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三話 嚢中の物を探すが如く…とはいかず 其之三

「『ひらけ瞳の光泉こうせん仙眼鏡せんがんきょう』」

 いつもの魔法陣の視認強化を行うための魔法を起動して、モミジは拳大はあろう魔晶の内部を検めていく。

「これを此処数日で作り上げたのか?」

「未だ荒削りだけどね。突き詰めていけばもっと小型化もできるだろうが、そういう効率化は魔導局やこれの権利を購入する企業や事業所付きの研究者が行うことだ。我々としてはこれを学術院の成果として大々的に発表するだけさ」

「…なるほどねぇ。ちょっと紙と筆貸して」

「はいよ」

 机の魔晶を置いたモミジは内部に刻み込まれた魔法陣を眼で解析し解体、紙に必要な部分を書き連ねる。

「「「……。」」」

 自身らの作り出した立体内飾刻陣りったいないしょくこくじん式魔法陣がすらすらと解体されている様には、ただ固唾を呑み込んで黙っていることしか出来ず、目の前で作業している青年の化け物っぷりに驚きしきりであった。

「もうこの段階で擬式ぎしきまで組み込むんだ。…まあそりゃそうだよな、研究成果を盗まれちゃわけないんだし、ふむ。となると…、根幹の魔法陣、最低限動かす為の魔法陣はこの辺りで正解?」

「あ、ああ、大正解だ。コウヨウくん、キミは…何者だい?」

「言ったろ色々事情のある身の内なんだ。これを口外したり他所へ流したりすることはないから安心してくれ」

「そういう心配はしていないけども。ふむ、書き出しながら分類分けもしていたのか、この辺りに纏められているのが範囲を強化をするための陣だね」

「こっちは音響伝達だよ。…いやぁ綺麗な解体っぷりだね、実は結構な若作りで魔導局で解体作業している作業官だったりしない?」

「残念ハズレ」

「なんだ、いい線いってると思ったんだけどなぁ」

(半分くらい正解だけども)

 彼是話し合っていき、魔法陣の構造なんかを見直したり、発表の準備をしていればモミジが口を開いて。

「これをさ、個人利用できる範囲まで小さくして魔導局の認可取り付ける事って出来る?」

「個人利用かぁ…」

「かなぁり範囲が絞られちゃうかな」

「どれくらい?」

「今のところだと…三間二尺6メートルが精々?」

「それくらいだろうねぇ」

「流石に範囲が狭すぎるか。今さ、この都陽前みやこひぜんへ違法に如何物を運び込んで、胸糞悪い事をして繁殖させている悪党が潜んでる。それらの根城を効率よく調べられれば、俺としては万々歳なわけなんだけど」

「今日明日の実用化は難しいね」

「コウヨウがどうしてそんな事をしているかは聞かないが、焦ったところで逃してしまっては意味がない。魔導局と軍務局、警察局が動くのを待った方がいい」

「そうだね。コウヨウくんは未だ若い、理由がどうあれ生き急いではいけないよ」

 魔導部の面々の諭すような声色に、モミジは一度深呼吸をしてから見据える。

「悪ぃ、ちょっと焦ってたかも。あんがと」

「聞き分けが良いのはコウヨウくんの美徳だ。…まあでも個人用も一応のこと考えておくよ」

「感謝する。それじゃ発表だかの準備を手伝うけど、何したらいい?」

「そうだね、―――」

 一時協力者としての名目を果たすため、モミジは魔導部の博士たちを手伝う。


(ちと疲れてきたし…帰って休むとするか)

「悪い、そろそろ帰るわ…ふあ」

 欠伸をしたモミジは立てかけていた刀を腰に収めては、ひらひらと手を振る。

「助かったよ、寄り道しないで帰るように」

「気を付けてな」

「おう」

 二時4時間強、魔導部に籠もっていたモミジはゆったりとした足取りで学術院を後にし、小翼竜の姿で離れに戻り部屋の長椅子に横たわる。

夕餉ゆうげまでは時間があるし、……軽く昼寝とでもするか。朝から今までずっと変身しっぱなしだったってのもある…か)

