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八話 我が上の星 其之八

 王城へ戻ったモミジは執務室の手摺てすりへと降り立つと、険しい顔をしていたヒノキとオオバコと視線が合い、何も言わずと窓が開けられる。

「モミジ、何をしたんだ…?」

「ミズナ市の件?」

「そうだ」

「大まかにいうと水蛇の構成員がたむろしてて、襲撃を掛けたら断層があったから封印を施した」

「水蛇、か」

 そこから本日の出来事を詳らかにしていけば、二人の表情には疲労の色が塗られていき、今後の対応を如何に官人らへ指示を出すか考えていく。

「まあいい。何とかしよう」

「流石兄貴とオオバコ、よろしく頼むぜ。それとオオバコに頼んでいた『截粒せつりゅう』は手に入ったから、今まで捜索ありがとな」

「ミモザ殿下の為ですから、モミジ殿下に頼まれなくとも情報さえ聞きつければ探していましたよ」

「そうか。そいじゃ兄貴、ミモザに渡しといてくれ、早めの誕生祝だ。…これでミモザも他の子供と同じように成長できるし、魔法を使うことが出来るようになる。やっと、やっとだ」

「はぁ…、そういう物は自分で渡せ。贈り物なんてのは本人から直接貰うのが一番嬉しいんだよ愚弟、大切に思っているのなら尚更な」

「…、く早くに渡して欲しかったんだがなぁ」

「なら今日の夕餉を共にすればいいだろ。別にお前一人増えたところで困る宮ではないわ」

 恥ずかしそうに頬を掻くモミジは、視線を逸らしてから小さく肯いた。


 それから仕事を終えたヒノキに、モミジが同行すると離宮の方には事前に連絡が行っていたようで、離宮仕えたち総出の出迎えとなっていた。

「モミジ殿下はこちらへ。先ずは湯浴みとお着替えをいたしましょう」

御髪おぐしの幾らかが短くなられているようですが、モミジ殿下ご自身で散髪を?」

「あ、いや、…自分の髪が少し欲しくてな。勢い余って多く切り落としてしまったのだ」

「ならば此方で整えますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、任せるよ。手間になってしまってすまないな」

「いえいえ、モミジ殿下のお世話を出来るのは、非常に光栄な事であります故、今後何か御座いましたらご連絡を下さいませ」

「おう」

 浴場に向かっていると三兄弟が顔を出し、全体的に薄汚れたモミジを目にし驚きを露わにする。

(きっと外で派手にやらかしてきたのね!)

(何をやったんだろうな)

(モミジ叔父様、大丈夫かな?)

(モミジなら大丈夫だ)(モミジなら大丈夫よ)

 視線が合った三人へ、「また後でな」と手振りを見せれば満面の笑みで退散していった。

「ミモザの体調は良好か?」

「ええ、問題ありませんとも。このまま元気になられれば我々としても嬉しい限りなのですが」

「絶対になるさ」


「よくいらっしゃいましたね、モミジさん」

「急に押しかける形になって申し訳ない、義姉上。然し、存外に久しい顔合わせとなってしまったか」

「前回お越しになられたときは、私が外していましたから…三ヶみかせつ程空きましょう」

「そうか、大事はなさそうで何より。晩餐ばんさんに邪魔をするぞ」

「はい、どうぞ」

 尊大な態度のモミジに対し、多らかな態度で接するのは、ザクロたちの母であり、ヒノキの妻であるダリア王后。サクラやミモザと良く似た薄い金の御髪に同色の尾、三児の母にして一切の美が失われていない、陽前で知らぬものはいない女性だ。

 そしてミモザの名付けはダリアが行っており、生まれながらにして身体が小さく体調を悪くしていたミモザへ、モミジの祝福にあやかろうと近しい名前にしたという、案外に豪胆な面もあったりもする。

 晩餐の席に腰を下ろせば、待っていましたと言わんばかりにザクロサクラミモザの三人がモミジの許へと詰め寄って、賑やかしくしていき、ヒノキやダリア、離宮仕えたちは微笑ましく眺めていく。

「私たちに知らせないで遊びにくるなんて珍しいわね」

「休養が出来たんだよ、ミモザにな」

「僕にですか?」

 「ああ」と返答を行いながらモミジは小箱を開き、中に鎮座している截粒を取り出した。

「これは身体の魔力の量を調整、平らにして、ミモザの病を軽くしてくれる道具だ。毎日、起きている間はこれを腰に下げていてくれ」

 椅子から降りたモミジが、ミモザの腰に截粒を括り付ければ、ほんわか黄色い粒子が勢いよく漏れ出し、徐々に徐々に勢いを失っていく。するとミモザも肩の荷が降りたかのように穏やかな表情を見せてから、パッと華やかな笑顔を見せてモミジに抱きつく。

「おわっ!?」

「ありがとうございます!モミジ叔父様!なんか身体が良くなった気がします!」

「それなら良かっ、痛たた!角が、角に引っかかってる!」

「痛てて、ご、ごめんなさいモミジ叔父様…」

 二人の枝角が引っかかってしまったようで、お付きの皆総出で角が傷つかないよう細心の注意を払って、二人を離していく。

「いいか、身体の魔力を調えてくれるとはいえ、急激に体力が付いたり魔力を扱えたりするわけではない。今みたいに焦って事を成せば、大事になるやもしれん。しっかりと周りの指示を扇いで…指示を聞いて動くように。俺と約束できるか?」

「はい!」

「宜しい」

 ワシワシと頭を撫で回し、モミジも笑顔を見せていく。

「いいなぁ~、私もモミジから特別な贈り物もらいたいかも」

「俺も欲しい!」

「お前たちは俺より年上だろうに…」

「あー、そういうときばっかり年下ぶって!」

「わーった、わーった、特別とはいかんが、何かしら用意してやるから大人しく待ってろって」

「よしっ!今の言葉忘れるなよモミジ!」

「忘れたら執拗しつこくしてくるだろ、大丈夫だ」

「ふふっ、三人ともお食事の時間ですから席に戻って」

「「「はーい!」」」

 天女のような微笑みで三人を席に戻したダリアは、小さな動作でモミジに礼をし慈愛に満ちた母親のような表情を向け、彼は小っ恥ずかしそうに視線を逸らすのであった。


―――


「拠点が一つ潰され、断層に封印まで…。心当たりが有りますが果たして動かすかどうか」

 水蛇の拠点にて蛇の面をした者がため息混じりの声で憂う。

「最悪なことにヘビノシャクシも裏切ったみたいですが、如何がなさいましょうかね?」

「アレは元より破滅願望の破綻者根無し草、腕が立つ程度の者であれば用意も難しくありません。問題は断層の一つを失ったということです」

「奪還は無理でしょう、既に陽前軍が動いており冒険者組合が拠点を設けてしまいまする」

「陽前軍のみであれば足を引っ張る伝手くらいあるのですが…、冒険者組合の自由裁量が厄介極まりない…」

冒険者アレら軍務局の一組織では?自分が所属していた時、そのように伺ったのですがね」

「厄介なんですよ本当に。…状況を見て魔法殺し義賊衆の頭、モミジ=輝虎=枝天を潰してしまいたいのですが」

「祝福の王弟を?公務で見かけることもないのですがね」

「なんとかしましょう」

「はい」

 地下牢の水蛇は王弟に狙いを付ける。

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