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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之八

「ただいま、兄貴」

「おかえりモミジ。…本当に、無事でよかった…」

「尾先は白くなっちまったがな」

 尻尾を揺らし尾先を見せれば、ヒノキは顔を顰めてからモミジの軽く撫でる。

「魔力焼けだったか。切断になるのか?」

「投薬で様子見するみたいだけど、魔力を受けてから数日経ってからの治療だから、切らざるを得ないかもって言ってた」

「はぁぁ、祝福の銀眼を持つ王弟が尾欠けになってしまうとは…。切除した場合に備えて義尾を用意しないといけないな」

尾欠おかけ鱗疵うろこきず角疵つのきず、美しさが損なわれるが故の品位欠け。…面倒極まりない」

「鱗と角は生え変わるから問題ないのだが、尻尾の一分切除はどうにもならないし、モミザとモミジの誕生祭までに間に合わせないといけないから大変だ。鱗の色合わせも必要になるか…、オオバコ急ぎ手配を頼む。投薬でどうにかなるのなら無駄になったと笑おう」

「畏まりました。モミジ殿下、剥がれ落ちた鱗は残っていますか?」

「数枚残してあるから、後で離れ取りに来てくれ」

「承知しました」

 執務室で何時も通り長椅子に腰掛けると、ヒノキは執務机に戻ることはなく、モミジの向かいにある椅子へ腰を下ろした。

「俺が断層に入る前、何かしらの襲撃があった様だが犯人は?」

「まんまと逃げられたうえ、容姿も分かっておらん。警備の隙を突く、的確な奇襲を見るに内部犯か、軍務局に伝手を持つ者が裏で糸を引いているという線で捜査を進めている」

「俺に恨みを持つ者といえば心当たりが沢山有るが、軍務に顔が利くとなるとイヌマキとかになるけども」

「あいつはないない。今回の小遠征を急ぎで通したのはイヌマキだが、亡き者にしてまでどうこうする為人ひととなりではないからな。どちらかと言えば最大限利用しようと動くのがイヌマキだ」

「それもそっか」

「イヌマキ様の息がかかったご令嬢を充てがおうと動いて来る程度でしょうかね?尾欠となったモミジ殿下の価値は、大なり小なり落ちてしまいますから」

「めんど。なんか功績でも用意して価値を示してやらんとな」

「婚約をしてしまうのも手ですよ、うちの子なんて如何でしょう?」

「オオバコの娘って、未だ四つそこらだろうに」

「冗談ですよ。ですが、数年もすれば言い寄ってくる有力者やご令嬢は多く居ましょう、今から覚悟をしていた方が良いかと」

「泣きを見るぞ…」

「そういうものか」

「そういうものだ」「そういうものです」

「まあとりあえず主犯は分かってないということだな」

「ああ」

「一泡吹かせてやりたい気持ちはあるが、変に突いて逃げられても癪だ。本職に任せるとするわ」

「そうしてくれ。モミジに瑕疵があった訳では無いが、暫くは大人しく離宮と王城内で過ごしてくれると助かる」

「あいよ」

 茶を啜り、茶菓子を食んでは不在時の状況を仕入れていった。

「母さんが五年風邪いつとせかぜか、未だ病床に?」

「いや、既に完治している。一応離宮の庭を散歩する程度には回復しているから、顔を見せに行け」

「ああ、手土産の用意を頼む」

「畏まりました」

「それでな…揉め事まではいってないのだが、…サクラがテンサイさんの見舞いに行って、少しわだかまりを生んでしまったらしく、気落ちしてしまっていてな」

「蟠り?」

「モミジとテンサイさんの関係修復を試みたという談でな」

「あー…、ちょっとした喧嘩くらいに思ったのか」

「そこまでは分からんが、病に臥せり気弱なテンサイさんがモミジを否定してしまったのだろう。それが温室育ちのサクラには衝撃的だったようで…」

「義姉上とサクラたちは仲が良いからな。会った時にでも説明しておくさ」

「よろしく頼む」

 そんな話しをしていれば、執務室の外が騒がしくなりサクラが顔を見せる。

「モミジ!モミジぃ!よがっだー!!」

「おおっ、行き成りだな。よしよし、俺は此処にいるから落ち着け」

 抱き着いてきたサクラを宥めるように背中を擦り、言葉であやせばどんどんと鳴き声が大きくなり、嗚咽が出る始末。侍女であるシズカは三人へ謝罪をしつつ、モミジと一緒にサクラを宥めていく。

「落ち着いたか?」

「…うん。ごめんモミジ、服汚しちゃった…」

「いいよ別に。ほら顔を拭いてやるからちょっと離れろ」

「うん…」

 涙と鼻水で淑女とはいえない形相になってしまったサクラの顔を、手巾で優しく拭いていけば、彼女も落ち着きを見せてきて一同は胸を撫で下ろす。

「まずね…、モミジに、謝りたくって」

「ああ」

「その、私ねモミジが居なくなって、テンサイ様のところへ、帰ってくるんじゃないかって…思ったの」

「そうなのか」

「うん。それでね、テンサイ様もご病気だったし、お見舞いとモミジの話をしようと、行ったの」

「うん」

「………そこで失敗しちゃって、きっとテンサイ様の気を悪くしちゃったし、モミジの事もよく思われなかったかなって…」

「そっか」

「ごめんねモミジ…、私余計な事しちゃった…」

「大丈夫大丈夫、俺も母さんもお互いのことを嫌っているわけでも、喧嘩して離れて暮らしているわけでもないんだ」

「……そうなの?」

「ああ。俺と母さんは少し相性が悪くて、一緒にいるとお互いがお互いに傷つてしまうから、お互いが無事で暮らせているか分かる距離で、ゆったりと暮らしているだけなんだ」

「うん」

「少し前にも王城内で会ったし、軽く挨拶もした。だから大丈夫、きっとサクラが顔を出したときも、五年風邪で弱気になっていただけ。失敗でも何でもないさ」

「……そうかな?」

「なんなら今度顔を見せに行くから、サクラも一緒に行くか?」

「いいの?」

「いいよ。サクラが気にしているっていうなら謝ってしまえばいい。母さんも許してくれるはずだから」

「一緒に行く。一緒に行って謝りたい、押しかけちゃったこととか」

「まあ気にしてないと思うがな。くくっ」

 小さく笑ったモミジは、自身に抱きついていたサクラをそっと剥がし隣に座らせる。

「おかえりモミジ」

「ただいま」

 落ち着いて、笑顔を見せたサクラにモミジは笑顔を返し、茶に口をつけた。

 秋も深まる三秋節さんしゅうせつの始まり、迫る一年の終わり、山茶花さざんかの花が賑やかな季節である。

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