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一一話 美しい変化。 其之一

 モミジが地上へ帰還して数日。尾先は投薬治療での回復が見られたので治療を続行、医者いわくモミジの誕生祭までには患部の違和感が消えるとのこと。白変化は鱗が生え変わらないことには治らない為、公的な場に出る時は尾化粧で色を隠すこととなる。

 そして実際に尾化粧で尾先を塗ったモミジと、少し緊張の色が見えるサクラの二人は、マツバとテンサイの暮らす離宮へと足を運んでいた。

「今日は親父もいるし大丈夫だろ」

「お祖父様も?」

「王位を譲ってからも暫く忙しくしていたみたいだが、ようやく腰を落ち着けたみたいだから居るはずだ。そいじゃ、行くぞ」

 サクラの手を引き離宮へ足を踏み入れれば、離宮仕えたちが二人を出迎え、同行していたシズカは玄関口で待機をする。

 王城内にある各離宮は独自の裁量を持っている為、他所の離宮、他の王族仕えの行動は大きく制限されることとなっているので、シズカは玄関口より奥へ足を踏み入れることは出来ないのだ。

 案内で向かったのは歓談室を兼ねている温室花園。ここでは色取り取りな花々が季節を問わずに咲き誇っており、誰もが心を落ち着けられる場所となっている。

 甘い香りが鼻腔を擽り、少しばかり進むと先王マツバと後添のテンサイが腰掛け、楽しそうに雑談をしており、モミジは心穏やかに足を進めた。父と母が楽しそうに、曇ない笑顔を見せている姿が好きなのだ。

「急な訪問の許可、感謝するよ、親父と“母さん”」

 一度視線を合わせてからサクラへと視線を向ければ、テンサイは納得したようで笑顔を作り。

「よくいらっしゃいました。どうぞお掛けになってください、モミジとサクラさん」

 と二人の着席を促しながらも、七つにしてサクラへ気遣いを要求するモミジの姿に心が翳る。

 決して嫌っているわけではないのだが、自身何を産んでしまったか分からないという恐怖、そして理解出来ない疎外感により僅かな拒絶を孕み、我が子に対する感情ではないと罪悪感が滲み出た。

 ……テンサイはモミジの事を嫌ってはいない。然し彼をを前にすると、ただただ心が打ち砕かれそうになる。

(…、長居はしない方が良いか)

 マツバに目配せをすれば、理解してくれたようで小さく頷く。

「これは俺とサクラからの見舞い品だ。病み上がりとのことだからしっかりと養生してくれ」

「…有難う御座います」

 離宮仕えに手渡せば一礼をし受け取り、温室の隅で待機する。

「ほ、本日は暖かな陽光の降り注ぐ年末とは思えない、幸のある日にお会いできて嬉しく思います、お祖父様、テンサイ様」

「私もサクラさんをこうしてお出迎えできてとても光栄ですよ」

「元気しとったかサクラ?」

「はいっ!最近は魔法を学び、学園やその先でも生かせるように努力しています」

「ははは、向上心があって何よりじゃ」

「お褒めいただきありがとうございます」

 当たり障りのない会話をしていき、サクラの緊張が解れた頃合い。同行者たるモミジは席を離れて、離宮の玄関へと去っていく。

「モミジの奴は忙しないな…」

(テンサイが逆に緊張の色を見せ始めればそそくさと。察しが良すぎるのが疵であるか)

「その!今日はテンサイ様に謝りたくって、この場を用意して頂きました」

「謝罪、ですか?」

「先日、病床のテンサイ様の許へと押しかけ、気分を害してしまったことを謝罪したいのです…」

「あぁ…、そのことですか。……、大丈夫ですよ、あれは私も弱気になっていた部分がありますし、サクラさんが気にすることではありません。どうかお気になさらず、可愛らしい笑顔を見せてください」

 思うことがあるのは確かだが、原因は本人同士のものに過ぎず、きっとサクラが話さなくともモミジの話題を耳にすれば、少なからずの波を心に立てていた自覚がある。故にサクラを簡単に許し、謝罪も受け取る。

「私も大人気ない態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。…、…、…その、…サクラさんはモミジの事をどう思ってらっしゃるのですか?」

「モミジの事、ですか?……叔父であり姉弟である、家族みたいな相手かなと」

「家族。…私は彼の母親にはなれませんでした。きっとこれからも彼の母親にはなれませんし、…恥ずかしいことになりたいとも思えません」

「っ!」

 これ以上なく表情を曇らせ、独白するテンサイの姿にサクラは息を呑むばかり。

「ですが、…やはり彼に幸せになって欲しい、寂しい思いをして欲しくないという感情があるのも確かで。……こんな事をお願いしてしまうのは恥ずべきことなのですが、サクラさんには家族としてモミジに接してもらえないでしょうか?」

 無責任な自身を恥じつつも、モミジの事を家族として大事にしてくれているサクラへ真摯な瞳を向ける。

(幸せに、寂しくないように。……それって、お嫁さんってこと!?!?)

 あまりにも真摯な視線はサクラを混乱させ、考えを飛躍させてしまった。

(未だ私は九つでモミジは七つ、ちょっと早い気がしなくもないけど!)

 サクラがマツバを見れば、鷹揚な肯きが返ってきて。

(そういうことなのね!モミジの隣に私が立つ、えへへ悪くないかも!)

 乙女は一人暴走する。

「分かりました!モミジを支えてみせます!どんな時にでも!」

「ふふっ、有難う御座いますサクラさん」

 やる気十分なサクラの心内など知る由もなくテンサイは礼をし、マツバも可愛らしい孫の姿を微笑ましく見ている。

「サクラさんが嫌でないのなら、また私とお話しをいたしましょう。…、モミジのお話し以外で」

「分かりましたっ!また別の日もお話ししましょう!」

(うふふ、元気なお方ですね)

 テンサイとて子供が嫌いなわけではない。ただ、モミジとは相性が悪かっただけ。親戚の子を可愛がるようにサクラへと微笑みかけ、四方山話を再開する。


「謝れたか?」

「うん!」

「そりゃよかった。んじゃ離宮まで送ってってやるから、さっさと帰るぞ」

「…、モミジはいいの?」

「いいよ、親父と楽しそうにしてる姿が見れたからな」

(モミジはテンサイ様のこと好きなんだ…。モミジが寂しくならないように、幸せだって言えるように私も頑張んなくちゃ!)

 意気込み新たにサクラはモミジの後を追っていく。

「モミジ!私ね、モミジの隣に立とうと思うの」

【封緘の銀】おれの隣か?」

「魔法師としてのモミジと、ただのモミジの両方だよ」

「ふぅん。まあ楽しみにしてる」

(ただのモミジ、か。…サクラの前ならただのモミジでもいいのかもな)

 モミジはゆったりと尻尾を揺らし、ほんのりと口端を上げた。

「目にもの見せてやるんだから!」

 二人は王城の敷地内を、少し寄り道しながら帰っていく。

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