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八話 我が上の星 其之七

「ええっと。貴方は誰、なのでしょうか?」

 ヤナギは地べたへと座り込み、気怠気けだるげな少年へと言葉を投げかける。

 明るめの茶色髪、紅顔こうがん美少年びしょうねん、そして銀色の瞳。こんな条件の整った相手は国中を探しても一人しか居らず、質問に意味はないのだが。

「へへっ、見ての通り何処にでもいる少年で、ワクラバの正体だ」

「…。」

「まさか王弟殿下が市井に潜り、日夜悪徒を倒していたとは驚きだ」

「言わないでいたのに…」

「言わなくったって答えは変わらんだろうに。まあそういうわけでヘビノシャクシ、あんたの弟子になることは出来ない。つうかいいのかよ、俺達と一緒にいてさ」

「ええ、そうです。殺してでも情報を聞き出さねばいけませんから」

「情報なら全て話そう。然し、当方も雇われの身、実力がある故に重宝されてはいたものの、核心へと迫る情報は聞かされておらん。天冥に戻るため、最高たる舞台を求めていた折に誘われただけである」

 呑気に語らうに、ヘビノシャクシは各拠点を転々とし他勢力からの襲撃を払っていただけに過ぎないのだという。

「天冥に戻るってのは?」

「当方、幼き頃に天冥てんめいへ昇りかけた経験があり、その際にえも言われぬ絶景の浄土を目にしたのだ。然し然し、悲しきことに当方が天冥へ昇るには未だ早いと追い返されてしまい、天冥に御わす龍神も認めるような最高の死を追い求めておる。『地下楼の水蛇』はこの世全てを大断層の力で天冥へと送るのが目的としており、これは好機と舟に乗った次第。だが、王弟殿下という輝きを放つ銀の卵を見つけてしまった故、水蛇からは足を洗おうと思う」

「えーっと…」

「とんでもない情報をおまけのように…」

「というかなんだ、ヘビノシャクシは俺に殺されるために生きるというのか?」

「如何にも。当方は最高の死を追い求めるため、武に励み精進して参った。それもこれもより強き者へ全力で挑み、口惜しく思いながら天冥へ戻る為の努力。はぁ…王弟殿下、刀の道でも魔法の道でも、なんでも極め当方を殺して下され。そのためであれば尽力は惜しみませぬ」

「最悪すぎる…」

「クラ、モミジ殿下。まともに取り合う必要はありませんよ、こんな悪徒の言葉には」

「クラバでいいよ。市井にいる時は、こういう風に、数多の顔と、数多の名を。持っているが、ヤナギの前では『クラバ』という、お前に貰った名前でありたいんだ、ワクラバじゃなくてな」

 モミジの持つ数多の姿をころころ切り替えてみせれば、二人は目を丸々まんまるに剥き驚きを隠すこともしない。

「ワクラバの一人と言っていましたが…、ワクラバ一人しかいなかったのですね…」

「今は二人だぞ、ヤナギも伝染うつりそめの病葉ワクラバの一人だ!」

「名前が終わっていますよ…」

 黒髪蒼眼の姿に戻ったモミジは心の底から楽しそうな声を上げて、満ち足りた一息を吐き出す。

「ヘビノシャクシ。俺はお前が悪徒である限り命を終わらせてやる気はない、そして罪を精算し真っ当な民となるのなら、星鱗族せいりんぞくであろうと龍人である以上護るべき対象となる。残念ながらあんたの目的を叶えてやれる存在じゃないんだ」

「…。」

「罪を精算する時点で絞首刑だろうがな!はっはっは!」

「そうか…、ならば御主様の仲間、ワクラバの一人となろう!水蛇と争うのであれば、奴らの目的である全てを天冥へ送るという壮大な馬鹿話と相見えることとなろう。それもそれで楽しそうだ」

