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九話 知己朋友 其之一

 モミジがミズナ市の断層を封印して数日が経過した。今は周一二節しゅうじゅうにせつも終わりに近づく二秋節にしゅうせつ。大人しく違法魔導具の解体封印作業に勤しんでいた彼の許へ、ヒノキからの呼び出しが掛かる。

今上きんじょう陛下から王弟に対する呼び出し、公的な顔合わせが必要な場面か。面倒だが仕方あるまい)

 手早く衣装を着替えては王城にある会議室へと、一人で向かっていく。

「失礼する」

 返答を待たずに扉を開け放ったモミジは、室内にいる者の顔を見てはどういう用件で呼び出されたかを理解した。

「御足労有難う御座います、【封緘ふうかんしろがね】モミジ王弟殿下。どうぞ、御掛け下さいませ」

「ああ」

 会議室に居合わせていたのは、軍務局陽前軍及び下部組織である冒険者組合、そして魔導局のお偉いさん方。

 詰まりは件の封印に関する事であろう。

「急に呼び出してしまってすまないね、モミジ」

「問題ない。何時も通り仕事をしていただけだからな。それで用件は?」

「実は先日のミズナ市先史地下遺跡群で大規模な魔法の行使と、封印状態にある断層が発見された」

「封印状態で発見されたのか?」

「ああ、不可思議な事にな。それで今回モミジを呼び出した理由は、その封印の解体を行ってほしいのだよ」

「成る程な。別に構わんが、魔導局がいることを考慮すると、そちらで行うのが基本ではないのか?」

「勿論、本来であればそうするのが筋なのだが、そろそろ【封緘の銀】に表立った仕事を頼みたいという声も上がっていてね」

「お披露目も兼ねてということか」

「そうなるね」

「いいだろう。大層な名前をもらってしまったんだ、役に立てるさ」

 了承を得たことで一同は頭を垂れ、封印の解体に関する日程を定めていく。

「警護には我々冒険者組合からも人員を選出したいのですが」

「陽前軍だけで十分かと思いますがね?」

「いやいや、気軽に動ける冒険者は役に立ちますよ。それに、件の地は不届き者が根城にしていたというではありませんか、若しもの可能性は摘んでしまう可きですよ」

「…理解した。問題有りませんか、王弟殿下?」

「その辺りは任せる。だが従軍慣れしていない、足を引っ張るような輩ならば陽前軍のみの方が楽というもの、人選をぬからぬようにな」

「畏まりました」

「して、問いたいことがあるのだが」

「なんでしょう?」

「封印された断層ということだが、封印魔法を施した者に心当たりはあるのか?」

(俺なんだけどさ)

(我らは殿下の手の者かと思っておりましたが、……いや)(我々が試されている?)(アレほど高位の封印魔法、市井に跋扈する件の衆、王弟殿下の子飼いでは…?)

 モミジには何かしら非公式の集団が付いており、それが魔法殺しの義賊衆という封印魔法を使い熟すのだと、上層の者らに噂されている。

「少しばかり風変わりな集団が俗らを蹴散らし断層へと封印を施したと、現状分かっている情報はそれだけです」

「そういうことか。誰が封印したかが分かっていれば、現地でも手早く解体できたのだが、分からぬのであれば手探りで行う他ない。多少の時間は覚悟してもらうぞ」

 詠唱一つで解除できるのだが、そんな事をすれば自分が張ったというようなものなので、モミジは自身が施した封印魔法を自力で解体することとなった。朝飯前の仕事なのだが、逆にゆっくりとやらないと面倒なことになると思いながら。

 そんなこんなで、モミジは最後まで会議に付き合い、日程を記憶した。


 離宮に戻る折、モミジは自身の母であるテンサイと出会い、小さく礼をして通り過ぎようとする。

「モミジ、殿下。…最近はお変わりないでしょうか?」

(殿下、なぁ…)

「ああ、いたって問題ない。テンサイの方は…少しばかり顔色が優れないようだが、大丈夫か?」

(母、とは呼んでくれませんよね…)

「秋風に当てられてしまったのかもしれません」

「ならば養生せよ。…親父のためにもな」

「はい」

 深々と頭を下げたテンサイから視線を外し廊下を進んでいけば、急ぎ侍女たちが体調を伺い、一人が王城付きの医官の許へと走る。

(もっと母さんのことしっかり見ててくれよな。…俺が出ていって落ち着いた生活が出来ているんだからさ)

 モミジとしてはテンサイから話しかけられた嬉しさと、やや他人行儀な呼び方への寂しさが混同し、複雑な心境なのだが表情に出すことなく、ただただ何時も通りに離宮へ向かう。


(さーて、なんだかんだ時間が空いちまったし、学術院にも顔を出さないとな。魔導部はかくとして、眼鏡の兄さんと話したのは何時以来だったか。そろそろ年末だし忙しくしているだろうが、あまり顔を出さなすぎて不安がられても困るしな。くくっ)

 礼服から普段着に着替えたモミジは摘発された違法魔導具の解体封印を行いながら、吹螺貝に関する続報を眺めれば如何物への対抗策としていくつかの会社が正規開発に取り組んでいるのだとか。

(この辺りが上手く行けば、街の内部で如何物を繁殖させる水蛇への抑止力にもなるだろう。……大断層を用いての天冥送り、人類の滅亡を企てている、というのがヘビノシャクシの話しだが…そんな事に何の利益があるんだ?破滅願望のアイツに向けて適当を教え込まれたと見る可きか?…いや最悪の可能性である、組織の枢軸すうじくが片っ端から破綻者の可能性は否定できない)

「なんで兄貴の代に禄でもない集団が現れるかな…。ザクロの代でも、それ以降でも困るが…」

王道楽土おうどうらくどとは難しいものなんだな…。皇帝をしていた転生以前の俺はどうやって国を導いていたのやら…)

 国も、愛する民も…全てを失った皇帝の記憶が戻ることはない。

 そういうしていれば、聞き慣れた声が離れの外から響き、モミジは扉の封印を解く。姪っ子を迎えるために。

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