(刀と
『
(
魔法を等級分けするのであれば高等に当たるため、おいそれと使っていれば間違いなく浮く。とはいえ魔導銃一式を収めてしまえば、戦闘時に取り出すのはもっと面倒だと考えて、モミジはヒノキの許へと移動する。
小翼竜の姿になったモミジが執務室を覗いてみるも本日は不在。
(今日は議会の日じゃないから、
「オオバコ、窓を」
「畏まりました。………、どうぞ殿下」
「ありがとう」
朗らかそうな容姿の男龍人である側近のオオバコはモミジの能力を知る一人のようで、驚いた風もなく変身を解いた彼に入室を促す。
「態々《わざわざ》待っているなんて、なにか用事でも出来たか?」
「そんなとこ。市井に出る時の荷物が多くなっちまったから、鍵をもらいたいんだ」
「鍵か。別に用意はするが、荷物って何があるんだ?刀と財布と、この前に用意した仮面と」
「魔導銃と銃嚢、この二つは最初から腰に巻く
「納得した。オオバコ、手配を頼めるか?」
「お任せあれ。では到着次第、殿下の
「いいぞ、元よりその予定だった。…
「はい。
困り顔のオオバコは尻尾を丸めて、非常に申し訳無さそうにしている。
「更新が迫っているって、築六家が魔法師に困ることなんてそうそうないだろうに」
「いえ、臥せっている魔法師が優秀すぎたが故に、今現在張られている魔法障壁を解くことに苦戦しているのです。自然に解けるのを待っても良いのですが…」
「オオバコは兄貴に仕える側近だ、その時に合わせて襲撃でもあれば困ると」
「ええまあ。対処できないこともありませんが、そういった煩わしさを払拭して仕事に臨みたいので。如何でしょう?」
「さっきにも言ったが請け負う、オオバコは兄貴の右腕、いくらでも力になってやるよ。一応のこと護りは厳重に頼むぞ」
「有難う御座います殿下」
「三日後の
「俺は未だ子供だからな、何時でも空いている」
「家の者には伝えておきますので、青年の、黒髪蒼眼の姿でお願いします」
「その顔、学術院とか悪徒退治で良く使ってるから、…金髪蒼眼の眼鏡で行く。少し軽薄そうな衣装をした、…色付きの眼鏡でも掛けてな」
「委細承知しました。モミジ殿下をお借りしますね、陛下」
「構わん構わん。市井で悪党共と
「俺にゃ政や社交なんていうのは
「やろうと思えば出来るだろうに。まあ性分が合わなそうではあるが…」
「そういうこと。そっちじゃ力になれないから、俺は俺のやり方で天下泰平の、優れた治世の為の一端を担うのさ」
「お互いに頑張りましょうね、殿下」
「おう、こっちは任せたぜオオバコ。あっ、そうだ、もう一個思い出したんだけど―――」
そういってモミジはもう一つ追加の頼みを言っては、執務の邪魔をしないよう部屋を後にした。
(築六屋敷の様子見でもしておくか)
小翼竜の姿で築六屋敷へ向かっていると、飛行中のモミジへ影が差す。
(
小翼竜態のモミジより一回り半大きく、鳥のように全身が羽毛状の錆色鱗で覆われた肉食翼竜。空宙での狩りを得意とする尨羽に狙われれば、モミジと同等か彼より小さい翼竜、鳥類は一溜りもない…のだが。
(ちと遊んでやろう、
翼が翼膜と
ちなみに羽鱗竜系とは翼膜や細鱗を持たない、より鳥類に近い飛翔方法を主とする竜たちの総称。
翼を
基本的に放魔推進といっても風を捉えるよりもやや強い力を得られる程度のものに過ぎず、狩人たる尨羽の急襲から逃れるのは難しい。ならば何故、それは意外にも簡単な理由で魔力量が起因している。素が龍人であるモミジは小翼竜とは掛離れた魔力量を有しており、無駄遣いをしても問題ない。故に急加速のような“無駄”な動きを出来るのだ。
