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五話 柳に風折れなし 其之一

 明くる日。朝一番に階下から物音が聞こえ、モミジが部屋を出て様子を見に行くと、城仕えの一人が荷物を運び込んでいる最中であった。

「おはよう」

「王弟殿下、お早う御座います。…早朝の騒ぎ立て、眠りを妨げてしまったこと大変申し訳なく思う所存で」

「そろそろ起きる時間だしいいよ別に」

「寛大な御心痛み入ります」

「その荷物は?仕事?」

「こちらは陛下からのお荷物で、お仕事の類いではありません」

「あぁー、兄貴から。どうも、そこ置いといて。帰る時の扉の封印も必要ないから」

「畏まりました。それでは失礼いたします」

 慇懃いんぎんこうべを垂れた城仕えは、モミジの言いつけ通りに扉をただ閉めただけで離れを後にする。

(さぁーて、こんな早く届くとは思ってなかったな!)

 浮々と高級感漂う箱を手に取っては『披鍵ひけん』と詠唱をし、箱に施された封印を軽々と解除、上蓋を持ち上げて内部に納まっている魔導具を摘み上げた。

 見た目は青銅色の鍵に銀色の魔晶がはめ込まれただけなのだが、これは『銅脈者扉どうみゃくもんぴ』という内部に一定量までの物品を蔵い込める、製法秘匿及び解体解析禁止の公製魔導具だ。

 起源は大盗賊が作り出した魔導具とされており、捕獲されるまで多くの宝が盗まれ今も行方が分からないのだとか。

(解体したい、が!駄目!いくら王弟の俺でつ後ろ盾に兄貴が付いていても、いや兄貴が後ろに居るからこそ出来ねえ!はぁぁ…、将来的に魔導局へ務めるのは全然有りだな)

「さっさと使用契約をしなければな」

 独りちたモミジは机の上に銅脈者扉を置いて、指先を針で刺しては雨粒程度の血を浮かべ銀色の魔晶へと押し当てる。するとみるみる内に色が変わっていき、真紅に染まると同時に彼の身体へ重なり、指を腕を胴を通って体内へと入り込んでしまった。

「うげ…きっもい、感覚……。…だが、あぁー…やっぱきもい、……自在に使える器官が増えた感覚があるな」

 銅脈者扉を納めていた箱を手に取り、自身の身体に蔵おうと意識すれば瞬く間に箱は消え去って、取り出そうと思えば手の中にある。まるで今までもそうであったかのように、手足を動かすのと同等の仕草で物を出し入れ出来る便利な魔導具は、犯罪抑止そして上記の通り解体解析対策の為に使用者の体内へと同化し、死ぬまで有り続けるのだ。

 ちなみに魔導局であれば一時的な具現化が可能で使用履歴を確認でき、犯罪に用いられたと目された場合は一時拘束をされ調査を行われるので、悪いことはしないに限る。

(それじゃいっちょ出かけるかな!)

 刀を腰に下げ、銃嚢じゅうのうに魔導銃を、衣嚢いのうには透籠とうろうを入れ、財布と仮面、予備の魔晶弾を体内にしまったモミジはいつも通り窓を開き小翼竜の姿で空へ飛び立つ。


 とりあえず情報収集にとバレイショ区へ向かうモミジは途中で陸路へと変え、手頃に食べれそうな食料や安酒を多めに買い込んでから、ナギナタガヤの店がある裏街、いや酒場街へと足を向けた。

 前回足を運んだ時もだが、昼間であろうとこの一帯は人が多く賑やか頻り。昼飯時に飯屋として開いている店があることに由来するのか、昼間っから酒を飲む飲んだくれ多いのか、はたまたその両方か。何にせよ明る気な場所である。

「お恵みを」

「ほらよ、結構な量があるから皆で分けて楽しんでくれ」

「おぉ…!龍神様が遣いを送りなすった、有難う御座います」

「おう。…ここ最近、このあたりの様子はどうだ?」

 集まってきた物乞いたちに言葉を投げかければ、一同は一度考え込み「特に何もなく平和そのもの」だと口を揃えていう。通りの様子を見ても一目瞭然なのだから、言葉の通りなのだろう。感謝の言葉を受けながら場を去って、向かうのはナギナタガヤの飯屋。未だ時間が早いということも有り、別嬪な姐さんたちは客引きをしていない。

 気にすることもなく扉に手を掛け開いてみれば、下着同然の姿で店内の掃除、開店準備をしている姐さんたち。視線が合った後に、モミジは耳まで真っ赤に染め上げ踵を返し。

「ッ悪ぃ!後で来る!」

 と一言告げては大急ぎで引き返していった。

「アレって、前に来てくれた坊やじゃない?」「頭目が態々呼んでたね」「あらあら、あんなに顔を真っ赤にしちゃって」「テンチョー、黒髪で刀持ってる坊っちゃん来たよー」

 店内の姐さんたちは色めき立ち、急ぎ開店の準備を進める。


「しくじったぁ……、次からは、店開いている時にしよう…」

 上気した顔を冷やすべく手扇で煽っては、店前に座り込んだモミジ。婀娜あだっぽい姐さん方の色香に対して無防備だった彼は、先程の光景を脳内から払拭すべく、適当な魔法陣やその詠唱のおさらいをしながら時間を待っていたのだが、開店準備を終えた艷やかな姐さんが表れてしまい、これ以上なく顔を顰める。

「前は朴念仁かと思うほどキリッとしてたのにぃ、今日はそんなにも顔を赤く染め上げてるんだね~」

「言ったろ、耐性が無いって。はぁ…、本当に驚いた」

「女の子取っ替え引っ替えしてもお釣りが来るくらいの美形、それこそ女を相手するお店ならいい順位取れるはずなんだけど」

「そういうのいいって…」

 何度か深呼吸すれば何時もの調子が戻ってきて、やや少年味の残る青年の相貌へと変わった。

「最近の調子はどうかってナギナタガヤに聞きたかったんだけど、今いる?」

「いるよぉ、中で待っているから、おいでなさいなぁ」

「…、中の姐さん方は服を着てる、よな?」

「安心していいよ、あたしらは自分を安売りしないからね。あぁ~でも、金払いが良くて、顔が好いお兄さんなら少しくらい安売りするのも悪くない、なんて」

 自然な仕草で腕と指を絡めてきた姐さんにモミジは最大限顔をしかめ、速やかに離れてもらった。

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