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四話 空中飛躍

(刀と魔導銃まどうじゅう、魔導銃を収める銃嚢じゅうのう、いざという時に顔を隠せる仮面、これらに財布まで持つと流石に荷物が多くて不便だ。財布だけなら)

 『包宝蔵ほうほうぞう』とモミジが詠唱を終えて指を鳴らせば机に置かれた財布は綺麗サッパリと消え去って、『解帳とけるとばり』と詠唱すれば再び目の前に姿を表す。特定の物を一つだけ亜空間へしまい込む事のできる便利な魔法なのだが…。

しまえるのは一つのみだし、今現在の精度だと最低限魔法名の詠唱が必要で面倒。というか財布を出す度にこれらを使用するのは流石に市井を舐めすぎている、俺もそこまで俗世から乖離していない)

 魔法を等級分けするのであれば高等に当たるため、おいそれと使っていれば間違いなく浮く。とはいえ魔導銃一式を収めてしまえば、戦闘時に取り出すのはもっと面倒だと考えて、モミジはヒノキの許へと移動する。

 小翼竜の姿になったモミジが執務室を覗いてみるも本日は不在。

(今日は議会の日じゃないから、謁見場えっけんじょうを見てみるか)

 手摺てすりからあしゆびを離して飛び去ったモミジが謁見場の窓に張り付いてみるが此方も不在、仕方無しに執務室へ戻って貼り出しの手摺で待っていれば側近と共に姿を見せて、ヒノキは小翼竜と目が合う。

