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三話 嚢中の物を探すが如く…とはいかず 其之二

 鳶目兎耳えんもくとじ学術院へおもむいた青年態モミジは大図書館へと向かう。扉を抜けて受付へ利用許可証を提示すれば、腰にいた刀の武装解除及び受付へ預けることを条件に入館許可を得る。

「無くさないでくれよ司書のお姉さん」

「大事なものならば家に置いてくればいいのに…」

「手ぶらで外を歩くなんて、臆病者の俺には難しいの。そんじゃいつも通り宜しく」

 司書はモミジの事を不思議に思いながらも確かな重さのある刀を受付の奥へしまい、黒髪の彼を目で追う。一年ほど前から現れるようになった学術院に所属しているわけではない青年、図書館の利用許可を受けた外部の者は少なからず存在しているのだが、数は多くない。「態々学術院の許可を取り付けてまで…」ということなのだろう、外部利用者の多くは学術院を卒業した者や特定の局に務める者たちだ。

(あの子、魔導具の研究室にも顔を出しているみたいだし、教授や博士とか誰かの御子息とかなのかな?でも佳音かいんなんて人いたっけ?)

 黒髪蒼眼のモミジはコウヨウ=佳音かいんと名乗っており、ヒノキが手を回してその名前で学術院図書館の利用許可証も取り付けた。

 足を向けた先は魔導具関連の一角。モミジの離れにもそれなりの蔵書を保有しているのだが、やはり本物の図書館に敵うはずもない。魔導銃に関する書籍を探しては何冊か抜き取り、閲覧用の個室へと入っていく。中での行動を確認できるよう小窓の設けられた個室は、利用許可証を把手とってかざすことで簡易封印魔法が施され、施錠及び防音効果が発動する魔導具が設置されており快適な研究、学習が行える仕組みとなっている。

 簡易封印は司書や図書館管理職員により解除することもできるので、内部で不審な行動をしていれば彼ら彼女ら突入してくる手筈で、その為の武装解除となっているのだとか。

 さて、開かれた本には魔導銃や魔晶弾に関する文言が事細かく記されているのだが、魔法陣そのものは記載されていない。魔導具の密造や安全の対策措置や企業秘密なのだが、モミジもそんな事は百も承知している。実験や構想の記録を素にするため本から情報を浚うのだ。

(この辺りか、魔晶弾に於ける魔法陣の基本構想。一層の魔法陣で魔晶弾を構成する場合は、魔力弾の分散を行わないと過剰魔力暴走による威力増加が著しく、制御が著しく難しくなる、と。蛇撃弾みたいな小径霰弾さんだんは製造過程を大幅な短縮を望める代わりに、他への応用が利き難いのか)

 根本からやり方が間違っている事を悟ったモミジは、複層や立体の魔法陣を作る可く読み進めていく。

立体内飾刻陣りったいないしょくこくじんける構成順での必要魔力と威力の推移。――――、立体での順序にも様々な差異が出ると。結果を見るに魔法陣後方に制御を入れた、方向制御型が優秀そうだから取り込んでいこう)

 しっかりと先人たちの知恵と記録を読み解いていくモミジは、尻尾を遊ばせながら楽しそうにページめくる。


「どーも、帰るんで刀返してほしいんだけど」

「はい、どうぞ。そういえばコウヨウくんにお客さんが来てましたよ、魔導部のアケビ博士。集中して本を読んでいる姿を見て、声も掛けずに帰ってしまいましたが」

「そうなんだ、魔導部寄ってくとするわ。またな、司書のお姉さん」

「またお越しください」

 ころころと少年然とした表情で笑うモミジを見送り、司書は職務へ戻る。


 学術院には勿論のこと通い学ぶ学生がいるわけで、授業の合間合間の時間には彼らとすれ違う。

「お、佩刀はいとうのキミじゃないか。今日も来ていたのかい」

 眼鏡の男龍人が立ち止まっては、気さくにモミジへと手を降っている。

「勉強にな。そっちは講義終わり?」

「昼前の部はね。これから食堂へ行くつもりだけどキミもどうだい?」

「もう昼か。…今日はいい、魔導部に行く予定なんだ」

「そうか、機会があったらまた話しでもしよう。またね」

「またな」

 不遜な態度のモミジだが、眼鏡の学生は気にした風もなく去っていく。

(…、今更だが結構顔を覚えられてるな、…いや武器を持っている都合ってのもあるんだろうが。溝鼠どぶねずみの処は自衛手段があるから問題ないにしても、学術院に迷惑を掛けるのは避けたい。…水蛇なんかを襲撃する際は顔を隠すか、黒髪以外でやるとしよう)

