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五話 柳に風折れなし 其之四

(三、二、一、行きますよ)

(応っ)

 小声で言葉を返せば、オオシロヤナギは口を開き。

「『我がくびきを解き放て、一意専辰いちいせんしん』」

 歯牙を剥き出しにしたオオシロヤナギは地面を力強く蹴っては勢いよく飛び出して、手前にいた一人の首を短刀で切断し、もう片手に握る銃身と銃床を切り詰めた霰弾さんだん魔導銃でもう一人に魔力弾をお見舞い、血液を吹き出す襤褸雑巾ぼろぞうきんへと変えてしまった。

「てめえ!野良犬の者か!」「ぶっ殺してやら!!」「敵襲だ敵襲!愚か者をひき肉に変えてやれ!!」

(さて、防御が得意と言っていましたが、どれほどの―――ッ!?)

 僅かに振り返ってモミジの立ち位置を確認しようとしたオオシロヤナギは、突如として目の前に現れた彼の姿に驚きを露わにしたのも束の間、魔導銃の銃先が彼に向いている事実に眉を曇らせた。

 瞬間移動にどういった種があるのかは理解できていないが、防御担当の魔法師が攻撃担当の前に出てくるなど素人以下だと考えたからだ。

「『あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』」

 ただ一言の短縮詠唱で広間一帯の水蛇構成員が持つ魔導具は全て封印が施され、モミジに見蹴られていた魔導銃も勿論動作はしない。慌てだす一同は魔法の詠唱を行い、魔法陣を展開していくのだがいざ発動の機となればそれらは自壊してしまい、現代戦術が崩壊したことを悟ったのである。

「言ったろ、防御が得意だって。攻撃担当さん」

「理解しました、タガヤが貴方と同行するように指示した意味を」

「だろ。よろしく頼むぞ、臨時の相棒」

「ええ」

 言葉を返した瞬間に、オオシロヤナギは大地を蹴りすれ違いざまに一人、また一人と殺害して水蛇構成員の数を見る見る内に減らしてしまう。

「皆殺しは勘弁してくれよ…」

 今までは理性的なお兄さんという風だったのに、いざ戦闘となってしまえば殺人鬼も真っ青な殺戮兵器と化した彼にドン引いて、迫りくる近接武器持ちを蹴りで対処しながら、魔法陣を全て自壊させる。

「ッ!」

 パチン、指を鳴らしただけの無詠唱で簡易的な魔法障壁を展開したモミジは、飛来していた魔導具を軽く防ぎ切り、投げつけた相手を睨めつけ魔導銃を構えた。

「…かしらって言われていた奴だな、悪いことは言わないから降伏するんだ。アレに殺されたくはないだろ」

「クソが、ふざけやがって仮面野郎が。俺が誰だか分かってんか?!」

「頭だろ、組織の一番偉いの。聞こえてなかったのか?」

「俺は『地下楼の水蛇』の頭だぞ!!」

「知ってるって…。……もしかして売り物に手を出している口か?」

 問答を繰り返している最中も、周囲に目を配りオオシロヤナギが動けるよう、魔法の妨害を常に行っていれば、構成員たちは痺れを切らして白兵戦での対処へと赴くも、化け物じみた俊敏性を持つ彼には手も足も出ていない。

(待ってりゃこっちも対処してくれそうだが、任せっきりってのも寝覚めが悪い)

「降伏する気はないのか?」

「あると思うか?…あるわきゃねえだろ!!アレが消えて俺の天下になった水蛇を、諦められるわけねえ!!お前ら血祭りにあげてもう一回やり直しだ、クソがよ!!」

 水蛇の頭は手頃な武器で近くの扉をぶち壊し、大きく飛び退いては詠唱を始めて魔法陣を展開していく。

 「性懲りもなく…」と魔法陣の根幹に無詠唱の封印魔法を施していれば、壊された扉から二足歩行の狼がのそのそと現れては、怒号を吐き出してモミジ目掛けて一直線に走り出した。

(『狼仇ろうきゅう』、魔力の保有量が多い者を優先的に狙うんだっけか)

「チッ、いきなり魔導銃の本番かよ」

 狙いを定めては引き金に力を込め、三発の魔晶弾を起動、魔力弾として発射したのだが、高速で向かってくる如何物相手にはまともに命中せず、肩を一発掠った程度。狼仇はモミジへ急接近し鋭利な爪を拵えた両手を振りかぶる。

