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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之七

〈全くなんなんだ?急に岩だが石だかが降ってくるし、手にはよくわからん小さな籠と、鞘だけとか〉

 瓦礫の中から姿を見せたのは、髪を後ろで一本に纏めた髭面の大人。モミジたちのように角や尻尾が生えているわけでなく、笹のような長い耳をした男だ。

〈この感じ、ダンジョンか。…いや、ちと違うな。となるとアレは魔物で、…あんたらは…角と尻尾があるし亜竜人族か、ダンジョンに出入りするなんて珍しいこともあったもんだ〉

「モミジ殿下、なのですか?」

〈ふむ、スクア竜言語じゃない、知らん言葉だな。となると…前にも有った銀の瞳が作用した泡沫うたかたの夢か…、星のいとぐちから始まりし儂らの連鎖、何時終わるものかね〉

 男が瓦礫を蹴飛ばせば、遮光金へと命中し体躯がぐらりと揺れて動きが止まり、じっと視線を向けていた。

〈おっと、なんか剣が出てきた、何かしら収納魔法でも備えてんのかい。……然し…、いい剣だ、これなら!〉

 失悔しっくいに刀を納めれば、内に渦巻く魔力を感じ取り男は口角を吊り上げ、遮光金を見据えてはモミジと同じ抜刀剣術の構えを取る。

〈鈴鳴りの剣術、とくと見たまえ〉

 シャン、と鈴の鳴る音が聞こえたかと思えば、遮光金の肩から脇にかけて斜め一文字に斬撃の跡が残り、体躯がズリ落ちていった。

 何時抜いたのかも見えぬ不可視の一撃を終えた男は、針尾雨燕はりおあまつばめを失悔に収め満足そうに笑みを浮かべた。

〈死して尚も錆びぬ至高の剣術、これが最後だと思うと悲しいねえ。今代の生まれ変わりがどんなのかは知らんし、儂の記憶もあやふやだが、…星の緒とは切れぬ縁があるのは確か。思うように突き進むといい、儂もその前もそうしたのだから〉

 この男は長命の種にあり、剣を極めた鈴鳴りの剣聖カンパネロ。故郷たる村を出て数多のダンジョンを踏破し、名声を欲しいがままにした知らぬ者の居ない剣豪。

(身体を、勝手に使うなッ!)

〈分かってる分かってる。そう吠えるな〉

 彼の身体、その内に閉じ込められた状態のモミジが大声を上げれば、耳をふさぐような素振りを見せて頭を振り、辟易とした表情を露わにした。

〈原初を同じとするよしみで助けてやったんだ、邪険にするなって。何度繰り返してどんな状況なのかなんて興味もわかねえ、記憶の残滓は消えるのみ。次は助けてやれねえから、精々頑張るんだな、それじゃあな〉

 パチンと指を鳴らせば、姿がモミジへと戻って刀を支えにひざまずく。

「………、はぁ…『あまねくを覆い、あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』」

 失悔に封印を施し、モミジはよろよろと立ち上がっては走り寄ってきた二人へと向き直る。

「…お疲れさん」

「お怪我は有りませんか?」

「瓦礫が当たった際に多少打っているようだが、それ以外は大丈夫だろう。気絶しかけたのも魔力と疲労が原因だろうし、心配はいらんよ」

「心配するなって方が無理じゃないかな。さっきの姿と剣術は?異言語を喋っていたみたいだけど」

「詮索は無用だ」

「そうかい…」

(零れ落ち失われた記憶の残滓が表に出てきた。星の緒から始まりし連鎖、というのは転生を繰り返している理由なのか?…分からんこと尽くしだ)