「こいつは為人が終わってるな」

「まともなのは私だけですか…」

「だろうな!」「如何にも!」

「くっ!」

「はーあ、とりあえずナギナタガヤの店に戻るか。報酬も受け取らないとならないし、そろそろ軍が動きかねない」

「ですね」

「当方も同行しよう」

 三人が立ち上がると物陰から二〇歳程の女、鳩の一員が長物の魔導銃を担ぎながら現れて、一礼をする。

「どうも。私は鳩の見習い。ワクラバ様と残り二人を安全に戻れるよう道案内を仰せつかっている。付いてきてくれ」

「様はいらねえよ」

「わかった。じゃあ行くよ、急いで。封印された構成員は私が運ぶんで」

 ワクラバ一行は足早に現場を後にしては、不寝飲屋へと魔導車と魔導二輪を走らせる。


「俺がモミジ=輝虎てとら枝天してんだ」

「うわ、本当かよ…」

 ナギナタガヤに個室で本来の姿を露わにしたモミジは腕を組み、椅子に踏ん反り返る。

「素性が明かさなくちゃいけねえとは思わなかったが、まあ良いとするかな。気軽に色々と話せるって事にも繋がるし」

 水蛇の元構成員がワクラバに加わった事よりも、ワクラバの正体が祝眼の王弟殿下だった驚きが強烈過ぎて、ナギナタガヤは茫然自失ぼうぜんじしつ状態である。

「実際のところ、鳩は何処まで知ってたんだ?」

 状況が飲み込めるまでは放って置く方針なのか、モミジは鳩へと視線を向けて問う。

「貴方様が祝眼の王弟であり、変身を用いて市井の治安維持の動いているとだけ。魔導具か何かでの変身かと思いましたが、そうではなさそうですね」

「生まれつきの能力だよ、ほらな」

 黒髪蒼眼の姿に変身しては口端を上げて、少年然とした笑顔を見せる。

「普段はそちらでお願いします。…その、王弟殿下と意識してしまうと緊張を緩めることが難しいので」

「あいよ。そいじゃ前報酬は貰ったが、今回の事件で俺は此処にいる面々へ正体を明かすことになっちまった、追加の報酬は貰えるんだろうな?」

「ええ、勿論。私の宝である此方をお納め下さいませ」

 小箱が目の前に置かれては、モミジが開き中を確かめれば、小さな丸々《まんまる》な小石が一つ収まっており、モミジ以外は怪訝な表情を露わにした。

「鳩、お前は…」

蒐集家しゅうしゅうかに御座います。元来、鳩というのは噂言葉を集めることを目的とした組織でありましたが、それを何に使うか、使った結果に何を得るかは定められておらず、初代から自由にしろと言伝られております。私は情報とそこから得られる金子きんすを元手に、先史理外遺産せんしりがいいさんの蒐集を目的としており、この数十年、愛すべき物に囲まれ幸せに生きてまいりました」

「だから今回か」

「ええ。大断層、断層からは稀に先史理外遺産が出土します。それが正しき者の手に渡るのであれば、私の許に来ることもあるのですが、不逞の輩が手にしては碌でも無い使われ方をして、最悪の場合は失われてしまいます。それを避ける可く貴方様へと依頼した所存」

「軍を煽るより凄まじい状況になっちまったがな」

「然るべき準備が整うまではあれで良いのです」

 ふぅん、と声を吐き出し小箱を手に取って眺める小石は、猫の瞳のように縦一文字に黒い模様が入っている。

「ならばそれも先史理外遺産なのですか?」

「そうだ。『天穹てんきゅうまなこ』といって…」

 天穹の眼は周囲の光を貪り喰い、部屋を暗くしては天井に星々を描いていく。

「この石を月光に晒すことで、その夜の星空を覚え再現してくれる。それ以上でもそれ以下でもない代物だし、そこそこの数が出土しているとか」

「綺麗なものですね」

「ああ、報酬として貰っておこう」

「今回の依頼、請け負っていただき有難う御座いました。これで心置きなく次代に譲れるというものです」

「次代?見習いを名乗っていたそいつか?」

「そう、私が五代目。宜しく」

「ああ、世話になるだろうから宜しくな」

「うん。ワクラバ、腰に佩いている魔導銃が見たい、見せて」

「この子は魔導銃が好きでしてね」

「ほらよ。俺はそろそろ戻るからナギナタガヤにでも預けといてくれ」

「もう、いやそうですよね。年齢的に」

「まだ七歳なんだ、帰りが遅くなると捜索が始まりかねん。んじゃまたな」

 モミジは窓を開けると小翼竜へと変身し、窓枠に趾を掛けてから一度振り返り、尻尾を揺らし飛び去っていく。

「成る程、こりゃ足取りも追えんわ」

「ですね」

 意識を戻したナギナタガヤは飛び去っていくモミジを目で見送り、残った面々を見てどうするかと考え込む。

「ヘビノシャクシだっけ、お前はどうするんだ?」

「そうさな、暫くは鳴りを潜めたい。雇っては貰えぬか?」

「ヤナギ的にはどうなんだ、雇うのは?」

「複雑な心境ではありますが、主犯格ではなさそうですし…嫌ですけど雇うというのなら止めませんよ」

「ワクラバが置いてったんなら追い出すことは出来ねえだろうし、下働きとして雇ってやる。問題起こすようなら警察に突き出すからな」

「あいわかった。料理に雑用、なんでも任せてもらおうか」

「じゃあ先ずは見てくれだな。髪を整えて髭を剃れ」

「名前も変えましょう。クラバが居ないうちに」

「名前なぁ…、んじゃシャクナゲで」

「ほほう、シャクナゲとは美しい名を頂いた。有難く受け取ろう」

「それでは私共もこれで」

「今度魔導銃渡しに来る」

「おう、またな」

 とりあえず、夜間の営業準備もあるので解散し、各々が動いていく。

(なんだか、とんでもない事になっちまったなぁ…。ワクラバが王弟殿下だなんて口にしようものなら、軽々と首が飛びそうだぜ…)

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