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東雲シンクロニシティⅡ

 事件の概要を事細かに話終わって、みれいはコーヒーを一口啜った。朝に呑むコーヒーほど、格別なものはない。


「ていうか殺人事件って、結構やばくない?」あおいが腕を組んで真剣な顔になった。


「ええ、もう本当に……あおいはどう思いますの?」


「どうって、何が?」


「誰が犯人か、ですわ」


「うーん……でも、最初の殺人は帽子のあつボンって人かなって思った」


「えっ?」みれいは目を丸くする。「どうしてですの?」


「だって、死体がある談話室の隣にある大食堂に少しの間とはいえ一人だったわけでしょ? 決まりじゃん」


「でもそのあつボンさんが”客室F”で殺されているんですわ」


「それはきっと……自殺。だって鍵が横にあって密室なんだから、それしかあり得ない」


「それはありませんわ。返り血を防ぐためにベッドシーツを使った痕跡があるのと、顔に十字の切れ込み……自殺する理由が分かりませんわ」


「罪の意識に耐え切れなかったとか……。まぁ、他殺だっていうなら、あれかな。他殺に見せかけた自殺」


「その理由はなんですの?」


「言ってみただけ。皆目見当もつきません」あおいが小さく舌を出した。「てへっ」


「もう……」みれいはまた小さく息を吐く。「ちなみに、共犯の線はなきにしもあらず、ですわよ」


「誰と誰だと思ってるわけ?」


「今黒騎士館に残っている人物全員がグル……という仮説ですわ」


 みれいは不敵に笑みを浮かべてみるが、あおいに鼻で笑われた。


「ぷっ。それはないでしょ、もしそうだったらそもそもお姉ちゃんたちを招き入れないだろうし、わざわざ死体が発見されるまでの経緯なんかを事細かに話すと思う? 何事もなくお姉ちゃんたちが一夜超えた時点でそれはナッシングかなー」


「そうですわよね……」


「ていうか、そんな殺人鬼がいるところに冴えない木先輩を一人置いてきて大丈夫だったの?」


 そこまではみれいは考えていなかったので微かに不安を覚える。だが、冴木がそれに気づいていないわけがない。きっと上手い事やるのではないのかという根拠のない自信があった。


「冴木先輩なら、大丈夫ですわ」


「ふぅん……」


 みれいが話し合えて椅子にもたれると、あおいがブラックのコーヒーを啜って眉をひそめた。みれいもブラックのままコーヒーを飲む。コーヒーには余分なものを入れないというのが、みれいの中で確立した飲み方であった。


「もう夜通し考えてて疲れましたわ……」


「お姉ちゃんってさ、昔からトラブルメーカーなところあるよね」


「えっ、そうですの?」


「無自覚なんだ……」


 みれいがそれは初耳だと首を傾げていると、ようやく萩原が目を覚ましてよだれを服の袖で拭うと、みれいとあおいを交互に眺めた。


「えっ、有栖川さんが二人いる! ド、ドッペルゲンガー!?」


「あー、また始まった。ほら、お姉ちゃんこれだよ。わたしのストレスの原因は」


「何ですの?」


「この人、わたしをお姉ちゃんだと思ったらしくて、幼い容姿になる薬がついに完成されたのかー、だとか、はたまた宇宙人にキャトルミューティレーションされて人体改造されたのかーだとか、ミステリー研究会の会長とあるまじき仮説を堂々と並べたんだよ」


「オカルトミステリーですの?」みれいは萩原に微笑みかける。「会長らしいですわね」


 みれいが堪らず笑いを零すと萩原がようやく納得いったように手を叩いた。


「そうか、姉妹だったんだな! いやぁ、これは一本取られた。面白い謎だったよ、それじゃ俺は夢の続きで有栖川さんの妹と遊んでくるよ」


「ちょっと、何勝手にわたしを登場させてんの!」再びあおいが萩原会長の足を蹴り飛ばした。


「いてっ! 蹴るのはいいけど脛はやめてくれよぉ」


 なぜ蹴るのはいいのかは分からないが、知らない間に随分と仲が良くなっているようだ。みれいは微笑ましく二人を見つめてから、ふと思い出したことを尋ねてみた。


「あの、萩原会長。夢を見るのは結構ですけど、他の方たちはどこにいらっしゃいますの?」


「うーん、あっちの部屋だよ」


 萩原会長が眠そうに隣の部屋を指差した。みれいはコーヒーを飲み終えるとそちらに顔を出す。


 広い部屋は照明が付いたままで、酒瓶やスナック菓子の袋、クラッカーのゴミなどが飛散しており、何とも異様な空間に成り果てていた。一言でいうならカオスである。

 数人のサークルメンバーは、サンタの帽子やトナカイのように茶色のタイツを履いたままぐったりと横になっている。みれいはこのパーティーに参加できなかったことを若干悔やみながら、きびすを返して萩原とあおいの元に戻った。


「随分楽しんだようですわね、でも皆変装していて誰が誰だか分かりませんわ」


「変装じゃなくて仮装でしょ? お姉ちゃんもするんじゃなかったの?」


「変装と仮装って何が違いますの?」


「さぁ、知らない。冴えない木先輩に聞いたら?」


「冴木先輩ですわ、もう」


 みれいがお決まりの訂正をして頬を膨らませていると、玄関の方からあおいの専属メイドである恵美がぱたぱたと走ってきた。


「どうしたの恵美さん? 珍しく慌てて」


「あ、ああ。あおいお嬢様……! ええっと、ですね。私すぐに警察に電話はしたんですが、その、消防車も呼んだほうが宜しいのでしょうか?」


「え? どうして消防車ですの?」


 みれいが慌てて割って入ると恵美は何故か申し訳なさそうに頭を下げる。


「その……みれいお嬢様が仰られたのは黒騎士館と呼ばれる、このお屋敷と反対の場所にある館で間違いないです……よね?」


「ええ、そうよ。それでどうして消防車が必要なんですの?」


「は、はい。それがその、煙が出ていまして……」


「煙?」みれいは一瞬顔を歪めたがすぐに合点がいった。「ああ……言い忘れていましたわ。あそこ、煙突があるんですの。きっと煙突から煙が出ているのでしょう」


「いえ、その。私もそう思ったのですが、変に黒くて不審に思ったので、屋根裏の窓まで行って双眼鏡で確認致しました」


「まぁ、申し訳ございません。ご足労をお掛けしてしまいましたわ」


「い、いえいえ。滅相もございません。それで、その……も、燃えているんです」


「え……?」


 恵美がメイド服のスカートの辺りをぎゅっと握って、声を大にした。


「く、黒騎士館が燃えているんです!」

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