「…これからどうする?だいぶ消耗しているが、もう物資も底をつきたぞ」

「一休みして上へ向かう他無いけど、三日そこらで上り切れるとは思えないね」

「水がなけりゃ三日も持たんだろうに」

 三人が途方に暮れ座り込んでいれば、僅かな人の声と足音が響き、顔を見合わせて音源に瞳を向けた。

「大きな物音がしたかと見に来てみれば、遮光金が居たとは!そこの御三方が討伐を!?」

「ああ、そんなところだ。あんたらは冒険者でいいのか?」

「ん?ええ、断層に入るのなんて大半が冒険者、……と言いたかったのですが、随分とお若い」

「ちと理由があって迷宮に迷い込み、物資が尽きてしまった。食料と水を恵んではくれないだろうか?」

 慇懃いんぎんに頭を下げて礼をしたモミジに驚きつつ、ヒイラギとクリサも続く。

「なんだ遭難者か。そんな話し何処かで聞いた気がしましたが…」

「隊長?あの方って…」「もしかして」「数日前に行方不明になったっていう王弟モミジでは?」

「ミズナ市の消滅迷宮でって事件、ありましたねぇ。おおおおおお?!」

「大手柄ですよ隊長!」「国王陛下から報奨を貰えるんじゃないですか!?」「こちらお水と食料です!どうぞ!」

 賑やかしい一団から食料と水を受け取った三人は、助かりそうな雰囲気に胸を撫で下ろし、床に腰を落として手足を投げ出すのであった。


―――


「うわー…久々に陽光を浴びた感動と、これから面倒なことになりそうな予感が重なって複雑な心境だ…」

「周囲に多く人がいるのですから、滅多なことは言わないほうが良いですよ」

「偶の悪態くらい許してほしいものだがな」

 五日間掛かった断層の遡上と地上への帰還は、数多いる陽前軍人の大勢から出迎えられることで幕を下ろす。それからモミジだけ別行動となり、厳重な警備の許で湯浴みと身体検査、食事を行ってからコマツナ市石狗断層付近の宿で夜を明かした。

 ちなみに尾先は魔力焼けの後遺症である、鱗の白変化と神経の鈍化等が現れており、投薬治療が行われ場合によっては尾先の切除となるらしい。尻尾の先で良かったと安堵するか、それとも一撃でも貰ってしまった事を憂うか、それは本人次第である。

 明くる日。

「そいじゃ、クリサにヒイラギ、今回の件を縁としてまた会おう」

「有難きお言葉に御座います」「是非、こ゚縁がありましたらまたお会いしとう御座います」

 王城所有の魔導者に揺られてモミジは帰宅し、断層に同行した二人は一度顔を合わせてから、気の抜けた表情で腰を下ろす。

「お疲れ様でしたヒイラギさん」

「はい。お疲れ様でした、クリサンセマムさん。とんでもない日々を過ごしましたが無事に帰れたこと、モミジ殿下を連れ出る事ができたことを祝いましょう…」

「この後は……、お互いに忙しくなりそうですし、後日飲みにでもいきませんか?」

「いいですね。交友を深めたいと思っていたところです。んんっぁー…、暫くは休みを頂きたいですが…厳しそうですね」

「ですねー。…私は秋の三日月に合流し冒険者組合に合流しますので、今日はここで」

「はい」

「陽前軍経由で連絡しますね、では」

 よろよろと立ち上がったクリサは、仲間の許へとゆっくり歩み。ヒイラギも陽前軍の許へと戻っていく。


―――


「はぁあ、折角死ぬ思いして襲撃しましたのに、帰ってきてしまうとは最悪です…」

「アレはそんなもんですよ。これで邪魔者の動きが鈍れば万々歳、…事実行方不明の最中は動きが見られませんでした」

 地下楼の水蛇はモミジ帰還の報を耳にして辟易しながら北叟笑む。

「まあ然し、ミズナ拠点が失われた事実は覆せませんし、被害も大きい。暫くは水蛇は穴蔵へ潜み、私は私で行動を致します」

「了解しました。最悪の事態にならない程度の資金調達と戦力補強をしておきますよ」

「お願いします」

 蛇の面を着けた者が姿を消せば、ヘビノネゴザはため息を吐き出し、モミジ襲撃の際に受けた怪我を擦る。流石に軍人らが警備する場所への急襲、被害は勿論の事あったわけで。

(此処最近は怪我が多くて困る、最悪なことに…)

「というわけだ、各々動いてくれや」

「「はっ!」」

 蛇は潜む。龍のむぐらで。


―――


「うおっ!!本当か!?」

「ほら、これ号外」

 タガヤの目の前に差し出されたのは、モミジが発見されたという瓦版の号外。

「良かったぜ…」

「ええ、本当に」

「いやはや、達者で何より!」

 モミジの、ワクラバの正体を知る者たちは彼の帰還を喜びあって、婀娜っぽい姐さんたちは首を傾げる。

「てんちょーたちって、そういう人たちでしたっけ?王家支持者みたいな?」

「あ、えーとほら、この前王弟殿下の行進を見に行ってな。縁起が良かったし、その縁で無事であってくれれば嬉しい的なやつだ」

「王家に対して悪様な感情を抱いていないのも確かですけどね」

「ふーん。あたしたち的にはどうでもいいことなんだけどね」

「でもさー、王弟って可愛いらしいよ?見てみたくない?」「紅顔の美少年っていうやつだっけ?」「みてみたいかもぉ」

 給仕の姐さんたちは可愛らしいと噂のモミジの話題で盛り上がり、タガヤは口を滑らせなかった事に安堵した。

(クラバもこれで戻ってきますね)

(神出鬼没だがな)

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