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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之六

 モミジ一行が断層を進み始めて五日が経過した。やっとこさ辿り着いたのは、通路然とした構造の端々から魔晶が生え始める光景、つまり深層だ。

 ここは断層核に程近く最も不安定な場所で、他の断層と融接し本来は隔てられている筈の壁がなくなってしまうことのある場所でもある。

「断層核を封印したり破壊したらどうなるんだ?」

「消滅しちゃうみたいだよ。ただまあ、内部に残っている人も一緒にだから、小さな断層も破壊されず管理されている状況だけどね」

「自然の魔晶が採掘出来る採掘現場でもあるしな」

 パキッと魔晶を圧し折り、軽く眺めてから銅脈者扉にさらっと収納していく。

「結構な量の魔晶を回収してますよね、モミジ殿下?」

「兄貴から納品される分でも遊べるが、それ以外で集められるなら集めた方が良いだろ。無事帰れたら魔導具を作ったりして遊びたいんだ」

「遊びなんだ」

「本業にする程の実績も今のところないしな、これくらいだし」

 話しながら魔導銃を構えたモミジは銃口を通路奥に向けて引き金を引き、猫噛の一匹を仕留める。

「…、私の後援者にならない?」

「魔導具開発のか?」

「今回直接顔を合わせたのは何かの縁、実力を見初めた体でさ!」

「ふむ。あの眼鏡以外にも魔導具を作ってたりするのか?」

「色々と構想はあるんだけど、どうにも学費が足枷で色々と用意できなくてね〜。魔導鎧なんかを作ってみたいし、どうかい?」

「魔導鎧か。魔力馬鹿食いする欠陥魔導具って話しだが、真っ当に使えるだけの改良が出来ると」

「それはやってみないと。研究開発に絶対はないからね!」

「くくっ、いいだろう。絶対できるなんて言い放ったら蹴飛ばす心算だったが、及第点の答えだ。ならば死ぬ気で戻る手筈を組みた点とな」

「だね」

「忠言ですが、モミジ殿下へ接触を図る場合は、大なり小なりの面倒を覚悟して下さいね。魔導局が絡んできますよ…」

「銀の鳥が混じってたことでなんか言われたのか?」

「そりゃまあ…」

「大変だったな、ご苦労さん。あれ以来、普通に俺の許へ流されてきているが、許可が下りたのか?」

「そうなります。モミジ殿下が興味本位で使ってしまう杞憂があったのでしょう」

「成る程。そういうわけで、魔導局の連中からの接触は避けられんから、念頭に置くようにな」

「わかったよ。…まあそれよりも、」

「戻れるかどうかなんだよなぁ…」

「食料は、切り詰めても後五日分。それ以上は厳しいでしょう」

 紙に書かれた記録は半数以上が塗り潰されており、水は残りわずか。魔法で生成した水というのは、時間経過で魔力へ分解されてしまうので飲むことが出来ない。最悪の場合は…体液を浄化して摂取する必要が出てくるわけで。

拉麺らーめん、食べたい」

「拉麺?」

「知りません?美味しい麺料理なんだけど」

「成る程」

「空きっ腹に堪えること言わないでもらえませんか…」

「スミマセン」

 三人は余力があるようで順調に足を進める。


 どさどさと重い足音を響かせるのは、異様に広くなった通路を徘徊する巨大な竈馬かまどうま。真っ白の姿をしたそれは成人男性の背丈はありそうな胴体に、長く太い後ろ脚、触角は体長の二倍三倍ありそうな長さで頻りに周囲を探り、眼は退化しているのか顔と思しき部位に眼は見られない。

洞窟大竈馬どうくつおおかまどうまだね、アレは)

(なんだろう、何のひねりもない名前だ…)

(結構というか大分珍しい如何物だから、研究もされていないんだよ。脅威と言い難いけど、あの巨体で圧し潰されると流石にただじゃ済まないし、雑食性だから人も食べる。成る可く避けたいんだけど…)

(通路のど真ん中で立ち止まってしまいましたが…、食事中でしょうか?)

(蜘蛛類か鼠類を食べているんだろが、如何物喰らいのように異形にはならないのか?)

(如何物喰類は食した如何物を取り込む器官があってね。洞窟大竈馬にはそれがないから大丈夫だよ)

(そいつは良かった……………、この通路の先、景色が変わっていないか?)

