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六話 碧血丹心 其之一

 淡い金髪の同色の鱗が生えた尻尾、蒼い瞳を隠すように度無し色付き眼鏡を掛けた龍人の青年が、魔導力車を探して歩いていると「こちらです」と主張する男性が一人。

「もしかしてモエギ=みどり様でしょうか?」

「ああ、そうだ。そちらは築六つきろく家の?」

「ええ、築六家の家令、ハリエンジュ=風希ふきと申します」

 モエギことモミジがオオバコの用意した身分証を見せれば、ハリエンジュは納得したように頷き、魔導力車の扉を開きモミジは腰を落ち着けた。

「今日は…、魔法障壁の貼り直しってことでいいんだよな?」

「はい。展開した魔法師が病にせり、復職までの間に有効期限が切れてしまいそうなのです」

「切れたら張り替えればいいが、若干の誤差が生じるうえそういった機会は悪徒に狙われやすく、穏便に片付けてしまいたいと」

仰有おっしゃる通りに御座います。モエギ=碧様は優秀な魔法師であると、旦那様から伺っております故、今回の件は一任したく」

「築六さんからの依頼だ、確実に熟すさ、前金も貰っているしな。そんで一つ質問なんだが、その魔法師ってのは魔法陣の仕様書を用意していなかったのか?設計図でもいいが」

「設計書は存在しているのですが…、防衛強化の為に一定以下の実力者では、仙眼鏡せんがんきょうを用いても読み解けないよう封印が施されていまして」

「そういうね、問題無く作業に当たれるぞ」

「心強いばかりで」

 ハリエンジュは後部座席で呑気に鼻歌を奏でるモミジへ、必要以上の詮索をしないらしく気楽な移動となった。


 客人待遇で屋敷まで案内され、向かう先は魔導具の保管庫。基本的に魔導具保管庫へ部外者を招くのは、屋敷の全てを見せることに近いのだがオオバコがモミジへ一任するという言葉を残しているため、警備の者を付けて入室する。

 先日に小翼竜モミジへ興味を露わにしていた警備も、信用ならない相手が魔導具保管庫へ入るとなれば気が引き締まるようで、真面目そのものの表情でいる。

「はいこれ、俺の荷物を頼むわ」

 いていた刀を警備の者に手渡し、設計書を手に取れば確かに封印を感じ取れ、モミジは仙眼鏡で掛けられた魔法を眺めていく。

(おおっ!こりゃ凄い!擬式ぎしきと認識できない巧妙な作りに、芸術品とも思える魔法陣配置、年季のいった封印魔法の使い手なんだな。八格級はっかくきゅう封印魔法、いや九まで上がるか。単身で構成できる限界値みたいな魔法陣だ)

 にたり、艷っぽい笑みを浮かべモミジは解体作業に熱中していく。


(我々も警備を行う魔法師の一介、障壁の魔法や仙眼鏡には覚えがありますが、あの設計書の封印は視認できたところで解除若しくは解体のいとぐちを発見することすら出来ませんでした。…取っ掛かりのない巨壁の如きアレを…、雲母原石うんもげんせきを剥がすかのように解体している…。モエギ=翠、全く聞き覚えのない家名に個人名、)

 偽名であることは明白あからさまなのだが、素性の分からない不審な魔法師に引っ掛かるオオバコでないと警備は確信を持っているため、所属の明かすことの出来ない人物なのだと察する他ない。

「紙と墨油の追加」

「はいっ!」

 待機していた使用人は事前に用意してた道具を手渡し、不要になった墨瓶の片付けなどを行っていく。

(魔法陣の全容は拝めた。後は、)

 銅脈者扉どうみゃくもんぴから八角形の木盤の中心に魔晶が嵌め込まれた道具と、紫色をした木の棒を取り出したモミジは、その棒で魔晶を突き魔力を流し込んで起動する。これは魔法陣の仮構成を行う『在面導あめんどう』、特に魔晶内部に組み込む立体魔法陣に強く、現代魔導に於いてなくてはならない代物だ。

 広げられた紙束から魔法陣の構成に必要な、擬式でないものだけを選別し、設計書に掛けられている封印魔法を再現する。

っかし、一度解体すればすんなりと組み立てることができたな。こうなることを想定されていたのか?)

「なあ、警備のあんた」

「なんでしょう?」

「ここの、魔法障壁を展開した魔法師ってどんな人?」

「そうですねぇ、気前の良い老魔法師といったところでしょうか。築六家に仕える前は教師をしていたらしく、我々警備やオオバコ様の御子様に魔法の教授をなさっていたり、…美味しい飯屋へ連れて行ってもらいました。静臥しお身体を休め、元気な御顔を拝見したく思っております」

「なるほどね」

「…、どうしてそんな質問を?」

「なに、魔法陣に為人が出ていただけさ。…よし、設計書の封印は解けたな」

 設計書を周囲の警備に見せることなく中身を確認すれば、「この封印魔法を解いた者は、此処に掛かった時間と名前を記すように」と掠れた文字があり、周辺に名前はなし。モミジは自身が一番乗りだと気を良くして、記す名前を考えてから時間だけを残した。

(高名な魔法師に嘘を付きたくないが、…本名を書いたら腰を抜かして再び臥せっちまうだろうしな)

 改めて中身を拝見すれば、築六屋敷に張られた魔法障壁は三箇所に魔法陣を設置し起動されており、場所と魔法陣さえ理解できれば簡単に解除し再展開ができる。

(ほぉー…無駄が、ないな。防衛の観点から公には出来ないが、此処まで到達できたご褒美と言わんばかりに具な仕様まで書かれている。俺の離れもこの魔法障壁にすれば強固な守りにできるし、脳裏に焼き付けておこう)

「『あまねくくを覆い、あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』」

 再度封印を施すと翼竜好きの警備とは別の者が、眉を顰めてなにか言いた気な表情を露わに口を開く。

「何故我々に秘匿したまま封印を施した?」

「あ?あんたも警備なら分かるだろ。魔法障壁みたいな防衛の要は必要最低限の人員以外に知らせず秘匿するものだ」

「それでは先任に若しもの事があった際に、また部外者である貴殿に声を掛けなばならないだろう。そういった手間を省くには、我々の内にも魔法障壁の張り直しをできる人員をだな」

「だったら、この封印を解くなり解体するなりすればいい、俺は今までのものと寸分違わず同じ封印魔法を施したからな」

(この程度が出来ないようなら、張り直しも出来ないだろうし、ある程度の篩掛けも兼ねているのだろう。これを解けるように努力を重ねれば、自ずと封印魔法に関する知識も蓄えられて次代に繋がる)

 「良い教師だったんだろうな」と呟いて警備から刀を受け取れば、モミジは各所へ向かって魔法障壁の再展開を行う。

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