「オオバコ、窓を」

「畏まりました。………、どうぞ殿下」

「ありがとう」

 朗らかそうな容姿の男龍人である側近のオオバコはモミジの能力を知る一人のようで、驚いた風もなく変身を解いた彼に入室を促す。

「態々《わざわざ》待っているなんて、なにか用事でも出来たか?」

「そんなとこ。市井に出る時の荷物が多くなっちまったから、鍵をもらいたいんだ」

「鍵か。別に用意はするが、荷物って何があるんだ?刀と財布と、この前に用意した仮面と」

「魔導銃と銃嚢、この二つは最初から腰に巻く心算つもりだが、予備用に魔晶弾も持ち歩きたい。動き回ると財布も邪魔だし、鍵があれば掏摸スリに盗まれる心配もないだろ?」

「納得した。オオバコ、手配を頼めるか?」

「お任せあれ。では到着次第、殿下の砂糖楓宮さとうかえでのみやにお届けしますのでお待ちを。……、代わりと言ってはアレなのですが、一つお仕事をお願いしても?」

「いいぞ、元よりその予定だった。…しかし改めて言うってことはいつもの違法魔導具の解体封印作業じゃないのか?」

「はい。私事わたしごとになってしまい申し訳ないのですが…。我が築六つきろく家に仕えていた魔法師が一人、病にふせせってしまい魔法障壁の更新が迫っているのです」

 困り顔のオオバコは尻尾を丸めて、非常に申し訳無さそうにしている。

「更新が迫っているって、築六家が魔法師に困ることなんてそうそうないだろうに」

「いえ、臥せっている魔法師が優秀すぎたが故に、今現在張られている魔法障壁を解くことに苦戦しているのです。自然に解けるのを待っても良いのですが…」

「オオバコは兄貴に仕える側近だ、その時に合わせて襲撃でもあれば困ると」

「ええまあ。対処できないこともありませんが、そういった煩わしさを払拭して仕事に臨みたいので。如何でしょう?」

「さっきにも言ったが請け負う、オオバコは兄貴の右腕、いくらでも力になってやるよ。一応のこと護りは厳重に頼むぞ」

「有難う御座います殿下」

 慇懃いんぎんに頭を垂れたオオバコは、姿勢を戻しては手帳を開き予定を詰めていく。

「三日後の七之時13時は問題有りませんか?」

「俺は未だ子供だからな、何時でも空いている」

「家の者には伝えておきますので、青年の、黒髪蒼眼の姿でお願いします」

「その顔、学術院とか悪徒退治で良く使ってるから、…金髪蒼眼の眼鏡で行く。少し軽薄そうな衣装をした、…色付きの眼鏡でも掛けてな」

「委細承知しました。モミジ殿下をお借りしますね、陛下」

「構わん構わん。市井で悪党共と乱痴気どんちゃん騒ぎしているより全然いい」

「俺にゃ政や社交なんていうのは全然さっぱりでね」

「やろうと思えば出来るだろうに。まあ性分が合わなそうではあるが…」

「そういうこと。そっちじゃ力になれないから、俺は俺のやり方で天下泰平の、優れた治世の為の一端を担うのさ」

「お互いに頑張りましょうね、殿下」

「おう、こっちは任せたぜオオバコ。あっ、そうだ、もう一個思い出したんだけど―――」

 そういってモミジはもう一つ追加の頼みを言っては、執務の邪魔をしないよう部屋を後にした。


(築六屋敷の様子見でもしておくか)

 小翼竜の姿で築六屋敷へ向かっていると、飛行中のモミジへ影が差す。

尨羽むくはか)

 小翼竜態のモミジより一回り半大きく、鳥のように全身が羽毛状の錆色鱗で覆われた肉食翼竜。空宙での狩りを得意とする尨羽に狙われれば、モミジと同等か彼より小さい翼竜、鳥類は一溜りもない…のだが。

(ちと遊んでやろう、角鱗かくりん竜系りゅうけいの放魔推進を見せてやる、付いてこいよ羽鱗うりん竜系りゅうけい

 翼が翼膜と細鱗さいりん管骨くだぼねで構成されている翼竜が主とする飛行方法は高所から低所に下っていく滑翔かっしょうなのだが、一度下りてから再び高所へと移動するのにやや苦労してしまう。それらを解消したとされるのが、翼膜上部に存在している細鱗の付け根から魔力を放出し推進力とする放魔推進ほうますいしん。何時からこういった器官を生み出されたのかは定かではないが、空を自身らの縄張りとして覇権を得ることとなった切っ掛けの一つには違いなく、考古学者たちは化石を素に激しい議論を日夜繰り広げている。

 ちなみに羽鱗竜系とは翼膜や細鱗を持たない、より鳥類に近い飛翔方法を主とする竜たちの総称。

 翼を羽撃はばたかせながら両翼に魔力を流したモミジは、上空から急行落下で迫りくる尨羽を嘲笑うかのようにくるりと旋回してから爆発的な加速を行う。角鱗竜系が羽撃くのは両翼に魔力を流すための事前準備であり、そこが僅かな隙になる、…はずだった。

 基本的に放魔推進といっても風を捉えるよりもやや強い力を得られる程度のものに過ぎず、狩人たる尨羽の急襲から逃れるのは難しい。ならば何故、それは意外にも簡単な理由で魔力量が起因している。素が龍人であるモミジは小翼竜とは掛離れた魔力量を有しており、無駄遣いをしても問題ない。故に急加速のような“無駄”な動きを出来るのだ。

 急降下した尨羽は喧しく翼を羽撃かせてはモミジ目掛けて高度を上げて、後ろへ引っ付いて来て、鋭利な牙が立ち並ぶ口を開閉しては喰らいつこうと試みるのだが、相手は素早く動きに小回りが利き簡単には尾先さえつかませない小翼竜。次第に苛立ちが募って行動が雑になっていく。

(それなりに良い翼を持っているだけに惜しいな、短気すぎるぞ)

 やや疲労も見えた噛み付きの瞬間に、モミジは翼を無理繰り上向けたまま魔力を放出、小さな身体にのしかかる重力に表情を顰めながらくるりと縦回転、尨羽の後方を取ったと思ったら再加速で相手の背に乗って見せた。