 モミジがうとうと長椅子で微睡んでいれば、離れの入り口から物音が聞こえてきて、目を覚まし確認する。

「モミジー、今日は私たちの離宮で夕食にしない?」

 顔を見せたのはサクラと彼女専属の侍女。この離れにやってくる率が一位のお二人だ。

「んー、まあいいけど…ふあぁ」

「もしかしてもうお眠なの〜?」

「今し方、昼寝しようと横になったところなんだ」

「そうなんだ。悪い事をしたみたいね、ごめん」

「全然良い、構わん。とりあえず少し寝て、起きれたら離宮へ向かう。来なかったら寝てるものだと思ってくれ」

「なら、私が待ってて起こしてあげる!」

「……はいはい、それじゃ扉を開けるから待ってろ」

 気怠気けだるげに部屋を移って扉を開けば、むふっとした表情のサクラが待っており、部屋へと入ってくる。

「刀とか魔導銃とかあるから保管庫と俺の私室には入らないように。図書保管庫も一人じゃ入らないようにな、本が落ちてきたら危ないし」

「何言ってるの?私はモミジの寝顔を特等席で眺めるんだから移動しないの」

 我先に長椅子へ腰掛けたサクラは、自慢気な表情で自身の腿をぽんぽんと叩き、膝枕をしたがっている。お姉さん仕草なのだろうか。

「流石に恥ずかしいんだが…」

「えー減るもんじゃないし、いいじゃない」

「逆だよ逆、それ言うのはさ。…はぁ、仕方ないか」

 仕方なしに長椅子まで歩いていったモミジは、サクラの隣へ腰掛けてから期待交じりの眼差しを直に受けて、怖々《おじおじ》と身体を傾けていった。

「足が痺れたら言えよ」

「うん!こほん、よいぃこ〜ねむぅれよ〜、ねむりぃなんや〜」

「子守唄なんて聴いたのは何時以来だろうな…、母さんや乳母が面倒見てくれてた時か」

 サクラの唄う子守唄を聴いていれば、だんだんと眠気の波が寄り返して来て、モミジは瞼を閉じ寝息を立て始める。

「――――〜♪」

(本当に寝ちゃった)

(普段お仕事やお勉強、公に出来ない事など一人頑張ってらっしゃいますし、お疲れなのかもしれません)

(私よりも年下なのにテンサイ様やお祖父様のところを離れて一人暮らし…、祝福の銀眼があると言っても大変よ。…それ絶対寂しいわ)

 普段と違って稚気あどけなげなモミジの寝顔を見下ろしているサクラは、彼の頭を起こさないよう優しい手つきで撫でては微笑む。ちょっとばかりの勝ち誇った色を混ぜながら。

 その後、サクラは侍女と密々声で話しながら時間まで過ごし、モミジが置きたあとは足が痺れたと侍女に背負われて離宮へ帰るのであった。


―――


「改良型の単一魔晶、立体内飾刻陣式。第一射」

 図書館での勉強後から一〇日が経って、何度かの失敗を重ねたモミジ渾身の一品。

 手を変え品を変え、魔法陣構成の配置換えを行ったり陣の見直し、新たな陣を組み上げたりしても尚、小径蓮根拳銃型魔導銃では上手くいかず。行き詰まった際に魔導部で博士らに尋ねてみた結果、魔導銃そのものの口径と装填可能な魔晶が小さく、魔法陣を刻み込むのが難しいのだと教わった。

 魔導銃そのものの変更をお勧めされたものの、どうせ始めてしまったことだからと色々と教わり、漸く漕ぎ着けた新天地へ足を掛ける。

 引き金へと力を込めればモミジの魔力が魔導銃を通して魔晶へと到達。短期間で過剰な魔力が注入されたことにより、魔晶は魔法陣を起点に崩壊を引き起こし一発の魔力弾となって銃腔じゅうこうを駆け抜け、モミジが狙っている混凝土こんくりいとの的へと命中し威力のままに貫通後魔法障壁へと衝突し掻き消された。

「よしっ!魔力の均一化構造を組み込んだ上で真っ直ぐ飛び、低くない威力!難しいだけで出来なくないんだな!」

 弾倉に残る残り四発で的に穴を穿ち、問題ない事を確かめてから、同じ魔晶弾を用意して記録を残す。

(そこそこ手の込んだ魔法陣を用意した影響で、一般的な魔導銃を用いたほうが費用対効果は良いが、それはそれ。……兄貴が用意した魔導具と魔晶以外を部屋に置くのは、色々と面倒が起きかねんからな。それじゃ魔導局を呼びつけて図面や記録、実物の審査をさせて認可をもらうとするかな)

 モミジは小躍りしながら様々準備を行い、足を運んだ魔導局の面々から『対小型たいこがた如何物いかもの想定の小口径しょうこうけい魔晶弾ましょうだん』という名目で認可を取り付けた。

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