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 ウィストの街が夕方の穏やかな喧騒に包まれる中、月音とハルキは市場を離れて宿に戻ろうとしていた。


「なあ月音、宿に帰る前にさ、少しフィオナのことを調べてみないか?

 町の人たちにちょっと聞いてみたら、なにか罪につながるようなことがわかるかもしれないし」


 ハルキの言葉に、月音は少し考え込んだ。


「……そうだね。フィオナさんが自分の罪を知らないって言ってたけど、本当にそうなのか、確かめてみたい」


 ふたりは市場の近くにある酒場に入ることにした。

 そこは街の住人が集まり、互いに情報を交換する場所でもあった。


 カウンターでひとり飲んでいる年配の男性にハルキが軽く声をかける。


「こんにちは、おじさん。この辺りのことに詳しそうだけど、ちょっと教えてくれないか?」


「なんだい、若者。珍しい顔だな。旅人か?」


「そんなとこ。でも、ちょっと聞きたいことがあってさ。フィオナって娘のことを知ってるか?」


 その名前を聞いた瞬間、酒場の空気が微妙に変わった。周囲の客がちらちらとこちらを伺いながら、口を閉ざす。


「フィオナ……町長の娘のことか。あの子もいろいろあったからな」


「いろいろって?」


 月音が身を乗り出して尋ねる。

 年配の男性は少し間を置いてから、低い声で話し始めた。


「フィオナは昔、屋敷で働いていた使用人をいじめてたんだよ。彼女よりも美しいって評判だった娘にで、それはそれは優しいいい子だったよ。それをねえ……。

 なんでも、毎日のように理不尽な叱責をして、ついには追い出してしまったらしい」


 月音は眉をひそめた。


「追い出した……その後、その人はどうなったんですか?」


「追い出された使用人はね、家も仕事も失って行き場をなくして、結局……飢えと病気で死んじまったって話だ」


 その言葉に月音は息を呑んだ。


「それ、本当なの……?」


「まあ、町の噂話だから全部が全部本当とは限らんがな」


 月音とハルキは男の言葉をかみしめながら、顔を見合わせた。



 ***



 酒場で酒を注文しようにも、この世界の通貨を持っていないことに気付いた二人は、男の話を聞くとそそくさと宿を後にした。


「すっかり金のこと忘れてたなー。あとでエルストにどうにかならないか聞かないと」


 わざと明るい声を出すハルキに対し、月音の様子は暗い。

 あの酒場の男が言っていた内容が、月音の心に暗い影を落としている。


 美しい使用人を追い出し――

 彼女は飢えと病気で死んでしまった。

 つまりは、フィオナもある意味では殺人者だ、ということだ。


 ちらり、とハルキの顔を見る。


「そんな暗い顔するなよ。わかんないじゃんか、何も」


「……」


 ハルキは、自分の罪についてどう思っているのだろう。

 何も感がていないように見えるが、そう見えるだけなのだろうか。

 そう、だろう。自分自身のことだ。自分のことがわからないなんて――きっとすごく、怖いに違いない。それなのに、フィオナの罪のことを調べて……。彼を追い詰めているのは、月音自身かもしれない。


「ハルキ、ごめん」


「え!? なにが!?」


「んーん、なんとなく! 宿に帰ろうよ。お腹すいたし!」


「宿に帰っても月音の食べれるものはないだろ」


「あ、そっか。……どうしよ」


 そう言ってふたり笑いあう。

 考えても仕方ないことを考えるのは、後回しにしたほうがいい。ブラック企業で学んだ処世術だ。


「……あれ、フィオナじゃないか?」


 突然ハルキが足を止め、道の先を指さした。指の先にいるのは、朝に町長の屋敷で猫から人間の姿に戻った少女、フィオナその人だった。

 彼女はあたりを伺うようにきょろきょろと見回しながら、街はずれの方に向かっていった。


「こんな時間に何してるんだろう」


「追いかけてみよう」


 ふたりはフィオナの後を追って、街はずれの方へと向かっていった。

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