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六話 碧血丹心 其之三

(こちらは五人も封印されている最悪な状況。俺一人逃げることは可能だが、そうした場合に多かれ少なかれこちらの彼是が相手に伝わる。…、刀を抜かずの構え、古神流こじんりゅう男爵流だんしゃくりゅうの二大流派の構えじゃないから、知名度の低い剣術流派だ。……こういう、分からん戦法で戦う相手ってのが一番実力が測りきれん)

(成るく殺しはしたくないが、警備を押し退けた上に障壁を壊している、…殺すことも覚悟して挑まないとな。…情報に関しては封印した輩から引き出せばいいだろうし)

 襲撃者を見据えてモミジは踏み込み刀を抜く。

 金属を打ち合わせた甲高い音を耳にすれば、襲撃者は短刀を片手に防御体制へ移っており、顔をしかめながらモミジの一撃を受け流しては、腰に下げた短杖を手に詠唱を行うため口を開く。

「『風颶戴天ふうぐたいてん』、――!?」

 現代の近接を交えた魔法戦闘にいて、魔法名のみの簡易詠唱を耳した場合、近距離であれば回避するのが基本。対抗して魔法障壁の詠唱を行うことも可能だが、聞いてからでは遅く事前に張っていなければならない。

 さて、その基本を完全に無視し突き進めるのは、封印魔法の天才モミジ。来るはずのない魔法に対して、回避や防御行動を割り当てる必要など無く、彼が魔法を殺せるのだと知らないこの機会こそが、最大の好機。

 シャン、と空気すら切り裂く一戦はの襟と首の付け根を僅かに切り裂き、襲撃者は勢いよく離れていく。

(届かなかったか…)

(魔法が不発になった…、成る程…くだんの魔法師か。最悪だ)

「子供と侮ったが、お前さん『魔法殺まほうごろしの義賊衆ぎぞくしゅう』、その一人だろ?」

「だったら?」

「こうすんのさッ!」

 袖口からころんと転がり手に納まった小さい何かを、モミジめがけて投げつければ無詠唱で張られた魔法障壁に阻まれ、周囲に薄黒い灰を撒き散らす。

「成る程、『回せ回れ風車、渦となるは台風、風成陣ふうせいじん』」

 詠唱を終え、周囲に風を起こして灰を払えば襲撃者の姿は無く、モミジは宛もなく真後ろに刀を振るう。

(外れだ)

「ッ!」

 天井に張り付いていた男は無詠唱で火炎弾を撃ち出しモミジを焼く。

 魔力を感知していたものの、場所までは特定出来ず無詠唱の障壁を薄く広く張り巡らせ第一射の直撃は避けたのだが、続く二射三射は防ぎ切れず髪や衣服が焦げていく。

(封印魔法やら魔法障壁の極み、だな、コイツは。この距離でこっちの魔法、その大半を防ぎやがった腕前は称賛に価する。――、が)

「お前、仲間を殺ったのか」

「当たり前だろ、そいつらに掛けられた封印はお前を殺したところで解除される類いじゃあないし、解除する為の費用も無駄だ。下手に情報を吐かれる前にこっちで始末すんのが普通だろう?」

「下衆め」

「くく、俺らは『地下楼ちかろう水蛇みずへび』そら下衆よ、最悪なことにな」

「地下楼の水蛇…?」

「なんだ知らねえのか?最近はデカく色々やってんだけどな」

(この前にぶっ潰した拠点に、水蛇の頭がいたはずだが…。複数ある一拠点を潰したってだけか?…ヤナギを問い詰める必要がありそうだな…)

「俺はヘビノネゴザ、もう一度問う、お前の名は?」

「ワクラバの一人だ」

 名乗りを上げる序でにモミジは鞘へと刀を納め、中腰の構えへと移る。

「縁起の悪い、最悪な名前。…改名の機会が失われるのは残念だな」

「そうだな。『解解解解解ほつほつとさとり、わかれば解解解ほどける、げかい』」

「ッ!?」

 会話の最中に開始されたのは風変わりにも程がある詠唱。無詠唱で魔法障壁を張るような相手なので、詠唱中に攻撃を仕掛けた所で有効打足り得ないと判断したヘビノネゴザは、大きく距離を開けては短刀と杖を構えて全神経を目の前のモミジへと集中させる。