(俺の勝ちだぜ、尨羽)

 背を掴まれる、というのは空での戦闘に於いて死を意味する。ジッとモミジの出方を伺って身体を硬直させていた元捕食者は、背から降りて飛び去っていく勝者を瞳に焼き付けながら上空で帆翔はんしょうする。


(富裕街ってのは上手く変身出来る裏路地なんか無くて困るな、…オオバコがそれなりに遠い場所を合流地点に指定した理由がよく分かる)

 変に警備やなんかに見つかっても困るので、翼竜態のまま地面へと降りてトテトテと歩き築六屋敷を眺めていく。とはいえ声帯を持たないが故に詠唱が出来ない都合上、『仙眼鏡』も使えないので何となくの魔法障壁を確認する程度しか出来ない。

(当日、詳らかにすれば十分だろうが、どうせ来てしまったのだから色々見て回らんとな)

「……。」

 一応のこと怪しくないように道を闊歩していたモミジだが、正門に近づいたところで屋敷の警備の一人と目が合ってしまう。直ぐに飛び立てるように翼を半分広げ姿勢を低くすると。

「落ち着いて落ち着いて、僕は悪い人じゃないんだ。キミ変わった翼竜だね、何処から来たの?よしよーし」

 仕事中にも関わらずだらしない表情でにじり寄ってきた警備は、翼竜が好きなようで物珍しいモミジの姿に興味を隠せないでいた。

 モミジは翼を広げて身体を大きく見せる威嚇をし、警備を近づけないよう試みるも、相手は一度慄いただけで身体を屈めてゆっくりと近寄ってくる。

「お前、何やってるんだよ…」

「え、いや!珍しい翼竜が、あぁっ!」

 もう一人の警備が相方の様子を見に来た瞬間、彼に驚いた風を演じて飛び立ち、上空をくるくると帆翔して様子を見ることにした。

(あんまりこっちには来ないでおこう…)

「この辺りじゃ見られない種類、もしかしたら新種だったかもしれないのですよ」

「…こんな大都会に新種なんているもんなのか?まあいい、オオバコ様から連絡があってな、三日後に魔法師がやって来て魔法障壁を張り替えるみたいなんだ。張り替えが終わるまでの期間、翼竜にかまけて警備を怠らんように」

「はいっ!…あぁ、遠くに飛んでいってしまいました…」

「…。」

 青筋を立てる上長の機嫌を取るべく平謝りした警備は、ふと疑問を口にした。

「然し、この魔法障壁の張り替えをするということは、魔導局辺りでしょうかね?」

「いや、オオバコ様個人の知り合いらしい」

 などと会話をしながら警備たちは敷地内へ戻っていく。


 離れに帰る最中。後を追いかけてくる一匹の翼竜の姿を確認しつつも、襲いくることがなかったので放置を決め込んでいたモミジ。

 だが障壁を抜け、離れの内から外の様子を伺ってみれば尨羽が障壁より外で地面に降り立ち、ジッと彼を見上げていた。

(うーん、尨羽は群れない翼竜で上下関係を持たない筈なんだが。懐かれたとか?)

 小型の翼竜は鳥類のように餌を与えるとある程度は気を許すのだが、尨羽のように半中型翼竜というのはそれなりに気難しく、愛玩化されていない。

 とりあえず本来の姿で離れを出て、障壁の外側で佇んでいた尨羽に近づくと、一度首を傾げて左右に跳ねた後、横行な足取りでモミジの目の前までやってきた。

「なんか用でもあるのか?…って龍人語なんぞ分からんよなぁ、まあいいか悪さしないように」

 懐くことのない翼竜へ簡単な忠告をして離れへと戻っていくと、後を追って正面口から尨羽も敷地内に。

(この大きさなら障壁にも弾かれないだろうから放っておこう)

 そう決めてモミジは離れで仕事を行う。

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