(気が付いた?私の予想ではあの先が別の断層だと思うんだけど)

(ならばさっさと進みたいが)

(先の断層がどういうところか、わからないのですか?)

(予想ですが、コマツナ市にある『石狗断層』かと。石の犬を基本とした岩石の体躯を持つ如何物跋扈する面倒な場所です)

(駆け抜けるのは?)

(難しいね)

(体力は温存したいと)

(そういうこと!)

 三人が姿を隠しながら密々話していれば、洞窟大竈馬はゆったりとした動きで何処かへと去っていき、安堵の息を零しながら足早に通路を進んでいく。


 通路の断層を抜け進んだ先は、いくつもの広間が連なる比較的見通しの良い断層。逆を言えば如何物から見つかれば一斉に襲いかかられてしまう可能性があるので、今まで以上に慎重に進む必要がある。

「アレが石狗せっこう

「剣撃が効きにくく、打撃や魔法が推奨される相手だね。ヒイラギさんが風魔法を得意としているし、私の本領も魔法だから基本的には問題ないと思うけど…」

「他に何か」

「石狗は良いんだけど、…土偶みたいな、ずんぐりむっくりの人型が出てきたら面倒なんだよね」

「どぐう?」

「何でもないから忘れていいよ。…こほん。なんにせよ、変な形の人型には気をつけようって話し!」

「因みにどう面倒なのでしょうか?」

「そうですね。全身硬くて、腕の空洞から魔力を圧縮し発砲します。変転していない純粋な魔力なので、直撃を貰うと急性魔力中毒に陥ってしまい、処置が間に合わなければ命を落とします」

「純粋な魔力の砲撃、障壁でも防ぎ難いと聞きますが」

「それなら俺が防げるから、防御を貫通できるかどうかの戦いだな。…それに下手打ったら死ぬってのは、他の如何物だって同じだろうし、変に怖がらず行こうぜ」

((気楽だなぁ、この王弟…))

「そいじゃ進むかー」

「ええ」

「はい」


 ただ硬いだけの犬、石狗を処理しながら進んでいた三人が行き当たったのは、巨大な広間で構成され、真ん中には土偶めいた人型が鎮座する一室。

「『隔たりの広間』だね。絶対に通らないと先に進めない区画が稀にあるんだ。…私たちは戻っているわけだけどね」

「アレを倒さないと先には進めないと」

「走り抜けるって方法もあるんだけど」

「事前に情報を聞いている限り危険の一言でしょう。名前はなんというのですか?」

「目、と思しき部位が…金色なので『遮光金しゃこうきん』ですね。遮光の中では最も―――」

 クリサの言葉を遮るかのように遮光金が隠れていた三人へ腕を向け、魔力の砲撃を行う。咄嗟にモミジが前へ出て、針尾雨燕のみを銅脈者扉に蔵い、失悔で魔力砲撃を受け止めた。

 すると魔力は失悔に触れると同時に分解され、鞘の中へ吸い込まれていく。

 そう、遮光金は最も優れた感知範囲を持ち、最も優れた射程、最も強靭な体躯をした遮光の中で最も強い存在である。

「一か八かだったがいけたな」

「一か…」「八か…」

「防御は俺に任せて、二人は攻撃に専念しろ。俺を巻き込まないようにな」

「はい!」「了解!」

 モミジは透籠を取り出し片手で握り、何時でも瞬間移動をして二人の援護に付けるよう整え、次の砲撃を待つ。

(無詠唱で張っていた障壁は何もないかのように貫通して来た、……純粋な魔力攻撃。系統で言うなら根源系統だが、出来るものか?魔導銃の魔晶弾、魔力弾も系統は近い筈だが、…純度が違うのだろうか?)