 次第に彼の肌にはピリピリとした、膨大な魔力の一端を感じ心内で舌打ちをした。

「奥の手ってやつだ。珠玉しゅぎょくの一撃、とくと味わえ。亡名流むめいりゅう抜刀剣術ばっとうけんじゅつのあらため爆刀ばっとう』、鐓砲たいほう心太ところてん

 モミジが柄から手を離したその瞬間、鞘の内に渦巻いていた魔力が爆発を起こし、刀を勢いよく飛ばす。

「はァ!?――グッァ!」

 見ず知らずの詠唱に反応が遅れたヘビノネゴザは、豪速で飛来する刀を避けきることが出来ず、メギィと音を立てて右腕にめり込んだ瞬間悲鳴を上げる。

 柄頭とはいえそれなりの質量を持つ物体が、目にも留まらぬ速さで衝突したのだ、腕が引き千切れなかったのは幸運であろう。右手に持っていた短刀と飛来した刀は明後日へ吹き飛ばされ、鞘を構えたモミジが急激に距離を詰めてきた。

 生きている左腕で鞘の一撃を受けると、打たれた場所から魔力が抜け出るような感覚を味わい、ヘビノネゴザの思考には最大限の警鐘が鳴らされた。

「最悪だ!そっちが本命かよ!」

「察しがいいな」

 無詠唱で火球をとりあえずばら撒こうとするも、鞘で打たれた左腕は魔力が通っておらず、流すための僅かな隙を生み、振り上げられた鞘が脇腹を強打する。

「『封臥ふうが、うがっ!」

 至近距離での詠唱開始を観た瞬間、ヘビノネゴザはモミジの顎を殴り怯ませ、振り返ることもせずに全力疾走で逃げていった。

(魔導具かと思って油断した。先史理外遺産やらそういう類いを持ち出すとは、最悪すぎる相手に目をつけられたな)

(痛ってえ…、…逃げられたか。追ってもいいが、オオバコの家族も気になる、別働隊がいたらまずいからな)

「『披鍵ひけん』」

 と隠し通路の封印を解けば、目の前に広がるのはハリエンジュと警備らが血溜まりに沈む姿。

「おい…おいっ!」

「…これは、モエギ様そちらは無事でしたか…」

「こっちは大丈夫だが、お前たちは拙いだろう」

「ご安心を…、動けはしませんが…一命は取り留めています、応急処置が…間に合いましたから」

「そうか。病院に運んでやりたいが、オオバコの家族、とあの横柄な警備が見えないところを考えると」

「ええ、スギナにしてやられました…。この通路は動き辛く、奥様や御子様たちは特に足の進みが遅いでしょう…。モエギ様ならば追いつくことも可能かと…、お任せしても宜しいでしょうか?」

「言ったろ、あいつには世話になっているってな。…それに家族は守んねえといけねえし、天下泰平の世に悪徒は不要だ」

「…、では―――」

 通路の出口を告げてハリエンジュは意識を手放し、顔色悪く床に横たわる。一応のこと全員の様子を確かめてみれば、死亡してはいないようでモミジは胸を撫で下ろした。

 時を同じくして、広間へと一人分の足音が接近し、銅脈者扉を経由して魔導銃を構える。

「モミジ殿!…!ハリエンジュ様や皆さんも!?」

「良いところに来たな。裏切り者の…スギノコ、?だかを追う、お前は警察局と病院への連絡を頼む。築六家なら通信用の魔導具くらいあるだろ?」

「承知しました。御子様たちをお願いします」

「ああ、当然だ」

 モミジは壁に突き刺さっていた刀を引き抜き、ひん曲がって鞘に収まらない事を確認してから銅脈者扉どうみゃくもんぴしまい込み、適当に走ってから視界が切れた場所で小翼竜へと変身し、天高く舞う。

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