ジルベルトは、政務机に山と積み上げられた書類の攻略に費やした、この五日間という日々に思いを馳せた。
丸一日皇城を空けようと思えば、期日までに仕上げなければならぬものをどこかで消化する必要があった。
だが昼間は、謁見や公務で普段以上の時間は取れない。
『しばらく、一人で眠る』。
思案を巡らせたジルベルトは、そこに深夜の睡眠時間をあてたのだ。
マリアと眠るようになってから、不眠はほぼ解消されたと言っても良かった。
真夜中を過ぎれば、日中の激務からの睡魔が襲ってくる。
それでも夜を徹してまで書類の山と向き合うことができたのは——その
「政務があるから、頻繁に皇城の外に連れ出すことはできないが。年に一度の帝都の『星祭り』を見せたいと思った。そして俺が見たいのは、マリアの泣き顔じゃない。笑っている顔だ」
眉尻を下げたまま見上げるマリアの頬を、ジルベルトの手のひらがそっと包みこむ。その手のひらは大きくて、やはりとてもあたたかい。
「だから今日一日は……この俺のために、笑顔でいてくれないか?」
さざなみ立つ、碧い瞳を見つめ返したマリアは。
遠慮がちだが、こくり、と小さくうなづいた。
「あなたのお気持ちが、とても嬉しいです……」
そして──とてもぎこちなかったけれど。
ジルベルトの想いに応えようと、涙がまだ渇ききらぬ頬を緩ませて、野辺に咲く花が揺れるように和やかな笑顔を見せた。
胸の奥底から幸せが込み上げてくる。
ジルベルトはたまらなくなって、その愛おしさをもう一度抱きしめてしまう。
マリアは目を閉じて、逞しい胸元に頬を預けた。
だが、しばらく経っても。
ジルベルトの腕は少しも力を緩めてくれないのだ。
「あの……?」
そろそろ、放してくれても良いと思うのだけど。
自分から離そうとした頭を、大きな手のひらでぐ、と胸板の上に押し付けられる。
「嬉しくて、顔が緩んでしまった……。こんな顔は、もう見せたくない」
頭の上から降ってくる、心許ない声。
抱きしめられる前に見つめ合った時、ジルベルトは秀麗な面輪を紅く火照らせていた。
今もまた、紅くなっているのだろうか。
いつでも堂々としていて自信と威厳に満ちたジルベルトでも、『照れる』ということがあるのだ。
そんなふうに思うと、胸がきゅ、と苦しくなる。
だがそれは、とても幸せな苦しさで──。
ジルベルトの胸の中で、マリアはそっと微笑んだ。
「私も、顔が赤くなって、頬も緩んでいます。私たち……ふたりそろって赤くなって、照れ合って。なんだか可笑しいですね?」
思わずくすっと笑えば、
「こら、笑うな……。君のせいだろう」
木々たちが煌めく木漏れ日を落とす。
マリアの髪に鼻を埋めたジルベルトは、「ふ……」と甘い吐息を漏らした。