ナマケモノが月音の前でゴロンと横になり、目を細めている。まるで「あとはよろしく」とでも言いたげな態度だ。その動きの緩慢さに呆れる一方で、月音の頭には一つの可能性が浮かんだ。
「ねえ、エルスト……こいつも罪人なのかな?」
月音はエルストをさん付けして呼ぶことを早々に諦めたようで、ゴロゴロしているナマケモノを指さしながら問いかけた。
隣で腕を組んでいたエルストが、興味深そうにナマケモノを眺める。
「……このアニモラで君の世界の獣の姿をしているものは、みんな罪人だ。
この態度は自ら罪を清算してほしいと訴えているように見える。だが、罪を具現化させるには君の能力が必要だ。僕が力を貸そう」
「やっぱり、食べなきゃダメ……ってこと?」
月音は眉をひそめる。先ほどのラーメンの件で、すでに精神的にぐったりしていた。
「当然だろう。そのために君をこの世界に呼んだのだから」
エルストは淡々とした口調で言うと、ナマケモノに手を向けた。低く呪文のような言葉を呟き始めると、空気がピリリと緊張感を帯びたものに変わっていく。
ナマケモノの体の周りに暗い靄が立ち上り、それが徐々に形を変えていく。やがて目の前にふわりと現れたのは、湯気の立ち昇る一皿の――
「オムライス……?」
月音は呆然と呟く。具現化されたのは、真っ赤なケチャップがかけられた見事なオムライスだった。卵はふわとろで、ケチャップの上には「ありがとう」という文字まで丁寧に書かれている。
「……何これ、泣きたくなるんだけど」
「罪だ。いったい君には何に見えているんだ」
エルストは肩をすくめると、一歩下がって腕を組む。
「さあ、食べるんだ。今度こそ食べきれよ」
月音は、オムライスを前にして深いため息をついた。もはや抗うことが無意味だと悟りつつ、彼女は浮かんでいるスプーンにそっと手を伸ばす。
「いただきます……」
スプーンをオムライスを包む卵に突き刺すと、ふわふわ半熟の卵がとろっと崩れ、中から色鮮やかなチキンライスが顔を覗かせた。ケチャップの匂いが月音の鼻の広がる。
一口、スプーンでオムライスを掬うと、恐る恐る口に運ぶ。
「……美味しい」
呟いた瞬間、体の中にじんわりと温かい感覚が広がっていく。
――これが、罪の味。
とろとろでふわふわのオムライス、の中にある、なんだろう、スパイスのような、不思議な後味。懐かしようで、新しい、実家でお母さんが作ってくれた味のようで、流行りのカフェで出される味のようでもある。月音は夢中になってスプーンを動かした。
オムライスを食べきったとき、ナマケモノの体がふっと輝き、まばゆい光に包まれた。
「あっ、ナマケモノが……!」
月音は目を細めて光を見つめた。
毛むくじゃらのナマケモノの姿が、光の中で少しずつ人間に姿を変えていく。
光はさらに強さを増して、周囲が光に満ち――月音は耐え切れずに眼を閉じる。
やがて光が収まるのを感じ、月音はゆっくりと瞳を開ける。
そこに立っていたのは、優しげな顔立ちをした青年だった。長めの金色の髪が揺れ、優しい鳶色の瞳が月音をじっと見つめている。整った顔立ちに月音はドキッとしてしまうが、なんだか懐かしさも感じる瞳だ。
「君が……ぼくを人間に戻してくれたんだね」
青年は微笑みながら、月音に近づいてくる。そしてがしっと月音の両手を掴むと、わしわしと腕を上下させる。
「わ、わっ! な、なに!?」
「ありがとう、本当にありがとう……! 突然わけのわからない世界に放り込まれたと思ったら、ナマケモノの姿になって、途方に暮れていたんだう」
月音はその言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに我に返り、肩をすくめた。
「
「えっ? 転生者?」
目の前の青年は月音の言葉に困惑したように首をかしげた。