目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

六話 碧血丹心 其之四

「さっさと車に乗れ。お前たち三人は人質だ、大人しくしていれば痛い目に会うこともない」

「「「……。」」」

 絶望に塗れた表情をする三人は、怖々と指示されたように魔導車へと乗り込み、母親は子供二人は抱きかかえる。

(まあ『地下楼ちかろう水蛇みずへび』は碌な奴らじゃない、最終的には如何物いかものの餌にでもなるんだろうな)

 可哀想と思わないこともないが、スギナからすれば仕事の一環。私情を殺し運転席へ乗り込む。

 元の予定ではヘビノネゴザら水蛇の一団と合流予定でありスギナは彼らを待っているのだが、それらしい者が現れることはなく時間だけが無為に過ぎ去って行く。警察車輌が賑やかしく動き始めて、彼らがモミジに敗北したことを悟ったスギナは大人しく引き渡し場所へと車を走らせていく。

 そんな車輌に目をつけたのは小翼竜に化けたモミジ。

(アレか。オオバコの家族は、三人揃っているし無事だと信じて。……車に飛び乗って中のスギノコに対して封印処理を行うか。そうした場合は車は停止していることが望ましいのだが、封印をするには龍人の姿でなくてはならない。一瞬で蹴りを付けないとな)

 小翼竜の状態では人語を発声するだけの声帯を持たないので、使用できる魔法に大きな制限が課される。となれば青年態へと転じて魔法を使う必要があるのだが、大っぴらに小翼竜から人に転じる現場を見せるのは得策とは言えない。

 機会を伺い続けたモミジは、路地裏に面している信号付き交差点を発見して、スゥーと滑空し身を潜めてスギナの運転する車輌が停車するのを待った。

(来た、……今だ)

「お前は――――」

「『あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』」

(設置型と違って直に封印するのは、やっぱ気分悪いわ)

(身体が動かない!?何が!?コイツはあの魔法師、どうやって水蛇の連中を倒した後に追いついたのだ)

 高くない位の生体封印を掛けられた結果、身体の自由の一切は奪われながら意識だけが残り続けていた。そして自害することも出来ず、警察局に引き渡されるのを待つだけとなってしまった。

「どうも、助けに来ましたよ」

「…。」

 はくはくと口を開閉した奥さんは次第に目を涙で潤ませて、二人の子供を力付く抱きしめてモミジへと感謝の言葉を投げ続ける。

「本当に無事で良かったよ。お前たちもよく泣かずにいられたな、偉いぞ~」

 安心させるため、満面の笑みで頭を撫でてやれば今まで溜め込まれた恐怖の洪水が、心という堰堤を決壊させ号泣の大合唱。

(本当に、良かった)

 周囲の者へ事情を説明し警察局へと走ってもらい、モミジは三人を護衛しながら彼らの到着を待ってはオオバコへ報告に行くとその場を後にし、屋敷に戻っては魔法障壁を貼り直してから城へと戻った。


「―――、というわけだ。いち早く家族の所へ言ってやれ」

「有難う御座います殿下、この御恩は一生かけてでもお返ししますので。いいよそういうのは、兄貴の為に働いてさえくれればさ」

 ほら、と扉を顎で指すと、オオバコは大急ぎで執務室を離れて自宅へと帰っていく。

「ご苦労だったなモミジ」

「流石に堪えた。全身に軽度の火傷塗れで、お気に入りの刀は…この通り。それに」

「『失悔しっくい』とモエギの顔が相手に共有されてしまった可能性があるな」

「ああ、コウヨウの顔じゃなくて良かったが…この顔は今日限りでおさらばだ」

 七歳のモミジに戻っては長椅子に凭れ掛かり、溜息を吐き出しながら天井を見上げた。

「…命のやり取りをして怖くなったか?」

「何を今更。なるたけ人を殺めたくはないが、これくらいなんともないさ。…そんな気がするんだ」

(きっと、積み重ねられた前世以前の影響だろう。なんにも感じないわけではないが、多目にみれてしまう…、否が応でも)

「嫌になったら何時でもめて良い、お前は此処でひっそりと暮らす権利がある。って言ってやりたかったんだがなぁ…兄さん的には」

「気持ちだけ受け取っとくよ。前にも言ったろ、俺は兄さんの治世を護って、行く行くは甥っ子たちに委ねたいんだ、ってな!」

「生意気坊主め」

 肩を竦めたヒノキは年齢以上の精神を有するモミジへ笑顔を向けながら、期待の色を孕んだ重圧を受け止めてみせる。

「ところで、この後はまた直ぐに動くのか?予定次第じゃあ刀の準備も急がなくてはならないだろうからな」

「急ぎたい気持ちもあるが…サクラと魔法の勉強をしなくちゃいけないし、俺も一旦休みが必要。刀の準備はゆっくりでも十分だ」

「あぁ、サクラと。大分楽しみにしていてな、恥をかかないよう気合を入れて復習しているんだ。いじらしいと思わないか?」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。特に俺にも勉強を教えて欲しいと寄ってきて、可愛いのなんの。跡継ぎのことなんかを考えずとも、息子のほうが好ましいと昔は考えていたが、娘の可愛さも格別だな」

「へぇ~、まあサクラのやる気と学力が向上するなら悪くないか」

「何れ、落ち着くことが出来たら……ミモザも加えてやってくれ」

「……ああ、いいぜ、直ぐに見つかるさ探し物もさ。…となるとザクロにばっかり寂しい思いをさせてしまうな、ザクロも俺に懐いてくれている…というか兄風を吹かせたがっているんだが、立場的に厳しいのはどうにもならないからなぁ」

「表立って口に出さないが、我慢させてしまっているのだろう…」

「何回かに一度は日天宮ひのあまのみやで勉強をする、という体で会いに行くさ」

「助かる」

「よいしょっと、そいじゃ俺は砂糖楓宮さとうかえでのみやに戻るから」

「オオバコが治療の手配をしているだろうから、…養生しろよ」

「ああ」

 窓を空けたモミジは小翼竜の姿に変わり、一度だけ尻尾を振って手摺から飛び降りた。

(…、『地下楼の水蛇』。成る可く早く潰してしまわないと、モミジの身が危ういかもしれんな)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?