 持ち上げられた腕には遮光金の体躯内から魔力が集まってきて、ピカリと閃光が漏れてから砲撃が放たれる。

 軌道を読み、詠唱を開始していたクリサの前へ飛び出すように、透籠で瞬間移動を行い失悔で魔力を蓄え、魔法の邪魔にならないよう駆け出し位置取りを行う。

「『現れるは正義の鉄槌、束ねし光の奔流、輝鎚かがづち』」

 クリサの杖を起点に作り出された光の玄能かなづち。高く掲げれば目を焼かん光が溢れ出て、彼の動きに合わせて振り下ろされる。

「光を一撃だああ!!!」

 ドオオォォン、と遮光金を爆散せん勢いで振り下ろされた輝鎚は、光の柱となって対象を焼いていく。

「やりましたかね?」

「そういうこと言わないでください、ヒイラギさん!」

「え?」

 砂煙が晴れた輝鎚の落下地点、そこのは赤熱化した遮光金が鎮座しており、両腕を持ち上げては魔力の砲撃を乱射する。

「二人とも一処に固まれ!」

 透籠で移動したモミジは二人を守る可く位置取りを行い、迫りくる砲撃を殴り壊していく。

(赤熱化している今なら風魔法や斬撃で、アレに近づけるのだろうか?)

(…、一撃で終わらせるつもりだったから魔力の残りが。……ここ数日、食料と睡眠時間が減少しているのも原因かな。もう一発は流石に無理)

「…っ。もう一発、さっきの出来ない、のか?」

「魔力が足りなくって!」

「ヒイラギは何かないか?」

「距離的に厳しかと!基本は剣術と近距離の魔法に注力しているので!」

まずいな。ここまで砲撃の雨霰だと、失悔内の魔力運用がし難い。出来ないことはないが)

「『解解解解解ほつほつとさとり、わかれば解解解ほどける、げかい』」

 失悔を振るいながら施されていた封印を解くと、遮光金の動きが僅かに鈍り、標的をモミジへと固定し魔力砲撃を再開する。

(俺を狙い始めた。………、魔力を感知し魔力量に応じて脅威と設定してるのか?)

 相手の視線を釘付けにし駆け出したモミジは、自身に命中すると思しき砲撃だけを確実に防ぎ、二人が攻撃に移れるだけの時間を稼ぐ。そんな中で砲撃の一つが彼の尻尾を掠り。

「うおああ!?熱ッ!?」

(これ直撃喰らったら急性魔力中毒じゃなくて、魔力焼けで即死じゃねえの!?初めての断層探索にはちと厳しい相手だろ!……つか気持ち悪ッ!!)

 心でツッコミを入れながら対処をしていれば、体内にある魔力を総動員したクリサが再び輝鎚を展開し頭上に玄能を露わにした。すると遮光金は危険を察知したのか体躯を彼に向け。

「『干戈かんかを交え、狂い舞い踊れ、干戚羽旄かんせきうぼう』」

 遮光金の目の前まで距離を詰めていたヒイラギが魔法の詠唱を行い、両手で握る打刀を振るえば幾千の風の刃が重なり襲いかかる。一つ一つは大したことのない風の刃だが、暴風雨の如き勢いで攻め立てては小さな傷を累積させて、両の腕を破壊するに至った。

「よくやったヒイラギ!鎚が来るぞ!」

「承知しています!」

 腕を破壊しきったヒイラギは急ぎ遮光金の前を離れ、鎚が振り下ろされるのを待つ。

 ぐらり、先の一撃よりも遅く振り下ろされた輝鎚は、遮光金に命中するや光の柱となり一帯を焼き尽くす。

「ッ?!」

 モミジが足を踏み込むとぐらりと視界が傾き、平衡感覚が失われていく。

(何だ…、これ。…疲労か…?いや、尾に食らった魔力で、魔力中毒を起こしているのか?くそッ!)

 なんとか踏み止まろうと身体に力を込めるのだが、気が付けば七歳のモミジへと変わっており、バタリとうつ伏せに倒れてしまった。

 視界の端に捉えられるのは、両腕を失いながら、赤熱化し半身が溶けた遮光金の姿。溶けた部位からは光が零れ落ちており、そこが閃光が僅かに輝くと無差別な魔力砲撃が始まる。

「モミジ殿下!?クリサンセマムさん!」

「わかっています、わかってますよ!」

 倒れているモミジを回収しようと二人が駆け出そうとするのだが、矢鱈やたらに砲撃を繰り返す遮光金によって、広間が破壊され落石落盤が起こり思うように進むことが出来ない。

 追い打ちを掛けるようにモミジの頭上が崩れ。

「モミジ殿下!!!!」「コウヨウ君!!」

 モミジは瓦礫の下敷きになってしまった。

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