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七話 あなたを支える。 其之二

 昼を過ぎた時の頃、客が引き始め落ち着きを見せたナギナタガヤの店へとモミジがやってくる。

「よう」

「あら、ご飯食べに来てくれたの?嬉しいわぁ。みんなぁ、ワクラバちゃんの来店よ」

「ナギナタガヤはいるか?」

「厨房にいるわよ、テンチョー」

「おーう」

 厨房にほど近い長台席へと腰掛ければナギナタガヤと、厨房服に身を包んだオオシロヤナギが姿を見せた。

「お?ヤナギも此処で働いてたのか」

「帰ってきたばかりで働き先に困ってましてね、私はなんでも出来るのでこうして調理を担当しているのです」

「へぇー、どっか遠出してたの?」

「ええ。先日の顔合わせより少し前まで、陽前ひのまえの各州をぐるっと旅をしていましてね」

「へぇええ!面白かった?」

「非常に楽しめました。クラバも機会があったら旅をして知見を広めてみるべきです」

「ちと厳しいな。なんかお薦めある?」

「鶏肉に大蒜にんにく醤油しょうゆで味付けをした揚げ物、山賊焼さんぞくやきを私はお薦めしますよ。鳥を揚げる、取り上げる、で山賊なんていうらしいです」

「じゃあそれで」

 二人は順序良く調理を終えてはモミジの前へ並べては、客がいないことを確認し前掛けを解き、別嬪べっぴんの姐さんたちを店から下げた。

「おめ暫く顔見せなかったが、アレ以来大丈夫だったか?心配してたんだ」

「問題ないぜ。…ちょっと色々とな、仕事とかさ」

「刀を下げていませんが?」

「仕事で折った」

「「…。」」

「まあ無事そうだからいいか…。んで今回は何か用事でも?」

「食べ終わるまで待ってくれ」

「おう」

 一口食めば口に広がる熱々の肉汁と濃い味付けの鶏肉は、食慾しょくよくを駆り立て白米へ箸を進める。はふはふと頬張りゴツゴツとした具材の転がる味噌汁に口をつけ、一息ついては酢の物を食べ再び山賊焼きへ。一切喋ることなく食事を終えてから、モミジは話しを始める。

「…、馳走になった。いやさ、俺とヤナギが敵の拠点を襲撃した直ぐ後にさ、ワクラバの一人が『地下楼の水蛇』を名乗る集団から襲撃を受けたんだ。そいつが狙われたってわけじゃないんだが、結構大きな事件になっててな。…あんまし面白くない話しだとは思うが、ヤナギも縁者みたいだったし情報の提供を願おうと、ナギナタガヤを尋ねに来たんだ」

「水蛇が?」

「……。」

「知りもの口か?」

「先ずクラバの知っている情報をできる限り教えてほしいのですが」

「短刀と短杖を使う近接も熟せる魔法師、煙幕玉と無詠唱の炎魔法で妙にすばしっこい相手だったと聞いたな。名前はヘビノネゴザ、容姿は―――」

 と聞いた風の口調で説明していく。

「ヘビノネゴザ、知らない名ですし、容姿や技能にも覚えはありません。私が知っている情報はかなり古く、旅に出る前のものなのでそれ以降に加わったのなら……、いや事前に大方の情報を集めましたし有り得ませんね」

