二人はフィオナの後を追い続けた。彼女が目指しているのは街のさらに外れ、荒れた草むらが広がる場所だ。
「……どこへ向かってるんだろう?」
月音が小声でハルキに尋ねる。
「わかんねぇけど、なんかただ事じゃなさそうだな」
ハルキも眉をひそめている。
フィオナは足を止め、周囲を警戒するように辺りを見回した。そして、ゆっくりと古びた木の門をくぐり、崩れかけた教会のような建物の中に入っていく。
二人は門の陰に隠れ、彼女の後を追うべきか迷った。
「なんでこんなところに……?」
月音がつぶやいたその時、教会の中から低い男性の声が聞こえてきた。
「遅かったな、フィオナ」
二人は顔を見合わせた。明らかにフィオナと会う約束をしていた人物がいるようだ。
「エルストだ……」
月音は思わず声を漏らす。その声にハルキが慌てて月音の肩を押さえた。
「声がでかい!バレるぞ!」
二人は息をひそめ、門の隙間から中の様子を覗き込む。
夕陽が差し込む教会の中に、長い外套を羽織った男――エルストが立っていた。穏やかな微笑みを浮かべているが、その目はどこか冷たい光を帯びている。
「わざわざ呼び出してすまないな」
エルストの声はどこか優しげだったが、その裏に隠された意図を感じさせる響きがあった。
「あなたの頼みを断れるわけないじゃない」
フィオナは吐き捨てるように言いながら、エルストに視線を向ける。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろう。僕が君を猫の姿から救ってあげたんだから」
「あなたねえ……! まあいいわ。それで、話って何なのよ」
エルストはフィオナの言葉を受けて、ゆっくりと顎に手を当てた。
「罪食みの少女と、異世界の男についてだ」
エルストの言葉に、月音は胸の奥に嫌なざわつきを覚える。エルストの笑みはどこか嘘くさい――それに、彼がここで何をしようとしているのか、明確な意図が感じ取れない。
「……どうする?」
ハルキが月音にささやく。
「様子を見よう。まだ動かないで」
二人はその場に身を潜めたまま、教会の中の会話に耳を澄ませた。
フィオナは疑いの色を隠さないまま彼を睨みつけた。
「今日あなたと一緒にいたふたりのこと?」
「ああ。二人にはくれぐれも僕と君との関係については言わないでほしいんだ」
フィオナは大きくため息をつく。
「わかってるわよ。というか、誰にも言えるわけないじゃない」
「君の父上は、感づいているようだがな」
エルストの言葉に、フィオナはさあっと顔を青ざめる。
「罪人の罪について、僕は世界に公表するつもりはない。安心したまえ」
「……」
フィオナはエルストを睨みながら、苛立ちを隠さない。
「怖がらなくていい、フィオナ。君の『罪』はもう罪食みの少女が喰らったんだ。君はもう罪人ではない。好きなように生きていいんだ」
「……そんなの、わからないわよ」
フィオナは視線を逸らし、俯いた。その手がわずかに震えているのを、エルストは見逃さなかった。
「大丈夫だよ。君は一人じゃない――そうだろう?」
エルストはそう言って、優しくフィオナの肩を叩いた。
月音はその光景を見つめながら、エルストの存在に不安を募らせていく。この男は一体何者なのか? そして、なぜフィオナとこんな場所で密会しているのか?
ふと、月音はハルキに視線を向けた。
「ねえ、やっぱりフィオナの『罪』って……」
「……ああ、そうなの、かもな」
ハルキはやけに真剣そうな顔で、二人の会話を盗み聞いていた。