急降下した尨羽は喧しく翼を羽撃かせてはモミジ目掛けて高度を上げて、後ろへ引っ付いて来て、鋭利な牙が立ち並ぶ口を開閉しては喰らいつこうと試みるのだが、相手は素早く動きに小回りが利き簡単には尾先さえつかませない小翼竜。次第に苛立ちが募って行動が雑になっていく。
(それなりに良い翼を持っているだけに惜しいな、短気すぎるぞ)
やや疲労も見えた噛み付きの瞬間に、モミジは翼を無理繰り上向けたまま魔力を放出、小さな身体にのしかかる重力に表情を顰めながらくるりと縦回転、尨羽の後方を取ったと思ったら再加速で相手の背に乗って見せた。
(俺の勝ちだぜ、尨羽)
背を掴まれる、というのは空での戦闘に於いて死を意味する。ジッとモミジの出方を伺って身体を硬直させていた元捕食者は、背から降りて飛び去っていく勝者を瞳に焼き付けながら上空で
(富裕街ってのは上手く変身出来る裏路地なんか無くて困るな、…オオバコがそれなりに遠い場所を合流地点に指定した理由がよく分かる)
変に警備やなんかに見つかっても困るので、翼竜態のまま地面へと降りてトテトテと歩き築六屋敷を眺めていく。とはいえ声帯を持たないが故に詠唱が出来ない都合上、『仙眼鏡』も使えないので何となくの魔法障壁を確認する程度しか出来ない。
(当日、詳らかにすれば十分だろうが、どうせ来てしまったのだから色々見て回らんとな)
「……。」
一応のこと怪しくないように道を闊歩していたモミジだが、正門に近づいたところで屋敷の警備の一人と目が合ってしまう。直ぐに飛び立てるように翼を半分広げ姿勢を低くすると。
「落ち着いて落ち着いて、僕は悪い人じゃないんだ。キミ変わった翼竜だね、何処から来たの?よしよーし」
仕事中にも関わらずだらしない表情で
モミジは翼を広げて身体を大きく見せる威嚇をし、警備を近づけないよう試みるも、相手は一度慄いただけで身体を屈めてゆっくりと近寄ってくる。
「お前、何やってるんだよ…」
「え、いや!珍しい翼竜が、あぁっ!」
もう一人の警備が相方の様子を見に来た瞬間、彼に驚いた風を演じて飛び立ち、上空をくるくると帆翔して様子を見ることにした。
(あんまりこっちには来ないでおこう…)
「この辺りじゃ見られない種類、もしかしたら新種だったかもしれないのですよ」
「…こんな大都会に新種なんているもんなのか?まあいい、オオバコ様から連絡があってな、三日後に魔法師がやって来て魔法障壁を張り替えるみたいなんだ。張り替えが終わるまでの期間、翼竜に
「はいっ!…あぁ、遠くに飛んでいってしまいました…」
「…。」
青筋を立てる上長の機嫌を取るべく平謝りした警備は、ふと疑問を口にした。
「然し、この魔法障壁の張り替えをするということは、魔導局辺りでしょうかね?」
「いや、オオバコ様個人の知り合いらしい」
などと会話をしながら警備たちは敷地内へ戻っていく。
離れに帰る最中。後を追いかけてくる一匹の翼竜の姿を確認しつつも、襲いくることがなかったので放置を決め込んでいたモミジ。
だが障壁を抜け、離れの内から外の様子を伺ってみれば尨羽が障壁より外で地面に降り立ち、ジッと彼を見上げていた。
(うーん、尨羽は群れない翼竜で上下関係を持たない筈なんだが。懐かれたとか?)
小型の翼竜は鳥類のように餌を与えるとある程度は気を許すのだが、尨羽のように半中型翼竜というのはそれなりに気難しく、愛玩化されていない。
とりあえず本来の姿で離れを出て、障壁の外側で佇んでいた尨羽に近づくと、一度首を傾げて左右に跳ねた後、横行な足取りでモミジの目の前までやってきた。
「なんか用でもあるのか?…って龍人語なんぞ分からんよなぁ、まあいいか悪さしないように」
懐くことのない翼竜へ簡単な忠告をして離れへと戻っていくと、後を追って正面口から尨羽も敷地内に。
(この大きさなら障壁にも弾かれないだろうから放っておこう)
そう決めてモミジは離れで仕事を行う。