 個人情報を大切にしよう、とモミジは心に留めて魔導部へ入った。

「よーっす。博士、俺になんか用があった?」

「やあコウヨウくん。実は如何物いかもの察知の魔導具の試験型が完成してね、これから実験を行おうと思っていたんだよ」

「随分と早い出来だな」

「キミという情報筋があるからね!当日から皆で頭を悩ませ考えていたんだ」

「如何物の察知が逸早いちはやく行えて、魔導具通信なんかで周囲に知らせられれば、今より如何物被害が減らせると思い大急ぎで理論を組み立て、試作品を作ったのだよ」

「いやはや、何故今まで我々龍人は如何物を見つける方法を考えなかったのだろうね!」

「如何にも」

 魔導部の面々は自信満々に頷いてモミジを迎え入れている。

「『考えには至るが完成しなかった』若しくは『費用対効果が見合わなかった』ってところだろうな先人たちが実用化してこなかったのは」

「ふむ、そう言われると不安になるが、我々とて早急に図書館の資料を浚ったのだよ」

「なかったのか?」

「意外にも。如何物の出現場所は大断層周辺が主で、それ以外は然程多くないのが目をつけなかった理由だと思う」

「簡単に思いつく事は、だいたい先人が考えていた事だと相場が決まってるんだが、まあいいか」

 そうこうしているとガラガラガラと台車に乗せられた高さ五尺はありそうな大樽が運ばれてきて、あちこちに魔晶を装着していった。

「成る程、試験型だ」

「はっはっは、実用化は我々の仕事ではない!」

「これで埋もれるのなら、そういうことなんだろうね」

「まあよくあることだ」

 魔導具の準備を終えると今度は如何物の準備。実験用に飼育されているそれを連れてきては、檻から飛び出さないよう魔導部の博士たちが封印を施していく。

 豚のような如何物『豚舌ぶたじた』、草食性の如何物で実験によく使われる程に危険性は低いのだが、おぞましい程の食慾しょくよくをしており一匹逃がせば一時2時間と待たずに、畑が荒地に変わるほどだという有害極まりない存在だ。

 繁殖力は高いが、体内に生成する魔晶も小さく数が少ないので、倒した労力に見合わない相手。そう、百害あって一利もない如何物である。

 モミジは鞘と柄を手に持ち、一応の警戒を露わにすれば。

「前に一回やらかしてる…というかコウヨウくんとはそれが出会いだったか。あの事件後に封印魔法講習を受けているから問題ないよ」

 アケビ博士は照れ笑いしながら確実に出れないよう封印魔法を施して、息を吐き出す。

 彼ら魔導部の面々と出会ったのは学術院で如何物が脱走した事件に始まり、偶然その場に居合わせたモミジが警備員よりも早くに如何物の三匹を対処した事が切っ掛けだ。運良く事件での被害者はなし、魔導部の施設が一部破壊されたが、博士たちの安全の向上を理由に封印魔法の講習を受けることで収まりを見せた。

「一応な一応。俺も封印魔法には多少の覚えがあるから、大丈夫だというのも理解できるが、用心は前にありというだろう。あんたら博士たちが此処を解雇されたら俺が困るんでな」

「武術に魔法の腕が十分で、魔導具の研究と勉強熱心。とんでも優良物件なんだけど、何時になったら学術院へ入院してくれるのかな?」

「…未だ先だ」

(随分気に入られちゃったが、俺自身は七つの子供なんだよなぁ。……コウヨウ名義で入れないことはないが、学生として勉学を全うするのは難しいし)

「若しも学費を心配しているのなら、私の実家からいくらか工面することが出来るけども」

「そっちは問題ない、余裕だ。…見ての通り色々と事情があるんだ、大目に見てくれ」

 錆鰯さびいわしでない、綺麗に整った見呉みてくれだけでない打刀うちがたなを佩用し、鳶目兎耳学術院の図書館利用許可がすんなりと下りる、それなりの身分をした青年。というのに護衛のごの字もなく一人で出歩く姿は中々に不釣り合い。察した一同は口をつぐみ作業へと戻る。

「それじゃあ起動しよう。これがどれだけの距離に効果があるか確かめたいから、起動後は音が聞こえなくなるまで如何物の入れた檻を台車で移動してもらうから」

「了解」

「実験を始めよう!『吹螺貝すいらばい』」

 アケビが詠唱をするとゴゴオォォオと地獄の蓋を開けるが如く耳障りな重低音が吹螺貝から響き渡り、モミジは眉をひそめならがも構えは解かずに台車で運ばれる如何物へ追従する。

 部屋を出ては廊下を進み、一〇間18メートル程で感知範囲を抜けたのか音が静かになった。

「これ、この騒音は怒られないのか?」

「講義中じゃないから大丈夫だ。それに昨日怒られたから今日は問題ない」

「…何が問題ないんだ…。まあいいや、この樽と沢山の魔晶って音を出すための機構だろ?」

「そうだね。根幹となる感知の魔法陣を刻んだ魔晶はこれ」

「見ても問題ない?」

「うーん。今のコウヨウくんは完全部外者なんだよねぇ」

「一時協力者として認可を貰えばいいのでは?利用許可証に我々の署名を加えれば、特定部署の仮員として加えられる制度、有ったはず」

「あーそれなら窓口で出来た気がする、私達とコウヨウくんで行けば問題なく認可が下りると思うけど」

「悪くないね、コウヨウくんもどうだい?」

「勿の論、答えは一つ!」

 モミジと魔導部の面々は大手を振って総合部署窓口へ押しかけて認可を取り付け、一時協力者としての地位を得る。

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