「となると他にも水蛇があるのか、壊滅したことを知るか知らずか騙っているか」

「…どちらも気に喰いませんね」

「深くは聞かないけど、相手の情報が手に入ったら教えてくんない?」

「承知しました。情報提供有難う御座います、クラバ」

 ヤナギは一礼し感謝を伝える。

「その、お礼ついでにで悪いのですが、一つ謝罪したいことが」

「何?」

「実は私、『魔法殺しの義賊衆』ではなく、先日は名を騙ってしまいました」

「え?…あぁー、そいや旅をしてたって」

 パチパチと目を瞬かせていたモミジだが、ヤナギが旅から帰ってきて日が経っていない事を思い出した。

「クラバの実力を知らず、子守など面倒だと思っていたので脅かそうとついつい」

「そうなんだ、別にいいけどさ」

「おめも意地悪いよな、本人だって伝えないで。俺も肝を冷やしたぜ」

「俺も『魔法殺しの義賊衆』なんて名乗ったことなかったし、…他のワクラバも同じでさ。噂だけが独り歩きしている状態だと思ってるんだよな。都市伝説ってやつだ」

「結構適当だな…」

「ええ…本当に…」

 呆れ顔の二人から顔を背け、ぽりぽりと頬を掻く、

「…、雇い主的には違法魔導具の根絶や治安の向上が望めれば、それでいいらしいからな。それこそ役割に区切りがつけば、冒険者でもしたいし」

「聞いて問題がないのならお答え頂きたいのですが…、クラバの雇い主の目的とは?」

「天下泰平だってよ」

「夢物語じゃねえのよ」

「うるせーよ。俺も大なり小なり賛同してんだから」

「それなら…いいのか?」

「良いと思いますよ、私は。……若し天下泰平の世であれば道を踏み外す者も少なくなりますから」

「そっか。そうだよな。俺たみたいなのが居ない、平和な世がありゃそれにこしたことはないわ!」

「だろ。というわけでさ、件の情報が手に入ったら知らせてくれよな。偶に顔出すから」

 モミジは相好を崩し、二人も釣られるように口角を上げた。

「おう」

「『言葉喰らいの鳩』には私の方からも尋ねてみます」

「言葉喰らいの鳩?」

「知りませんか?情報通の易者えきしゃを」

「あいつってそんな呼ばれ方してたのか。俺が活動し始めた時に向こうから接触してきてさ」

「向こうから接触を…?」

「ああ、違法魔導具を売りさばいている奴らの拠点を襲撃しようと探している時にな。罠かも疑ったが悠長すぎるしなぁ」

「鳩も都市伝説みたいなものですね。基本的にはある程度の実力者の前にしか現れないとのことなのですが…、クラバにはなにかあるのでしょうね」

「…色々と知ってるっぽかったしなぁ。…まあとりあえず鳩の方は任せるわ、そいじゃ俺は帰るから、山賊焼き美味しかったぞ」

 机に金子を置いたモミジは席を立ち晴れやかな表情で店を後にした。

「まいどありー」

「……、暫く休暇でもとるか?」

「いえ大丈夫です。先立つものもありませんし、急がない方が吉と出るでしょう」

「ヘビノネゴザってのが黒幕かね?」

「どうでしょう。どういった状況でクラバの同僚が接敵したかは語られていませんが、そういった類いの輩が態々現場に出てくるとは考えられませんので」

「なるほどな。おめも気をつけろよ、水蛇の創設者なんだし」

「わかっていますよ。事が済むまで死ねませんので」

「済んでも死ぬなっての」

 二人は夜の営業へ向けて一旦休憩に向かう。


 バサリ、と翼を広げ立て飛行の勢いを殺したモミジが砂糖楓宮さとうかえでのみやへと降り立つと、小翼竜として出入りする窓の前で尨羽むくは羽繕はづくろいをしていた。少し前に出会った尨羽は、不定期に砂糖楓宮に訪れては小翼竜態及び少年態のモミジへ視線を向け、屋根や庭で寛いでいるのだ。

 群れを作らない尨羽は上下関係を形成することがないので人に懐くことは無く、刷り込みが非常に難しく飼い慣らせない翼竜の筆頭である。精々が慣れる程度なのだが、甲斐甲斐しく龍人や他の竜種の許を訪れることは稀である。

 少年の姿に戻ったモミジは窓の外で寛ぐ尨羽へ視線を合わせるように屈んだモミジは、羽繕いする相手を観察する。

(ちと身体が大きいし…雌か?小翼竜の俺に欲情している風ではないし、ただ単に気に入られているだけとか?…、今度調べてみるか)

 手を近づけて噛まれないことを確認したモミジは、指先で尨羽のあしゆびを軽く突けば、尨羽も返答をするかのようにモミジの手を口先で啄いてから羽繕いを再開した。

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