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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之二

「…目が乾く…」

「お疲れ様です、殿下…」

 城下周辺での行進を終えたモミジは車輌を乗り換えてミズナ市へ向かう。やはり銀の瞳が祝福の証になっているので、集まってきた民衆へ見せつけるように成る可く目を見開き、笑顔を振りまいていた。結果的に目薬のお世話となって、披露の色を露わにしてる。

「軍人と冒険者、そして魔導局から名を貰っている俺が同一の車輌で行動していたことで、三者の思惑は叶ったわけだ」

「感謝します」

「あんたたちも大変だな、まつりごとに組み込まれて」

「そういう対応に慣れている冒険者の手が空いていれば、任せられたのですがね。時期が悪かったのか、皆大断層に赴いていまして」

「秋の三日月も随分と実力のある一団だと聞いたが?七格級の冒険者だろ」

「私とフタナミソウさんが六格級、ヤグルマギクさんとシオンさんが八格級なので、平均して七格級になりますね」

「へぇー、クリサンセマムはまだ年若いのに六格級とは、随分と優秀な才を持っているのだな」

「格級の上昇が停滞し燻っていた頃、『金が欲しいから俺を仲間に加えろ』ってやってきまして、そこから数年でめきめきと実力を着けましてね。いやぁ驚きましたよ、一〇も年下の子供に面倒見られるなんて」

「若い頃から冒険者をな。得意なのは魔法か?それとも魔導具でも?」

「専ら魔法に御座います」

(異世界転生したんだから覚える定番は魔法!…なんて意気込んだら、この世界、殆ど魔法を使わないで魔導具頼りなんだよね。魔法を覚えるのなんて戦闘目的が九分、日常で使う魔法なんて鍵の開閉程度、肩透かし食らったのを覚えているよ…)

 クリサの前世は魔法なんてもののない、機械文化が発展した電気文明。原動力が変わっただけ、大差のない世界なんじゃないかと肩を落とした彼は、大断層という場所を知って猛勉強を重ねることにした。

 そしてそろそろ上等学園に入学しようという一二歳、彼の家は細やかな商家を営んでいたのだが、両親が他界し親戚筋とも疎遠だったクリサは路頭に迷う事になってしまう。近所付き合いがあったので何かと面倒を見てくれてもいたのだが、流石に学費まで面倒を見てくれるような酔狂が居るはずもなく、一か八かで家財の全てを売払い、それを暫くの生活費と杖の額面に当て、冒険者として登録をした。

 そしてある程度の余裕ができた今、冒険者は休職し学生を一本の道として歩んでいる最中なのだ。

「まあなに。断層の封印を解いて、如何物が出てくるようならあんたたちに頼ることになる。その時は任せるぞ」

「「はっ!」」

(陛下に甘やかされて育ったって噂の王弟殿下。我儘頻りなやんちゃ坊主かとい思っていたが、気さくないい人っぽいな。…寧ろ冒険者組合うちらの上層の方が我儘な悪餓鬼じゃねえの。…こんなお方に迷惑かけるなんて、まったく…)

(実はもう知り合いでした!なんて言ったら、皆驚くかなぁ、驚くだろうなぁ。飲屋で見かけた時も驚いたけれど、モミジ殿下は姿を変えてそこいら中に顔を出しているのだろうね)

 危ないことをして大騒ぎにならなければいいのだけど、と思いながら和やかな空気感の中、一応のこと周囲の警戒に目を光らせる。


 断層に施された封印を解くこと、そして解体すること自体は然程難しくない。…というか苦戦する演技の方が難しい。

 空間に禍々しい色合いの亀裂が四方八方に走っており、その表面には僅かに見えるか見えないか程度の魔法陣が浮かび上がっては、浜辺に寄せる波のように点滅を繰り返す。これらに仙眼鏡を使用することで、正確な全体像を捉えることができるようになり、必要要素を抽出して丸裸にするのだ。

 いつも通り紙と筆を用意し、的確すぎない程度の魔法陣解析を行いながら、封印魔法の仮構成までを一時2時間で終える。

 魔法は使うのみの者からすれば、『何をやっているかわからないが時間が掛かりすぎだろう』『大層な名前を持っていようと子供は子供』などという陰口を叩いていたりもするのだが、魔導局に務める魔法師は絶句。仙眼鏡で全体像を捉えることですら難しかった魔法陣を一時で模倣できる段階まで来たことは、モミジが天才たる証左であると大声を上げていた。自作自演の一人芝居なのだが。

 『在面導あめんどう』での確認を終えたモミジは、このまま終えて良いものか考えるも。

(さっさと終わらせれば断層の内部調査に顔を出せるかもしれん。俺は秋の三日月から色々話しを聞いて、存分に興味がある!断層に!)

「軍務局、冒険者組合、そして魔導局が多くの道具を工面し、我が集中できる環境を構築してくれたお陰で、早くに封印を解くことが出来る。協力に感謝するぞ」

 意訳すれば、『煩く騒ぎ立ててくれなくて、どうも有難う』ということに違いないが、王弟殿下からの感謝の言葉など何を聞いても演技の良いことに違いない。作戦に同行した者たちは敬礼をし、言葉を沁沁と受け止める。

「では」

 封印が解かれるということは如何物が現れる可能性があるということ。秋の三日月の四人、そしてヒイラギがモミジの周囲を固めては、断層に施された封印が解かれた。

「――!?なんだこりゃ!!うおあぁあぁぁあ!!」

「殿下!お掴まりください!」

 ヒュゴオォォオオオオ、と音を立て断層に向かって暴風が吹き荒れる。いや内部に向かって空気が吸い込まれていっているのだろう。

(まさか、黒冥天星の余波か!?そんなはずは無いと思―――、うおあっ!?)

まず、殿下!!――――!!?」

「モミジ殿下!?――――魔法!!?」

 一団の中では身体が軽いモミジ、彼の足が床から離れて浮かび上がり、吸い込まれかける。するとヒイラギとクリサの二人掛かりで確保するのだが、後方から火炎の魔法が撃ち込まれて三人は断層に呑まれてしまったのである。

「俺等も行くぞ!王弟殿下に何かあったら―――何だってんだよ!警備はどうなって」

「ヤグルマ!断層が閉じていきます!?」

「はぁ!?くっそ間に合えっての!!」

 どんどんと空気を吸い込む勢いが失われていく断層へ、秋の三日月や一部軍人たちが駆け寄るも、結果的に誰も内部に入ることなく断層の入口が消え去ってしまった。

「断層って無くなるもんなのかよ!?クリサ!殿下!」

「襲撃者を追え!!」「それよりも殿下でしょうが!」「ええい、落ち着け!軍人が落ち着かねば誰が落ち着く、命令系統を―――」

 ミズナ市は混沌を極めることとなる。

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