに深く、悲しげに見えて。驚きと衝撃に、マリアの腕を掴んだまま、ジルベルトは立ち尽くしてしまう。
流れ行く人波のなかで、ふたりの時間だけが止まってしまったような静けさだった。
「……座って少し話そう」
ジルベルトに手首を引かれるまま、マリアは目の前にある背高い大きな背中について行く。
掴まれた手首に伝わる熱はとてもあたたかい。
マリアは、自分の手首を掴む筋張った手を、ただじっと見つめながら歩いた。
人通りから逸れた庭園は綺麗に舗装されているが、その一端には木々が立ち並んで追い茂る。きらきら光る
柔らかい草の上に、並んで腰を下ろす。
もしも綺麗なドレスや礼服を身に付けていたら、草の上とはいえ地面にじかに座ることなどなかったろう。
この帝都において、マリアはもちろん皇太子ジルベルトの顔を知る者は皇城の関係者の他、ほとんどいない。
皇城の中とは全く異なる気易い環境が、ジルベルトの心を柔軟にした。
「あの夜の事だが……。急にあんな態度を取ってしまって、すまなかった」
「…………」
「怒って、いるだろう?」
怒っている——その言葉を聞いたマリアは、弾かれたように慌てて顔を上げた。
「怒っているのではありません。あたなに私が怒る資格など、ありません……!」
──愛らしい声を、やっと聞かせてくれたな。
ジルベルトは密やかに安堵して、心の中でそっと微笑んだ。
「怒っているのでなければ、なぜそんな顔をしている? 俺が五日もマリアを放っておいたから?」
「それも、違います」
呟くように言葉を紡ぐと、マリアはまた下を向いてしまう。
「マリア……。俺が君を悲しませたのなら、謝らせて欲しい。君の気が済むまで、何度でも謝ろう。俺は君の──」
──笑う顔が見たいのだから。君の喜ぶ顔が見たいから。
そのためだけに、俺は今日までの五日間を積み上げて来たのだから。