 手に構えた魔導銃は銅脈者扉に蔵い、腰に佩いた刀の柄へと手を伸ばし自身の間合いへ入った狼仇の両腕を一切の容赦なく切り捨てた。

「―――、ギャウアーー!!!グアウア!!」

 一度悲鳴を上げた狼仇だが、悶絶の表情を浮かべながらもモミジを噛み殺そうとあぎとを大きく開き、刀を鞘にしまいきれていない彼を狙う。

 くるり、手首を利かせ刃を返したモミジは両手で柄を握りしめ、狼仇の脇腹から肩に掛けて逆袈裟斬ぎゃくけさぎりに刃を通して二歩三歩下がって間合いを開ける。

 相手が普通の生き物であれば、両腕を切り落とし胴をかっ裂かれれば命を終えて、天冥てんめいへ登っていくのが相手は如何物。三つの傷口は泡立つかのように、沸騰するかのように蠢き塞いでしまった。

「なんで魔法が使えねえんだ!まさか、」

 忌々し気にモミジへ視線を向けた頭は、魔導銃を手にとって狙いを定め引き金を引くも、カチカチと音を立てるだけの劣悪ちんけな高額玩具へと変わってしまっており、それを投げつける。何を、誰を相手にしているかは察したようで、彼も白兵戦に移行しようと考えているようだが、彼とモミジの間には狼仇が立ちふさがっており、簡単に手を出せる状況ではなかった。

 ならばとオオシロヤナギへ視線を移したその瞬間、モミジが銅脈者扉から取り出していた魔導銃が頭の両足へ風穴を開け、地面へと情けなく親愛の接吻をするのであった。

「うぎゃああ!!!なんなんだよ、お前たちは!!」

「俺は『魔法殺しの義賊衆』、その末席だ。覚えてけ。うおっと!!」

 格好つけてハッタリをかましたモミジだが、狼仇が噛み殺そうと迫ってきたため、そちらへ意識を戻す。

(ヤナギが大暴れしてるから、もう魔法を潰す必要性もなくなってきた、……俺はこっちに注力しねえとな。再生能力を持っているが、腕が生え変わる様子はない。危険視す可きは歯牙。…噛まれないよう頭を落とすか、心臓をぶち抜く……いや、あんまやりたくないが、さっさと終わらせる為だと割り切るか)

 逃げ様に血糊を払ったモミジは、その刀を鞘へと納め、透籠を握りしめては狼仇の後ろへと瞬間移動を行った。

「『あまねくを覆い、汎ゆるを閉ざせ、封臥印』」

 詠唱と共に狼仇へと触れれば、一度だけ全身を慄き震わせ、まるで彫像にでもなったかのように硬直。その後、僅かな時の後に、全身の端から硬直が解けては、弛緩した身体は地面へと横たわり生命活動を終えている。

「はぁ…」

(気分悪いわ、生き物の封印は。……、うわぁ…、一面血の海)

 モミジがやりたくない手法を用いて、やっとこさ一匹倒している間に、大暴れをしていたオオシロヤナギは敵を掃討し終えており、残るは足を撃たれ悶え苦しむ頭のみとなっていた。

 今生にいて人の生死に初めて関与したモミジは、それはもうドン引きもドン引き、成る可く死体に視線を向けないようにするのであった。


「死にゆく前に一つ質問です、貴方方に魔導具の製造技術や如何物提供したのは何者で」

 オオシロヤナギが仮面を僅かに傾け素顔を見せると、頭の表情は強張り、そして観念する。

「わかん、ねえ…。この辺の奴らじゃねえのは…確かだ。ジャヤ、いや前の頭が旅に出てから少しして…、はぁ…妙に首の周りが悪くなった…頃にそいつらは現れて、はぁ…はぁ…色々と工面してくれたんだ。は、はは、馬鹿だよなぁ…、あの人が見てたらさぞ怒るだろう」

「………馬鹿ですね…、…相手の素性や組織は本当に知らないのですね?」

「…ああ、…知らねえ。必要な情報があれば、荷物でも漁れ……、もう、いいだろう」

 血溜まりに藻掻く男は両足に空けられた風穴によって大量出血し、引導を縋るようにオオシロヤナギを見つめた。そして彼はそれに応えるよう、短刀を手に首を落として人生を終わらせた。

「……、知り合い、だったのか?」

 捨てられた子犬のような表情をしたモミジが問えば、オオシロヤナギは仮面の上から頬を掻き肩を竦めた。

「ナガネギ区には長いので」

「悪ぃ、もっとマシなところに当ててやれれば、助かったかもしれなかったのに」

「お気遣いなく、どちらにせよ殺さなければ清算できぬ罪、結果は変わりません。…これで抗争は回避でき、水蛇は崩壊しましたが、ワクラバ…いえクラバはどうします?」

「こいつらに技術やなんかを提供した黒幕がいるんだろ?そいつらの情報を集められるだけ集めて、雇い主の許へ持って帰るさ。…随分と手広くやっているから、水蛇が大本の組織なんだと思っていたが、末端の一つだったとはなぁ…」

「私も目的は一致していますので協力しましょう。有益な情報お見つけ次第、お互いに共有ということで」

「ああ」

 野良犬の面々が突入してくるまでの間、二人は情報収集に専念する。

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