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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之一

「モミジ王弟殿下、お迎えに参りました」

「ヒイラギ上曹か、こちらの準備はとっくに終わっているから案内を頼む」

「お任せを。…お荷物をお持ちしたいのですが」

「荷物は問題ない、銅脈者扉があるからな」 

「成る程。では向かいましょう」

 断層へ施された何者かの封印魔法を解く為の遠征は二日間の予定。

 封印を施したのはモミジであり解体する必要はないので、本来であれば丸一日掛からず遠征を終えられるのだが、自分で封印したと明かすわけにもいかない。…大人しく自分で掛けた魔法を時間を掛けながら解体する必要があるのだ。

 そして公的に王城敷地外へ出る機会であり、公務として国民へ顔を出さなくてはならない日でもある。

 現在のモミジの立ち位置は、国王ヒノキが庇護し自陣営に加えている陽前国ひのまえのくにの王族。龍神からの祝福たる銀瞳を有する唯一人の龍人であり、龍の三子族に於いて重要どころで。

 縁起の良い見た目をしているので、公務で市井に出かけるとなると一目見ようとする面々が多く足を運ぶわけで、王城の正門外はとんでもない人集りが形成されていた。

「祝賀行進でもするかの装備だな」

「モミジ王弟殿下のご尊顔を拝見叶うのです、当然の対応ですよ」

「そうかい。そいじゃ魔法障壁は俺の方で展開するから、余計な人物は近づけないでくれ。至近距離での護衛はヒイラギ上曹だけでいい」

「光栄です。冒険者組合からの護衛は如何致しましょう?」

「現地合流だったはずだから向こうで顔合わせを行い、問題なさそうであれば顔を立たせる為に同行してもらう」

「…、それが今朝方予定が変更になり、冒険者の一団『秋の三日月』は登城していまして」

「はぁ?待て待て、当日に予定が変わるような相手を信用できんぞ?」

「私も同じことを冒険者組合の上層に申したのですが、既に決まったこととの一点張りでして」

「承知した、連れてきてくれ。駄目そうなら奴らの顔など知ったこと無い、蹴り帰す。……兄貴に報告だな」

(冒険者組合は自らの首を締めましたね)

 ヒイラギは今朝方の対応を思い出し、冒険者組合の面々を嘲ってから、待機していた冒険者四人を呼び立てる。

 入ってきたのはヤグルマギクら四人。クリサを除けば三〇歳前後の熟練冒険者たちで、実績があり、実力が高く、そして品行が良い、誰もが見習う可き冒険者である。

 四人は顔を伏せたまま控室へ入室し、右手を開き自身の胸へ、右手も開き地面へつけた状態で跪き、モミジからの言葉を待つ。

「表を上げよ、冒険者『秋の三日月』」

(クリサじゃん…)

(要人護衛…、冒険者組合のお偉いさんかと思っていたけど、モミジ殿下だった…)

 知己ちきであるモミジとクリサは、若干の居心地悪さを覚えながらも表情に出すことはなく、顔合わせを進行していく。

「本日の合流、顔合わせは現地で行うとの取り決めであったが、今此処にいる事に対する申し開きは有るか?」

(上の連中は問題ないと言っていたが!?!?……あの禿茶瓶はげちゃびん共)

「何もありません。予定を狂わせてしまったこと、此処に深くお詫び申し上げます」

冒険者組合そちらの不備であると」

「是に。如何なる処罰も受ける所存にあります」

「事前の話し合いに掛けた、我と陛下の時間を無駄にした、その事を胸に刻むといい。処分は…此度の任務、その働きで決めさせてもらおう」

「我ら秋の三日月、粉骨砕身の心持ちで任務に挑みます!」

「宜しい。ヒイラギ上曹、彼ら四人も車輌に乗せる、配置を考えてくれ。…くくっ、今だけの良い夢を見られるだけの配置を、な」

「冒険者組合上層の、でいいのでしょうか?」

「勿論。…お前たちはもう楽にしてくれていい、大変だったろ。いきなり予定を変えられてさ」

「え。あーはい」

「安心していいぜ、秋の三日月に対して直接処罰を加えるつもりはないから。そういうわけで気楽に宜しくな」

「有難う御座います、殿下」

「「「…。」」」

 意外と気さくなモミジに目を白黒させた三人は、暫くは一言も発することなく控室での警護を行う。


「『安寧あんねいの揺り籠、慈母の子守歌、聖園しょうえん』」

 行進用の屋根無車輌に腰を下ろしたモミジは、自身で魔法障壁を展開し安全帯を確認する。

 通常三節詠唱を用いた魔法障壁は車輌全体を覆っており、その強度は生半可な魔法を通すことを許さない拒絶の領域。高威力の魔法を用いようとしても、モミジが魔法陣を潰せる以上、これ以上なく厄介な護りとなっている。難点は内側からの攻撃も外へ出ないことで、甲羅に籠もった亀となってしまい、出来るのは簡単な封印魔法程度に限られるのだとか。

「王弟殿下が【封緘ふうかんしろがね】の名を冠しているとは伺っておりましたが、これほどの魔法障壁を展開可能だとは思いも寄りませんでした。御歳七つで既に此処までとは、…流石、龍神様の祝福を受けられただけはありますね」

「おべっかは必要ないぞ。この程度なら人の範疇だ」

(七つで出来るのは人の範疇を超えてるっての)

 心の内で突っ込みをするヤグルマギクを気にする風もなく、出発を待っていれば。

「やあモミジ」

「ん?兄貴か、見送りには来れないんじゃなかったのか?」

「「!!」」

 唐突に現れた今上陛下たるヒノキに、ヒイラギや秋の三日月の面々は急ぎ顔を伏せて対応をする。

「モミジが舐められているみたいだと聞いてね、私自らが足を運んで周囲へ関係性を示そうと思ったのだよ」

「そういうね。これで尚、出発の予定が遅れるわけだが、現地での作業が押しがしくなってしまうな」

「モミジなら余裕だろ。…とはいえ用心は怠らないよう気をつけながら、しっかりと公務を終えて帰ってくるのだよ」

「領解。そいじゃ兄貴も仕事頑張ってな」

「ああ。そいじゃ俺の弟の事を、くれぐれもよろしく頼むよ諸君」

「「はっ!」」

 短時間の見送りをし、護衛を引き連れたヒノキは王城へと戻っていき、モミジは僅かに尾を揺らす。


「モミジの見送り、行ってきましたよ、テンサイさん」

「けほっ…、不安がってはいませんでしたか?」

「問題ありません、そういうのとは無縁の性質ですから。…では静養を」

「はい…、けほっ」

 テンサイは流行り病の五年風邪いつとせかぜを患っていた。

(はぁ…、なんだか嫌な気がします…。モミジに何も無いと良いのですが…)

「……。」

 母に成れなかった女は我が子を心配する。

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